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第142話

 今回は近くの町から徒歩移動ではなく、最初から最後まで馬車移動で移動できる楽な旅であった。

 その中で、ルシアナが化粧を自分でしている。

 揺れる馬車の中で非常にやりにくい。


「マリア、どうかしら? これで私だとわからないかしら?」

「ルシアナ様だとはわかりますよ」

「そうではなくて、シアだとわからないかしら? と聞いているんです」


 これから、ルシアナは開拓村に直接乗り込む予定だ。

 冒険者が急に増えたことで、村人と冒険者の間にいざこざがあったとき、一人の修道女として行くよりも、依頼主であり公爵令嬢のルシアナとして行ったほうが、冒険者を制御できると思ったからである。

 しかし、当然、村人たちとはかなりの期間、同じ村で過ごした仲であり、髪の色を変えたくらいではすぐにバレてしまう。

 そのため、マリアと相談したのだ。

 顔を隠すための化粧二割増し、いつもより三割大きい扇、神獣や森の賢者にバレないために鼻が曲がりそうな流行りの香水、さらにコルセットで腰の括れを増して、ピンヒールを履くことによりいつもより身長五センチアップ。

 髪は後ろで編んでいる。

 もちろん、髪の色はいつものルシアナのままなので、そこからバレることはない。

 キールと一緒に行動したら怪しまれるので、当然、彼には先に村に行ってもらった。

 マリアは最初からルシアナの代理人、他の護衛もそのマリアの護衛ということで、ルシアナと一緒にいても不思議ではない。


「悪役令嬢を目指す以上、聖女だなんて悪評レッテルを貼られているシアと同一人物であるとなんて知られてはいけませんからね」

「悪役令嬢は村を守ったりなんてしませんけどね」

「それは、まぁ、最終的にはカイト兄様の指示だったという噂を広めてもらいます。良いことは全部カイト兄様に擦り付けて、悪評だけ独り占めする。ふふ、これこそまさに悪役令嬢って気がしない? マリア」

「…………昔は聡明なお方だったと思うんですけどね」


 最近は三日に四回度程、ルシアナは頭がよくないのではないかと思ってしまうことがある。

 マリアは、本当にルシアナに悪役令嬢を続けさせていいのか不安になってきた。

 マリアが悪役令嬢作戦を考えたのは八歳の頃の話。

 いまは十四歳、物の道理も理解してきた現在――本当にこんな作戦がうまくいくのだろうか? と不安になっていた。

 というか、本当に失敗するんじゃないかと。


(乗りかかった船といいますか、むしろ乗せてしまった船といいますか……私とお嬢様は共犯者ですから、最後まで協力します)


 いまさら「間違ってました。やっぱり別の作戦でいきましょう」と言い出せないマリアであった。


「お嬢様――一つ尋ねてもよろしいですか?」

「なんですか?」


 護衛に尋ねられ、ルシアナが尋ね返す。


「開拓村に行くのですが、魔物が出る場所に行くのは非常に危険なことで、本来なら断りたいのです」

「そうですね。でも、皆さん、ついてきてくださっているではありませんか」


 いつものルシアナの護衛たちがしっかりついてきてくれている。


「…………」


 何故か護衛たちがじっとルシアナを見る。

 まるで、何か大切な言葉を待っているかのような気がする。

 そこで、ルシアナはようやく思い出したように言った。


「あぁ、はい! そうです、これは聖クリスト様の導きなのです。私が行かないと多くの人が死んでしまうんです! 皆さん、力を貸してください!」

『……承知しました』


 彼らは声を揃えて言って、それ以上は何も口を挟むことがなかった。

 恐らく、護衛たちも、ルシアナが聖クリストの導きによって命令を出しているのではないと勘付いているだろう。


(……元々、お父様を助けるためにトーマスさんについた嘘でしたが……きっと私が天に召されたとき、本物の聖クリスト様に怒られてしまいますね)


 ルシアナはそのときは、土下座をして謝ろうと思った。

 彼の人が伝承通りの方だったら、きっと許してくれるだろうと思って。



 太陽が沈んで暫くして、ようやく村が見えてきた。

 いつも開いていた木の門がいまは閉まっている。

 夜に到着したのは、太陽が昇っている時間だと魔物が村を襲っている最中だからだ。

 夜になると、魔物が増えることはなくなる。

 別に森に帰っていくわけではないが、魔物の本能的に、人間の住む村に自ら近付こうとはしない。


 門のあたりにいくと、ちょうど魔物退治を終えたばかりと思われる冒険者がいた。

 青年団と一緒に村の見張りをしている。


「なんだ、こんな危ない場所に行商人か?」

「待て、あれは公爵家の家紋だぞ。それに、周りの護衛にも見覚えがある。公爵家の護衛だ。キールの言っていた通りだ」

「なにっ!? ってことは中にいるのは――」


 どうやら、ルシアナに気付いたらしい。


「ヴォーカス公爵令嬢、ルシアナ・マクラス様だ。門を開けよ!」


 護衛の言葉に従うように、門が開き、馬車が中へと通される。

 キールによって、ルシアナが来るという話は既に伝わっていたらしい。

 すんなり、聖殿に迎えられた。

 聖殿の前で馬車が停まり、ルシアナとマリアが中へ通される。

 ルシアナは扇で顔を隠しているためか、途中青年団の一人とすれ違ったが、気付かれている様子はない。


(ふぅ、なんとかなりそうですね)


 そう思ったとき、聖殿の中で待っていたのは、森の民の族長と青年団の団長、そして、神獣と森の賢者だった。

(しっかりするのよ、ルシアナ。人の印象は三秒で決まるといいます。挨拶直後、三秒、高圧的な態度で喋り、悪役令嬢の印象を植え付ければ、きっと私がシアだってばれることはありません)


 ルシアナがそう意気込む中、族長が先に挨拶をする。


「よくおいでくださいました、ルシアナ様。私がこの村の村長をしている――」

「わふ?」

「ウキ?」

「「え?」」


 族長が言っている途中に、神獣と森の賢者が尋ねた。


「神獣様、それは本当ですか!?」

「森の賢者様、それってマジかよ!?」


 そして、二人はじっとルシアナを見て尋ねた。


「聖女様?」「シアさん?」


 三秒でバレた。

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