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第153話

 魔物の群れの横についたルシアナだったが、魔物の群れは既に彼女を敵と見据えていた。

 魔物たちは、三十人強いる冒険者より、ルシアナたちを、いや、彼女が乗っている神獣を警戒すべき敵だと見たようだ。

 もしも普通の犬の姿だったらここまで警戒しなかっただろう。

 攻めてくる魔物には神獣よりも巨大な個体もいるが、そういう魔物は得てして動きが遅く、反応の鈍いものなのだが、神獣の速度は、大きくなることでさらに速くなった気がする。

 いくら速いといっても、神獣を狙う魔物の中には回り込んでゆく手を阻もうとするものもいるが、神獣は時には跳び越え、時には前足で軽く薙ぎ払い、ルシアナが望む場所に運ぶ。

 空から狙って来る鳥や蝙蝠のような魔物もいるのだが――


「お嬢様、伏せてろ!」

「は……はいっ!」


 ルシアナの後ろにいたキールが、器用にも神獣の上に立ち、空から迫りくる魔物たちを剣で薙ぎ払い、直ぐに座る。


「キールさん、前より強くなったんじゃありませんか?」


 具体的に冒険者の技量についてはルシアナもわからないが、しかし、そんなルシアナでもわかるくらい、彼の剣は速くなっていた気がする。


「負けたくない奴がいるからな。まだまだ追いつけてないが」


 キールがそう言って口を閉じる。

 褒めたのに、何故か少し不機嫌そうだ。

 キールにそんな人がいるなんて聞いたことがなかったが、森の民の誰かだろうか? とルシアナは少し考えた。


「で、お嬢様――どこに向かってるんだ?」


 問われて、ルシアナは再度魔物の群れを見る。

 多種多様の魔物がいる中で、一番大きな魔物はどれかと見比べ、


「あの魔物のところです」


 七メートル強の大きさの一つ目の巨人を指差す。


「とりあえず、巨大な魔物を倒せば、なんか士気向上するんじゃないですかね?」

「そんな適当な……」


 ルシアナは子供の頃は子供には思えないような聡明さを見せていたが、いまは年相応にバカなところを見せるようになってきたとマリアが言っていたが、その通りだな――とキールは思った。


「いや、でも……」


 キールは考える。

 今回現れた魔物の数の多さは異常だ。

 異常事態であるのは確かだし、温度の変化も多い。

 キールは魔物の専門家でもないし、植物学者でもない。

 ただ、逃げ出さなかった魔物は、本当に薬の効果不足が原因なのだろうかと。

 よく見たら、逃げ出さなかった魔物の中にはゴブリンもいた。

 リザードマンほどではないが、匂いに敏感な魔物である。


 薬の効果がなかったのか? と思ったがそんな風には思えない。

 おそらくだが、薬の効果があっても、気絶しなかったのだ。


「お嬢様、あそこのゴブリン、よく見ると若い個体じゃないか?」

「え? あそこってどこですか?」

「そこだ。あの黄色いバンダナのイエローキャップゴブリン!」

「――私、魔物の専門家じゃないので年齢は。でも、墓守の黴でおびき寄せるのは年老いて子供を作れなくなった魔物だけだって―――」

「ああ。でも、人間と一緒だろ! 群れの仲間が突然いい匂いにつられて移動を開始したら、若い個体も、何かあるのではないかとついていく。匂いにつられてるのではなく、集団本能っていうか、そういうので村を攻めてる魔物がいるんだ。そして、そいつらは匂いに引き寄せられてるわけじゃないから――」

「呪法薬の効果がないっ!?」


 ルシアナは、いや、ルシアナだけでなく冒険者たちも含め誰もが、魔物は全員、墓守の黴の効果で村に来ていると思っていた。

 まさか、行列があるから並んでいこうか――というような野次馬根性で魔物がやってきているなんて思いもしていなかった。

 キールの言う通り、そういう魔物には呪法薬の効果はない。


「いいか、お嬢様。魔物ってのは本来、人間が恐ろしくて森の奥に住んでるもんなんだ。だが、大勢の魔物が一緒にいる安心感で、やつらはここに来ている。だから、あの巨大な魔物をぶっ倒せば、そういう魔物が逃げる可能性が高い」

「本当ですか?」

「俺も魔物の専門家ってわけじゃねぇからな、確実なことは言えないが――でも、戦いのプロの勘だ!」

「十分な理由です! 神獣様、聞いてましたね!」


 ルシアナが尋ねると、神獣は動きを早める。

 魔物の群れの中には入らない。

 そうなったとき、ルシアナへの負担が強く、彼女が危ないことを理解しているから、神獣は敵の中に入らないようにその周囲を走り、一つ目巨人へと近付いていく。


「なんで巨人は一つ目が多いんですかね? 遠近感とか重要ですよね」

「そんなの俺が知るか。まぁ、目を一つ潰せば倒せるっていうからな。強い敵には弱点を作らないといけないって、神様が考えたんだろ」

「神様って、そんなバランスを取ろうとするものですかね?」

「俺は神様じゃないからわからないよ。ていうか、どうやって呪法薬を使うんだ? まだ距離があるぞ?」

「それは、投げます!」


 ルシアナが言って、呪法薬の瓶を取りだす。


「いくらなんでもここからだと届かない」


 キールが言ったとき、神獣が大きく回り、急ブレーキをかける。


「えいっ!」


 ルシアナはその急ブレーキによる反動を利用し、本来では彼女の腕力では届かないところにまで薬瓶を投げた。

 ――が、キールの言う通り、その程度では全然届かない。

 しかも、瓶の蓋すら開けていない。

 しかし――


「神獣様っ!」

「ワフォォォォォォンっ!」


 神獣が吠えた。

 その衝撃波で、瓶が割れ、中の液体が粒子となって前方に飛び散り、一つ目の巨人を中心とした魔物の群れに降り注いだ。

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