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第147話

 泡を吹いて倒れたリザードマンを見て、ルシアナは何が起こったかわからない。

 もしかしたら、リザードマンはポーションが苦手なのだろうかとも思ったが、そんなことがあるのだろうか?


「お嬢様、何してるんだ、早く怪我を治して逃げるんだ」


 キールの叫びが聞こえたとき、ルシアナは我に戻り、自分の腕に回復ポーションを掛ける。

 下級ポーションではあるが、痛みが一気に消え、さらに回復魔法で完全に治療し、前線から退く。

 かなり離れた場所から様子を見ていたが、なんとか前線が盛り返し、村を守り切ることができたが、冒険者たちも村人たちも息も絶え絶えの様子だ。

 その時、ルシアナの中に悪い予想が浮かんだが、それは残念なことに的中してしまった。


 その日の夜、冒険者五名がルシアナのところに陳情に訪れた。

 同じパーティのメンバーだった。

 その時、ルシアナはシアとして診療所で治療にあたっていたが、ルシアナに用事があるというので、急いで裏口から部屋に戻り、着替えて彼らの前に出た。


「なんですか、このような夜更けに。貴族に取り次ぐ場合は前もって面会の申請の必要があるのを知らないのですか?」

「…………」


 冒険者が何かを言いたそうにしているが、直ぐに口を開けずにいる。


「はぁ、言いたいことはわかります。尻尾を巻いて逃げ出したい――そう言いたいのですね? でも、これまで戦った分の報酬はもらいたいと」


 彼らは五人のパーティなのだが、そのうち四人は今回の戦いでかなり苦戦を強いられていた。

 一人は先ほど、ルシアナがシアとして治療したばかりの冒険者で、かなりの重傷だった。

 ルシアナの回復魔法がなければ死んでいただろう。


「……はい、その通りです」

「今回の依頼の条件は聞いていませんか?」


 依頼の報酬は通常の十倍と破格ではあるのだが、完全成功報酬。

 即ち、途中で逃げた場合、もしくは逃げなくても村を守り切れなかった場合は報酬を貰うことはできない。

 彼らはそれを承知で、今回の防衛戦に参加していた。

 だが、思った以上にきつかったようだ。

 ただでさえきつい状況なのに、冒険者の一部が他の戦場に回されるようになり、彼らの不安が積み重なってきた。

 命あっての物種。

 逃げるならいまのうちじゃないか?

 そう思うようになったのだろう。

 しかし、彼らが戦ってきたのも事実だ。

 報酬の全てとはいかなくても、一部だけでも貰いたい――その交渉に来たのだろう。


「依頼は全て、冒険者ギルドのギルド長に話をつけています。そもそも、ここであなたたちに報酬を渡す意味を理解できないのですか?」

「…………」


 その言葉に、冒険者のリーダーの男が苦虫を噛み潰したような顔をする。

 彼らもわかっていた。

 ここで、もしも彼らに約束の報酬の一部でも渡したとする。

 それを知られたら、彼らのようにギリギリのところで戦っている冒険者が、自分も同じように報酬を貰って帰りたいと思う者が現れるかもしれない。

 そうなったら、ただでさえギリギリを強いられている戦況が、さらに悪化してしまう。


「とはいえ、あなたたちの実力では、確かにこの戦場はきついでしょうね。ちょうどこちらの村で人手が不足しているそうです。現れる魔物はゴブリン程度だそうですから、あなたたちでも余裕で勝てるでしょうね。報酬も無くそのまま帰るか、それとも私の命令に従って、そちらの村の防備に回るか、あなたたち次第です。ただし、このことは誰にも言ってはいけません。夜中、皆が寝てからこっそり移動してください」

「……拝命致します」


 男がそう言ってルシアナから村の場所と詳細が書かれた羊皮紙を受け取ると、全員で頭を下げた。

 彼らがいなくなって暫くし、隣で様子を見ていた護衛の一人が尋ねる。


「お嬢様、よろしかったのですか? あの村はセバスチャンから特に急いで救援を回す必要がない村だと――」

「……いいわけないですよ。ただでさえきついのに、五人も抜けられたら……とはいえ、あそこで断っても、彼らはきっと逃げ出したでしょうし、それに、救援が本当に必要な村に行って、逃げられても困ります……はぁ、私が逃げ出したいくらいです」

「お嬢様が望まれるのでしたら――」

「望むわけないでしょ。ここで逃げるくらいなら、最初から何もしません」


 と言ってはみるものの、ジリ貧なのも事実である。


「薬の素材もそろそろ無くなりそうですし」

「そういえば、報告するかどうか迷っていたのですが、物資の件で一つ、妙な事が」


 と護衛が前置きをした上で、言い出した。


「妙な事?」

「はい。診療所の下級ポーションが本来の数より一本多いそうです」

「多いんですか? 少ないのではなくて?」


 ポーション類は貴重なため、全て使った本数をチェックしている。

 少ないのであれば、使ったのに申請し忘れていたか、もしくは盗まれたかが考えられるが、多いというのはおかしな話だ。

 使っていないのに、使ったと記載したことになる。


「他の薬はどうですか? 下級ポーションを使ったつもりで、中級ポーションを使っていたとかそういうことは?」

「他の薬は特に――あぁ、そういえば、ミストポーションの記入間違いはありましたが」

「あぁ、その件でしたら――」


 ルシアナがそう言ってあることに気付いて、自分が使っている棚の中を確認した。

 すると、そこにあるべきものが無くなっていることに気付く。

 そして、それが一つの光明に繋がった。


「急いで団長さんと森の賢者様を呼んでください! もしかしたら、今回の騒動、解決の糸口が掴めるかもしれません!」


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