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第152話

 ルシアナが呪法薬を振りかけた直後、近くにいた男が、普段ルシアナが自分の顔を隠すために使っている扇であおぐ。

 もともと風上ということもあって、蒸気となった呪法薬が風に乗って魔物たちの方へと向かっていった。

 薬の効果が出ているか確認するために、自分の腕を匂う。

 ルシアナが嫌う王都流行りの香水の匂いが、とてもいいもののように感じられた。

 ただし、効果が薄いのか、直ぐに元の嫌な臭いに戻る。

 これも昨日の夜に検証していてわかっていたことであるが、呪法薬を使って一番近くにいたルシアナでこの程度となると、リザードマンは一瞬で気絶させることができたが、これで本当に効果が出るのか不安になる。

 結果は目に見えて出るのではなく、耳に聞こえた。

 冒険者たちの歓声が響き渡ってきたのだ。


「ルシアナ様! 魔物が倒れています! 成功です!」

「そうですか――」


 ルシアナはほっと一息をついたが、しかし――


「いや、全員じゃないな。逃げていく魔物もいるぞ」

「倒れても起き上がる魔物もいる」

「それに、離れた場所の魔物にまで届いていない」


 嗅覚による違いが出ている。

 匂いに敏感な魔物が倒れているが、しかし元々匂いに対して鈍感で、最近までこの地に来ていなかった魔物がまだ残っていた。

 だが、まったく効果がないということはないようで、キールや他の者の言う通り逃げ出そうとしていたり、一度は倒れている魔物がほとんどだ。

 それに、倒れた魔物にトドメを刺すことができて、戦いに余裕も出てきた。


「もっと魔物をおびき寄せる匂いが強ければ――そうだ、ルシアナ様、畑を荒らせば匂いが強まるって言ってませんでしたっけ?」

「ダメです。確かにそれだと呪法薬の効果の範囲内にいる魔物を一網打尽にはできますが、その範囲外の魔物を一気に集めてしまうことになります。それより、もう一度です!」


 ルシアナが団長に合図を送らせ、再度石が熱くなってきたところで呪法薬を掛ける。

 効果は出ている。

 ただし、やはり致命打にはならない。

 一番の原因は、ミストだと持続時間が少ないこと。

 そしてなにより、蒸気が散ってしまい、遠く離れたところにまで効果が出ないところにある。

 昨夜、ルシアナの実験では、百メートル先でもギリギリ効果があったのだが、微妙な風の違いで範囲が変わっている。

 もっと直接広範囲に、それこそ霧吹きみたいに吹きかける方法があればいいのだが、それが思いつかない。

 ルシアナが何かいい方法がないか悩んでいると、


「わふっ!」


 神獣様が戻ってきて、ルシアナの前にうつ伏せになる。

 一体何を――と思ったが、ルシアナはすぐにその意図に気付いて、神獣の背中に乗った。


「神獣様、お願いしますっ!」

「お嬢様、待ってください! 我々も」

「神獣様に二人以上乗っての移動は無理です! 私は平気ですから!」


 ルシアナはそう言うが、しかし一人でもギリギリだと思った。

 前に乗ったときはまだ八歳の子供だったが、いまや十四歳。

 この体格の差で、犬に乗っての移動は少し厳しいかもしれない。

 そう思ったときだった。


「ばふ」


 神獣が一度鳴くと、突然ルシアナの視界が高くなる。

 神獣が一回り以上大きくなったのだ。

 元々長くて目も隠れていた毛が、大きくなることでちょうどいい長さになり、そして鋭い目が露わになる。


「それが神獣様の本当の――いえ、もう一つのお姿なのですか?」


 その問いに、神獣は答えない。

 だが、代わりに彼は護衛としてついてきていたキールを見た。

 キールは神獣の目を見て頷き、その背に飛び乗る。


「キールさんっ!?」

「神獣様が、守ってやれって言ってくれたんだ」


 目と目でわかり合ったと彼は言う。

 ルシアナからしたら、ただ見つめ合っていたようにしか見えないが。


「それで、お嬢様、どうするんだ?」

「同じです。呪法薬を敵に掛けます。ただし、直接――」

「直接って、それは一本で一匹しか効果がないから、よほどのことがない限り使わないって――」

「なにも、ただ振りかけるのではありません。もちろん、拡散させます」

「よくわからないが、俺はお嬢様を守ればいいんだな」

「はい。神獣様、お願いします!」


 神獣はそう言うと、突然駆けだした。

 突然の加速に、ルシアナの身体が後ろのめりになりそうになるところを、後ろでキールが支えた。


「ありがとうございます」

「どうってことないさ」


 そして、神獣は一気に前線に差し掛かった。

 冒険者たちは倒れた魔物にトドメをさしているか、もしくは起き出した魔物と戦っているが、同時に少し離れた場所にいる逃げ出しもせず、こちらに向かって来る魔物を警戒しているようだ。

 そんな彼らの背後から、神獣が一気に跳び越える。


「凄いな、神獣様――鬼と戦ったときもこのくらいしてくれたら――」

「あの時は神獣様もだいぶ力を失っておられましたから」


 おそらく、六年前も手を抜いていたということはない。

 あの時はあの時で、本気でルシアナのことを守りながら、鬼と戦ってくれていたのだろう。

 しかし、今のこの力を見ると神獣様の力で魔物を全て倒せるのではないかと思ってしまう。


(いえ、流石にそれは無理でしょうね)


 先ほど、魔物を誘導するときも、神獣はこの力を使わなかった。

 その必要が無いと思ったのもあるが、おそらく力にも限界がある。

 いつまで続くかわからないこの戦い、神獣のこの力は短期決戦では効果はあっても、長期の戦いでは使いづらいのだろうとルシアナは思った。


「神獣様、バジリスクですっ! 気を付けてください!」


 前方に巨大なトカゲがいた。

 冒険者たちを石にした魔物が一体ではなく、複数体いる。

 ルシアナの言葉を聞き、神獣は一直線ではなく、バジリスクの横側に行くように大きく回りながら、魔物の群れへと近いた。

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