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第154話

 迫りくる一つ目巨人の群れ。

 彼らに呪法薬は効かない。

 こちらは満身創痍の冒険者たち。

 もしも、ルシアナがこの戦いの行く末を神に託していたのなら、彼女は神を呪っていたかもしれないほどに、残酷な現実が、彼女たちに突き付けられた。

 あまりにもあまりの現実に正常な判断ができていないのか、ルシアナより少し年上、十五歳くらいの若い冒険者が震える足で剣を構えていた。

 よく見たら、前にルシアナが何度も治療した駆け出しの冒険者だ。


「止めなさい! あなたたちでは彼らには勝てません!」


 ルシアナが叫ぶ。


「私と神獣様で足止めをします。その間に逃げなさい!」

「おい、さすがに依頼人を置いて逃げるなんて――」

「足手まといです!」


 ルシアナが叫んだ。

 冒険者たちが口を閉じて下唇を噛む。

 わかっている、彼らも。

 自分たちでは、あの一つ目巨人を倒すどころか、ルシアナがいまからやろうとしている足止めすらままならないことを理解していたのだ。

 万全な状態であったとしても、果たして戦えたかどうか。

 冒険者たちは村へと逃げていく。

 彼らは自分の役目を理解していた。

 村人の避難だ。

 森の民の中には、年老いて、走って逃げることのできない者も多い。

 青年団たちは若い人が多いとはいえ、まだ乳飲み子もいる。

 避難には時間がかかる。

 そのためには人手もいる。

 後ろ髪を引かれる思い――かどうかはわからないが、村へと走っていく冒険者たちを肩越しに見送り、ルシアナはため息をつく。


「神獣様、一つ質問です。あの魔物、神獣様の力で倒せませんか?」


 ダメで元々の質問だったので、この後神獣が首を横に振ったが、特に落胆することはない。

 わかっていた。

 元々、神獣の咆哮は、誰かを傷つけることに特化したものではない。


「ならば、足止めだけですね。私の魔力を渡します。どうか、力を貸してください」


 神獣が凛々しい顔で頷いた。


「キールさん、付き合ってもらってすみません。神獣様に魔力を補充し続けた後、魔力枯渇で気絶するかもしれない私を支えてくれる人が必要なんです」

「気にすんな。お嬢様がこんな風に我儘を言える相手は、俺とマリアくらいなもんだからな」


 キールはそう言って、ルシアナの腰に手を回す。

 鞍もなければ手綱もない、何度も落ちそうになった神獣の上だ。

 そのキールの腕は、ルシアナにとってなんとも頼もしい。


「では、行きましょう!」



 それは戦いというにはあまりにも逃げの一手だった。

 神獣の咆哮で一つ目巨人の気を引きながら、村から遠ざけようと戦う。

 しかし、一つ目巨人の中には、逃げ出した冒険者のことを狙おうとするものもいて、誘導がうまくいかない。

 相手が一匹だったら、誘導も楽なのだが、群れ全体の誘導というのはかくも困難な物なのかと痛感させられた。

 神獣の息遣いが荒い。

 魔力の補給をしているが、どうも咆哮には魔力と体力、その両方を使うらしい。


「神獣様、体力を回復させる魔法を使ってもいいですか? 反動で、明日はかなり辛いと思いますが」


 ルシアナの提案に、神獣が頷く。


「ファーティグリカバリー!」


 ルシアナの魔法によって、神獣の目に、再び闘志が灯る。

 まだ戦えると言わんばかりだったが、ルシアナの魔力がそろそろ限界に近い。

 神獣が一気に一つ目巨人に近付く。

 神獣もまた、ルシアナの魔力の限界を察知し、勝負に出た。


「お嬢様、振り落とされるなよ」


 神獣の動きが変わったことで、キールがルシアナに注意をする。

 神獣は縦横無尽に一つ目巨人の群れの中に突入した。

 殴りかかる巨大な拳を既のところで躱し、大きく上に跳び、その耳に向かって巨大な咆哮を放つ。


「ワフゥゥゥゥゥゥンっ!」


 あまりのその声の大きさに、ルシアナは自分の耳を塞いでしまう。

 本来は衝撃で相手の動きを封じる咆哮だが、その巨大な鳴き声を耳に直接向けられれば、いくらその巨体といえども堪ったものではない。

 その声の大きさにたじろぎ、膝を突く。

 鼓膜が破れたのか、耳から血が出ている。


「凄いです……神獣様……いま、魔力を回復……」


 ルシアナが自分の魔力を神獣に流そうとした――その時。

 力が抜けた。

 魔力枯渇の初期症状だ。


「お嬢様、もうこれ以上は危険だ」

「まだです……まだ、みんなが避難できる時間を稼がなければ」

「って、何を言ってるかさっぱり聞き取れねぇ」


 キールが首を横に振った。


「え? キールさん、耳が聞こえないんですか?」


 ルシアナはそこで気付く。

 先ほどの咆哮、ルシアナは咄嗟に耳を塞いだが、キールはずっとルシアナを支えるために両手を使っていた。

 当然、自分の耳を塞ぐことはできない。

 鼓膜が無事かどうかはわからないが、一時的に聴覚に異常があっても不思議ではない。

 いますぐ魔法で回復させたいが、その魔力が底を尽いている。


「まぁ、耳が聞こえなくてもだいたいわかる。お嬢様、時間稼ぎをしたいんだよな? で、魔力は尽きたけど、かろうじて意識を保っていられると」


 そう言うと、キールは突然、神獣から飛び降りた。


「しょうがない、俺が時間を稼いでやるよ」

「キールさん、何をしてるんですか!?」


 ルシアナが叫ぶが、キールの耳には届かない。

 それでも、キールは振り返り、彼女が何を言ったのかわかったようだ。


「あぁ、たぶん、いま怒ってるよな? でも、まぁ、さっきのお嬢様のふぁーてぃぐりかばり……だっけ? 体力回復魔法の余波が俺のところまで来てな、これでも体力は有り余ってるんだ。あいつらを適当におちょくって、村に逃げるくらいの力は残っているさ」

「嘘ですよね! 私、キールさんに魔法なんて使っていません!」

「神獣様、お嬢様の事を頼みます。いま、力があまりないので、振り落とされないように走って逃げてくれ」


 キールはそう言うと、剣を構えて一つ目巨人に向かって走り出す。


「キールさぁぁぁぁぁあんっ!」


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