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第114話

 ステラから注意を受けた。

 過ぎたる手土産は、後ろめたいことがあるか、それともこれから面倒な頼み事をするかどちらかであると相手に悟らせてしまう可能性がある。もしも謝罪するべきことがあるのなら謝罪を終えてから、頼み事があるのなら頼み事を終えてから贈り物を渡すのがマナーであり、それを対価にしてはいけない。

 謝罪の対価、頼み事の対価は手土産ではなく、言葉と態度、そして双方が納得する金品で行うものだとルシアナはステラから注意を受けた。

 つまり、ルシアナの普段の行いに対する謝罪をするのなら、先に手土産を渡すのではなく、しっかり言葉で謝罪をし、許しを得てから渡すべきであると言っているのだ。

 もしも謝るつもりがないのなら、手土産の量で誤魔化すのは悪手であると。


「まぁ、お嬢様の気持ちですから、今回はありがたくいただいておきます。そして、マリア――」

「はい」

「お嬢様が私の元を訪れることが決まったのはいつですか?」

「今朝……です」

「それでしたら、まずは早馬を使って先に連絡をしなさい。あなたが何の手配もしなかったため、村は混乱していたでしょ? それはあなたの仕事だったはずよ」


 ステラの言うのはもっともだった。

 ルシアナのような公爵令嬢が移動するとなったら、それだけで騒ぎになる。

 直前に決まったといっても、マリアがしっかりしようと思えば、護衛の一人に早馬を使って手紙を届けさせることも可能だった。


「申し訳ありません、侍じゅ……ステラ様」


 マリアが謝罪をする。


「謝るのは私に対してではありません。あなたの間違いは、お嬢様の間違いになります。あなたが謝罪するのはお嬢様に対してですよ」

「……申し訳ございません、お嬢様」


 マリアが謝罪し、ルシアナがそれを受け入れた。

 それで話は終わった。


「では、お嬢様。ちょうどスコーンを焼いていたのです。召し上がりますか?」

「ステラのスコーンですか、懐かしいです。是非いただきます」


 子供の頃はお茶の時間によくステラが焼いたスコーンが出てきた。

 ルシアナがスコーンを作っているところを見つかったらステラに怒られたものだが、ステラが引退してからスコーンを作り続けている今でも、ステラのスコーンには勝てないと思う。

 今回の目的はスコーンではないのだが――なかったのだが、いまは主目的と同じくらいスコーンが楽しみになっていた。


 アイラは座ったままで、ライクも自分用の座面の高い椅子に座る。

 そして、ステラは四人分のスコーンを置く。


「あの、ステラ。あなたの家族しかいないのだから、マリアとキールも――」

「仕方ありませんね。キールさん、手伝ってくれるかい?」

「はい」


 キールは頷き、奥から椅子を二つ用意して、並べる。

 そして、ステラもカップを二つ追加したが、ルシアナは気付いた。

 ステラが用意している紅茶の茶葉の量が変わっていないことに。

 いくら身分差があるといっても、ステラがマリアとキールの紅茶を出涸らしで済ませるわけがない。

 彼女は最初からキールとマリアの分の紅茶も用意していたのだ。

 最初から二人をもてなす用意していて、ルシアナの言葉を待っていた。


(本当に侍従長には勝てませんね)


 もしも前世で、彼女が引退せず、ずっとルシアナの教育係をしていたら、彼女は父であるアーノルを失った苦しみやシャルド殿下の婚約者となったことによって構築されている虚栄心に負けることなく、傍若無人な振る舞いをしなかったかもしれない。

 ルシアナはそんなことを考え、直ぐにそれを否定する。


(いえ、違いますわね。あれは私の弱さ故の過ち。それ以外に理由はありません)


 ルシアナが手を延ばそうと思えば、自分を正してくれる人間を見つけることもできたはずだ。

 それをしなかったのも、前世の彼女自身である。


 ステラが焼いたスコーンと淹れた紅茶を堪能する。

 ライクは最初、ルシアナ相手に緊張していたようだが、暫く話をするうちにだいぶ慣れてくれたようだ。アイラの方がまだどこかルシアナとの距離を掴めずにいるようだ。


「お嬢様……そろそろ」

「あ、そうですね」


 スコーンの美味しさに本題を忘れるところだったルシアナは、マリアの言葉をキッカケに質問をする。


「ステラ、実は私、昔飲んだ薬を探しているのです。小さい時、子供用の苦い熱冷ましの薬を飲んだ時、一緒に服用することで苦味がマシになる薬があった気がするのですが――」

「ええ、覚えています。その薬でしたら、一本、いまも持っていますよ」

「本当ですか?」

「ええ、ちょっと用意してきますね」


 まさか、出所ではなく現物があるとは思ってもいなかった。

 ステラが席を外して五分――残っているスコーンに手を伸ばそうかと思ったとき、ライクが必死に視線を逸らした。きっと、残ったスコーンは彼のおやつになって、ルシアナが食べようとしたのを見て食べないでほしいと思ったが、それを知られてはいけないと思って視線を逸らしたのだろう。

 ルシアナはそう思い、そっと手を引っ込めた。

 ステラの作ったスコーンの味を再確認できたし、今度はこれと同じレベルのスコーンを自分で作ってみせると意気込んで。


「お嬢様、お待たせしました。こちらですね」


 そう言ってステラが持ってきたのは透明の、少しドロっとした液体が入っている小瓶だった。


「あ、確かこんな感じでした! ステラ、これをどこで手に入れたのですか?」

「これは旦那様より退職する時にいただいた薬です」

「お父様から?」

「はい。子供が熱を出したときに飲む薬と一緒に頂きました」

「では、出所を知っているのはお父様ということですか……」


 アーノルはいま、王都にいる。

 手紙でやり取りをしても作り方がわかるのは最短で二日後。

 急ぎの用事でないと後回しにされたらもっと後になるし、正直に説明すれば、カイトの手伝いを頼んだはずなのに、何故薬の開発をしているのかと聞かれてしまいかねない。


「旦那様ではなく、カイト坊ちゃまかと思います」

「お兄様が?」

「はい。お嬢様が熱を出したとき、薬を持ってきたのはカイト坊ちゃまですよ。薬を三本持ってきて、旦那様に預けたのです。この薬はそのうちの一本です。お嬢様が熱を出したとき、苦い薬を飲むのが嫌だと大泣きなさって、駆けつけたカイト坊ちゃまがこの薬を持って、薬の説明をなさり、お嬢様が納得して薬を飲んでいたのです」


 薬の詳しい内容についてはステラも覚えていないが、その二人のやり取りについては覚えていた。

 まさか、出所がカイトだったとは。

 でも、何故ルシアナのことを嫌っているはずのカイトが、彼女のために薬を持ってきてくれたのだろうか?

 昔は今ほど嫌っていなかったのかなとルシアナは思った。


「ステラ、それがいつの日の出来事だったか覚えていますか?」

「ええ、そちらでしたら詳細に――」


 とステラは、ルシアナが熱を出し、この薬を飲んだ日のことを教えてくれた。

 その時の記憶を、記憶回復ポーションで思い出せば、苦味を消す薬についてももっと詳しく思い出せるかもしれない。


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