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第146話

「ルシアナ様、西の開拓村より援助の要請が届いています。近くの山から大量に魔物がやってきたとかで――」


 マリアが持ってきた手紙を読む。

 最近、こんな感じの手紙が多い。

 魔物が一部の小麦畑を狙っていることは、すでに多くの人に伝わっている。

 開拓村の多くが領主に支援要請をしているが、当然、戦時中の現在、開拓村に支援を回せない。

 結果、冒険者が集まっているというルシアナのところに使者とともに手紙がやってくる。


「あそこは岩地が多く、魔物も少ないはずですが」

「ゴーレムだそうです。岩に擬態して乾眠していたゴーレムが起きて現れたんだとか」

「ゴーレムも臭いがわかるんですかっ!? というか、ゴーレムが乾眠って――」


 しかし、ゴーレムとなると、普通の冒険者では太刀打ちができない。


「確か、トラリア王国一の槌使いって言っていた方がいましたよね? その方に助けに行ってもらいましょう」

「いいんですか? ただでさえこっちもギリギリなのに――」

「仕方ありません。彼がここに来ているというのは、そういうことなのでしょう?」


 彼らが、公爵家に支援要請をしたとき、ルシアナに頼むように言っているのは、公爵家の留守を預かっているセバスチャンである。

 だが、彼は意地悪でルシアナに丸投げしているのではない。

 本当に支援が必要で、切羽詰まっている者にしかルシアナのことを紹介しないからだ。

 彼がルシアナのことを現在どう思っているかはわからないが、そういうことで私情を挟むような執事ではないことは、ルシアナもステラから聞いて、よくわかっている。


「あ、ポーションも一緒に持って行ってもらって、送り迎えは夜のうちに馬車でお願いします」


 現在、その冒険者は外で戦っている。

 移動できる時間は夜になるが、さすがにその後すぐに歩いて移動しろとは言えない。

 問題の御者であるが、ルシアナの護衛たちも、半数は外で戦っているし、夜間も村の警備を担当している。当然、キールも戦っている。

 そんな彼らに御者として移動してもらうわけにはいかない。

 だが――


「トーマスさんを呼んで正解でしたね」

「……お嬢様、老骨に鞭を打ちすぎです」


 屋敷に手紙を送って、来てもらったトーマスが疲れた表情で言う。


「トーマスさん、まだ老骨って言うほどの年齢じゃないですよね?」


 既に護衛や見張りなどといった戦いを伴うかもしれない仕事からは退き、裏庭の手入れと馬の世話に専念しているトーマスだが、別に体が悪いというわけではない。


「いや、本当に最近、腰が痛くて、肩も上がりにくく――」

「グレーターヒール」

「……問題ないです」


 とりあえず、悪いと思われる場所は問答無用で中級回復魔法で治療した。

 トーマスはルシアナが強力な回復魔法を使えることを知っているので、遠慮することはない。

 というわけで、王都から冒険者が派遣されてくることもあるが、出ていく冒険者の方が多くなってきた。

 当然、戦況はきつくなっていく。



 翌日の昼――ルシアナが自室でポーションの備蓄を増やすべく調合作業をしていた時だった。

 護衛の一人がノックもせずに部屋の中に入ってきた。

 緊急事態であるのは明白である。


「ルシアナ様! バジリスクが現れて、七人の冒険者が石に変えられたそうです!」

「――なんですって!?」


 バジリスクは、トカゲと鶏を合わせたような魔物だが、その恐ろしさは見た相手を石に変えることができるところにある。石になっても直ぐに死ぬわけではなく、仮死状態になるだけだ。

 治療方法は石化解除のポーションを掛けるか、もしくは魔法による治療のみ。

 バジリスクが現れる可能性も考えていたが、数が少ないため対策が後回しになっていた。


「私が治療に向かいます!」

「では、修道女に変装を――」

「そんな時間はありません」


 石化による仮死状態だが、治療が遅くなれば、回復後に後遺症が残る可能性が高くなる。

 回復魔法を使っているところを見られるのは、ルシアナにとって致命的になりかねない。しかし、自分の我儘に付き合ってくれた冒険者だ。

 そんなリスクで治療を遅らせたくない。


 ルシアナは靴だけ走りやすい物に履き替え、念のために近くの薬瓶を鞄に詰め、護衛と一緒にバジリスクが現れたという前線に向かった。

 護衛三人がルシアナを囲むように移動する。

 最近、冒険者として活動せずにほとんど薬の調合をしていたせいで、体力が落ちたんじゃないかと思いながら、村の囲いの外に出て、小麦畑を越えた。

 そこでは、冒険者と村人たちが大量のゴブリンやリザードマンと戦っていた。

 どうやら、バジリスクは既に退治されたらしいが、話に聞いたより多い、十人近い人間が石に変えられていた。


「なっ、お嬢様! なんでこんなところに来てやがるんだ!」


 キールがルシアナに気付いて声を上げた。


「治療のためです! 黙りなさい!」


 ルシアナは一応悪役令嬢モードで接し、石化している冒険者に石化解除の魔法を掛ける。

 少しの間魔法を掛けると、一人の冒険者が石像の姿から人間の姿に戻るが、意識は直ぐには戻らない。


「すげぇ、貴族って回復魔法も使えるのかよ」

「あなた、喋ってる暇があったらこの冒険者を安全な場所に運びなさい!」

「は、はい!」


 ルシアナに指示され、治療を終えた冒険者を、他の冒険者が運んでいく。

 そして、後一人で治療を終えると思ったその時だった。

 戦線の一部が崩れ、リザードマン七体がルシアナのところに襲い掛かる。


「お嬢様、お逃げ下さい!」

「待ってください、治療の途中でやめることは――」


 護衛三人でリザードマン七体を止めることができない。

 ルシアナが治療を終えた時、リザードマンの一体がルシアナの目と鼻の先にまで迫っていた。


(ファル様――)


 ルシアナは咄嗟に、その場にはいないバルシファルの名を思い浮かべた。

 だが、助けは訪れない。

 ルシアナの左腕が浅くだが剣で斬られ、その衝撃でルシアナは倒れた。


(斬られたっ!? 回復魔法――いえ、痛みで集中できない状態では、ポーション)


 ルシアナは鞄の中から回復ポーションを取りだそうとするが、その時にはリザードマンは再度ルシアナに切りかかろうとしていた。


「いやぁぁぁぁぁっ!」


 ルシアナの投げた薬瓶はむなしくもリザードマンの剣に当たって割れるだけで何の効果も――


「……え?」


 ――ないはずだった。

 だが、何故か薬瓶を切ったリザードマンは、その場で泡を吹いて倒れたのだった。

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