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第89話

 朝食を終えたルシアナたちは、目的の遺跡に向かって出発した。

 サンタの案内で森の中を迷うことなく進んでいった。

 ルシアナからしてみれば、ずっと似たような景色が続いているので道に迷いそうになる。

 しかし、先頭を歩くサンタは迷うことなく歩いていく。


「サンタさん、よく道がわかりますね。私、どっちの方向に歩いているかも、もうわからなくなっています」

「そのあたりは慣れかな? といっても、この辺りはまだ町からも近いし、ほら、木の幹にサインがあるでしょ? あれは狩人が使う目印があるでしょ?」

「え? あ、本当だ! サンタさん、凄いですね」


 狩人のサインというものは、木を必要以上に傷つけないためにとても小さい。

 目を凝らしてようやく見つけられるようなサインを、サンタは瞬時に見つけていた。もっとも、狩人のサインが無くても、彼は自分の歩幅から、どれだけの距離を歩いたのか正確に把握し、訓練により培った方向感覚により、どの方角に歩いているかを理解し、自分がどの位置にいるかを理解していた。


「方向くらいなら俺もわかるがな」

「ふふっ、キールさんにも期待しています」


 ルシアナがそう言うと、サンタは「ふぅ」と息を漏らした。

 少し疲れているように見える。


「サンタさん、何かあったんですか?」

「いや、シアちゃんと話していると、あのお嬢様とは大違いだなって思ってね」

「……え?」

「あ、シアちゃんにはわからないか。お嬢様っていうのは、ヴォーカス公爵家のお嬢様でね、ちょうどこの町の温泉に来るらしくて護衛を引き受けたんだけどとんでもなく我儘なお嬢様でね。直接何かされたわけではないんだけど、とても疲れたんだよ」

「…………サンタさん。スコーンを焼いて持ってきたんですけど、一つ召し上がってみてはどうですか? 疲れが取れますよ」


 ルシアナは罪悪感から、持ってきた鞄の中からスコーンの入っている籠を取り出して言う。


「ありがとう。でも、朝ごはん食べたばかりだし、あとで貰うよ」


 サンタはそう言って遠慮し、ルシアナは帰り道はもう少し悪役令嬢を控えめにしようと思ったのだった。


「でも、この辺りまで狩人が来ているのなら、なんで最近まで遺跡が見つからなかったんだ? 最近なんだろ、見つかったの」


 キールが尋ねた。

 それはルシアナも気になった。

 遺跡があるのは村の青年団が通える距離にある。つまり、それほど奥深い場所にあるわけではない。

 そんな場所なのに、何故、誰も気付かなかったのか。


「それは、この森の奥に、トールガンド王家の隠し湯があったからだよ。ヘップの町の温泉が美人の湯って言われるのは、トールガンド王家の人たちが利用していたからなんだ。あの方々は全員美しい容姿をお持ちだからね。そのため、一般人は最近まで立ち入り禁止だったんだ」

「へぇ、じゃあ、トールガンド王家の人は、遺跡の事を知っていたのかもしれませんね」


 ルシアナがなんとなく思ったことを言うと、バルシファルは目を細めて、「そうかもしれないね」と言った。一体、バルシファルが何を考えているのか、ルシアナはその胸の内を探ろうとした――その時、あることに気付いた。


「トールガンド王家の人に美人が多かったから美人の湯って言われているのなら、別にこの町の温泉に入ったら美人になれるってわけじゃないんですか!?」

「そうだね、全く効果がないわけじゃない。他の温泉地の温泉くらいには効果はあるよ」


 それを聞いて、現在、必死にお風呂で肌を磨いているであろうマリアのことを考え、今聞いたことは黙っておこうと思ったのだった。

 町から歩いて一時間の場所にその遺跡はあった。

 石造りの遺跡で、ほとんど朽ちていない。

 まるで、つい数年前まで誰かが住んでいたと言われても信じてしまうようだった。

 だが、建築様式はトラリア王国のものとも、トールガンド王国のものとも違い、それが異質な空気を生み出していた。


「どのくらい古い遺跡なんでしょうか?」

「それを調べるのも私たちの仕事のうちだよ」

「あ、そうでした」


 とはいえ、ルシアナは考古学には詳しくないので、遺跡がどのくらい古いかどうか調べることはできない。

 ただ――一つ気になったのは扉だった。


「ファル様、この扉なんですが、木製ですよね? 木の扉って腐らずに長い間使えるものなのでしょうか?」

「木材によっては数百年は腐らないとされているが……これはそうじゃないね」

「つまり、本当に最近まで使われていたということでしょうか? 森の民のような人々が隠れ住んでいたとか」


 森の民という言葉を聞いて、キールがルシアナに視線を向けて言う。


「森の民の奴らは木材にはやたら詳しいからな。そんな腐りやすい木材は使わないぞ」

「隠れ住んではいないと思うよ。さっきも言ったが、ここの近くにある温泉は王家の隠し湯だ。当然、周辺の探索は行っていて、人々が立ち入っていないか調べていたはずだ。遺跡自体を見逃していたとしても、人々が森の中で暮らせば、その痕跡は森中に残るからね。それに、木材に詳しくなかったんじゃなくて、それほど頑丈な扉を作る必要はなかったんだろう」


 バルシファルがそう言って扉を開ける。

 そこには石のテーブルが置かれていて、その中心には、そこには一枚の羊皮紙に描かれた地図が置かれていた。

 その地図にはいろいろと文字が書き込まれている。

 青年団の人たちはこの地図を見なかったのか、それとも文字が読めなかったのか。

 文字が読めなければ、確かにただの周辺の地図にしか見えない。

 いや、そもそも農村で働く村人にとって地図というのは無縁なもので、彼らから見たら、変わった柄の羊皮紙にしか見えなかったのかもしれない。

 その地図には、様々な物が書き込まれていた。

 書かれているのは日時と数字が一番多い。

 それは十六年前の日付だった。


「どうやら、ここは戦時中のトールガンド解放軍の隠れ拠点だったようだね。盗賊たちが持っていた剣も、もともと戦争に使われる予定で集めていた武器だったんだろう」


 バルシファルはそう言って地図を丸めて懐に入れると、建物を出た。

 その時の彼の顔を見たとき、ルシアナは少し怖いと思ってしまった。


 何故なら、その時の彼の表情が、まるで感情を一切持たない人形のようだったから。

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