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第125話

「すまない、全部私の責任だ」


 カイトがルシアナの手を握り謝罪をする。

 ルシアナは、何故、カイトがそんなことを言っているのかわからない。

 彼女が倒れた原因は、あくまで記憶回復ポーションと味覚を変える呪法薬の影響である。

 味覚を変える呪法薬はカイトに教わったようなものだが、それでも彼のせいにするには、責任転嫁が過ぎる。

 そもそも、カイトはルシアナが倒れた原因については知らされていないはずだ。


「あの、お兄様……なんでお兄様が謝っているのか私にはわかりません」

「ハインツ先生から聞いている。お前が喧嘩を解決するため、わざわざ変装して村に入り込み、仕事をしていたことをな。確かに、村の事情を考えればそれほど効果的なものはない」

「……え?」


 ルシアナは思わず聞き返す。

 森の民とシアの関係を考えると、変装して村に入る事は確かに効果的だっただろうが、そのことはカイトが知っているはずがない。

 そして、元青年団の人たちとの関係性を考えると、シアとして会うよりルシアナとして会った方が彼らも言うことを聞いただろう。


「ルシアナが公爵令嬢として村に訪れ、仲裁役に買って出たなら、村人たちは和解に応じる。だが、それは心から望むものでなく、公爵家という立場を恐れての表面上の和解であり、しこりは必ず残る。だから、ルシアナは修道女に変装し、対等な立場で彼らと話し合い、本当の意味で和解させたのだろう。だが、そのせいで、貴族としてゆっくり休むこともできず、過酷な環境で働くことになってしまったのだろう。村人に聞いた話では、ルシアナは誰よりも早く起きて畑の様子を見たり、村のためにいろいろと働いていると聞く」

「え? え?」


 どうやら、カイトはルシアナが過労で倒れてしまったと思っているらしい。

 確かに早起きはしているが、それは日頃の習慣であるし、村の財政についての調査や資料の整理も行っているが、冒険者ギルドで何時間もポーション作りを行っていた時に比べれば遥かに楽だし、どうってことはない。

 本当に過労が原因だったとしても、それは体調管理ができていないルシアナ自身の責任だ。

 カイトが謝罪している理由はわかったが、だが、これは明らかに加害者意識が強すぎる気がする。

 だが、それにしても腑に落ちない。

 カイトはルシアナのことを嫌っているはずである。

 その嫌っているルシアナが倒れたと聞いただけで、わざわざお見舞いに来て、しかも自分の非を前面に押し出す謝罪をするだろうか?


「お兄様は、私のことを嫌っていたのではない……のですか? お兄様から母親を奪った私のことを……」


 ルシアナは恐る恐る尋ねた。

 すると、カイトは深いため息を吐く。


「覚えていたのか? あの日のことを」

「…………(コクリ)」


 本当は記憶回復ポーションを飲むまですっかり忘れていたが、ルシアナは黙って頷く。


「確かに私はルシアナのことを羨ましいと思っていた。物心ついたときから母上はルシアナと一緒に過ごしていたからな、母上と一緒に暮らすルシアナのことを羨ましいと思わなかった日はない。だが、同時に、それでルシアナのことを恨んだ日もない。もしも私が生まれていなければ、ルシアナは本邸で過ごすことができた。母上と父上と一緒にな。ルシアナが生まれたため、私は母の愛を知らずに育ったが、私が生まれていたせいで、ルシアナは父の愛を知らずに育った。立場は同じだ。それでルシアナを恨むなど、愚者の考えでしかない」

「では、私を公爵邸ではなく、この開拓村に行かせたのは?」

「それは、ルシアナが公爵家が窮屈だと言っていたのをセバスが耳にしたからだ」


 確かに、ルシアナは食事のとき貴族の暮らしが窮屈だと思っていた。

 マリアやキールと一緒に食事をすることができず、礼儀や作法、身分の違いを強要される本邸での暮らしが。


「だから、自然豊かな場所で休息をとってもらおうと思ったのだ」

「そうだったのですか……」


 ルシアナは、これまでずっとカイトは自分のことを恨んでいると思っていたが、それは誤解だったようだ。

 嫌いなのではなく、無関心だったのかとルシアナは思った。

 だからこそ、素直に謝罪をすることもできる。

 だったら、前世でルシアナを公爵家から追放したのも、ルシアナを嫌ってのことではなく、単純にルシアナの普段の素行の悪さとシャルドから婚約破棄されたことが原因だと言える。

 嫌われていないのであれば、あのことをカイトに聞いてみたいと思った。


「あの、お兄様。昔、熱冷ましの薬の苦味を甘味に変える薬を下さいましたよね?」

「ああ、渡したな。友から貰った薬だ」

「その薬、どなたが作ったのでしょうか? その友の方を紹介していただきたいのですが――」

「すまない。彼は誰とも会いたがらないのだ。ただ、必要であれば持ってきているぞ。事情を説明したら作ってくれてな」


 そう言って、カイトは苦味を甘味に変える呪法薬の入った瓶を三本置いた。

 ――って三本も?


「お兄様、数が多い気がするのですが」

「ハインツからの手紙にルシアナの詳しい病状が書かれていなかったからな。最善の用意をしてきたんだ……その、思ったより元気そうで……よかった」


 その時、ルシアナは思った。

 カイトはルシアナに対して無関心などではない。

 しっかり、兄として愛を持ってルシアナに接してくれているのだと。


「本当は公爵家御用達の医師団を連れてきたかったのだが、セバスに止められてな。まったく、セバスはとても有能なはずなのだが、ルシアナに万が一のことがあったらどうするというのだ」


 少々、その愛が過ぎている気もしたが。

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