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第151話

 戦いの音が聞こえてきた。

 聞こえてくるのは主に魔物の断末魔の雄たけびだ。

 当たり前だが、魔物も生きている。斬られたら痛いし、殺されたいと思っているはずもない。

 墓守の黴の効果でこの地に惹き寄せられているとはいえ、彼らは生きるために人間と戦っている。

 それでも、魔物を放置することはできない。

 魔物を放置しても、彼らは小麦畑から動かないだろう。

 しかし、太陽が沈むと魔物たちは小麦畑から離れて移動を開始する。当然、彼らも食事をしないといけない。

 魔物同士が殺し合うのならばまだいいが、真っ先に狙われるのは近くの村で飼われている家畜だろう。ただ、開拓村の家畜は既に小麦畑から離れている場所に避難させている。

 すると、次に狙われるのは、村に住む人間だ。

 戦うのは仕方がないとルシアナは割り切った。


 それに、畑が荒らされて小麦が台無しになれば、墓守の黴が最後の命令、つまり魔物をおびき寄せる香りを大量に放出させる。

 そうなったら、呪法薬だけでは対処できない。

 村を襲ってくる魔物のうち、多くは昨日までの戦いで倒しきれなかった、冒険者たちの戦線も突破できずに森に帰った魔物である。

 つまり、悪臭を感じ取って逃げてしまっても、明日になればもう一度村にやってくる可能性がある。

 確実に敵の数を減らすには、小麦畑の手前で戦線を維持し、小麦の花の匂いが一番強くなったその時に呪法薬を使う必要がある。


「小麦の花なんて、普段は意識もしないし、匂いほとんどしないのに……」

「俺はこれが花だって、今回の事件があるまで知りもしなかったよ」


 とルシアナは小麦の穂についている、まるで黴のように小さな花を見て言うと、護衛として残っているキールも同意するように続けた。


「なぁ、ルシアナ様、本当に大丈夫なんだよな?」


 その二人の横で震えて尋ねたのは団長だ。


「俺が仕事を終えて寝ている間に、話が決まったみたいだけど、俺の作った薬が失敗したら、村を棄てるってことなんだよな?」

「大丈夫ですよ。団長さんの薬がちゃんとできているのは森の賢者様も認めていますから。それに、団長さんが責任を感じることはありません」


 今回の作戦を立案したのも、族長に今回の作戦の対価として村を棄てる覚悟を引き出させたのも、全ては彼女なのだから。


「あ、ただしもしも成功したら覚悟は決めてくださいね」

「覚悟? 成功しても問題があるのか?」

「ええ、とっても大切な問題がありますから」


 ルシアナはそう言って、扇で隠した顔の下で、少し意地悪な笑みを浮かべた。

 そして、時間が経過する。

 戦いは最終局面を迎えていた。

 前線は何とか維持しているが、負傷者の数が多くなってきた。


「エリアヒールっ!」


 範囲回復魔法をルシアナが使う。

 一定の範囲の人間の怪我を回復させる魔法である。

 本来、乱戦状態で範囲回復の魔法を発動させれば敵にも効果が出るのだが、そこはルシアナだ。

 自分なりに改良して、人間にだけ効果が出て魔物には一切効果が出ないようにしていた。

 当然、普通に使うより神経を使う上、魔力の消費量も上がる。


「すげぇ、怪我が治ってる」

「こんな乱戦状態で味方にだけ――」

「ルシアナ様って、実はシアちゃんより凄い回復魔法の使い手じゃないのかっ!?」


 冒険者たちがルシアナを讃え始めた。

 悪役令嬢を目指すルシアナにとって、それは有難迷惑でしかない。


「あなたたち、うるさいわよ! 怪我が治ったのなら目の前の敵に集中しなさい!」


 そう叫んだ。

 だが、冒険者にとって、その程度の言葉は叱咤どころか激励でしかない。

 結果、一部の冒険者は心の中でルシアナのことを「姉御」と慕うことに繋がる。

 当然、ルシアナも自分の評価が高まっていることに気付いていて、こんなことならシアの姿で来たらよかったと後悔していた。

 さらに時間が経過し――


「ルシアナ様、そろそろ限界です!」

「まだです――あと少し――」


 ルシアナの後方には、焚き火と焼いている石が置かれている。

 ちょうど魔物がいる位置の風上。

 ここで石の上に呪法薬を垂らして、蒸気にして魔物のいる場所に呪法薬を送り込む予定だ。

 他にも数カ所で同じように石を焼いて、呪法薬を使う準備をしているが、思っているより魔物が広範囲に広がっている。魔物を上手に追い込めていない。

 冒険者が思っている以上に善戦し、魔物が遠回りして畑に近付こうとしているのだ。

 本来ならば冒険者にサイドに回って魔物が回り込むのを防いでもらいたいのだが、そこに人員を回す余裕がない。

 このままでは――


「わふーーんっ!」

「ウキーーーっ!」


 魔物が回り込もうとしている場所から、神獣の遠吠えと森の賢者の叫び声が聞こえてきた。

 神獣の声は、かつて鬼と戦ったときに使っていた衝撃波のようであり、おそらく森の賢者の声も同じような効果があると思われる。


「お嬢様っ! 回り込もうとしていた魔物が中心部に戻っています! いまなら――」

「――神獣様、森の賢者様……ありがとうございます。団長さん、旗を上げてください!」

「おぉっ!」


 ルシアナの声に従い、団長が簡易の旗を上げる。

 そして、ルシアナは焼けた石に、呪法薬を振りかけた。

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