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第155話

 倒すのではなく、戦う。

 キールはそれに徹する。


 逃げてはいけない。

 逃げれば、魔物は脅威である神獣に狙いを定めるから。

 一つ目巨人に、自分のことを敵だと思わせなければいけない。


 深手を負わせてはいけない。

 キールの剣では相手に深手を負わせることはできても、それが致命傷にはならない。

 一つ目巨人にはキールは敵だと理解させても、本気を出すまでもない小物だと思わせなければいけない。


 振り返ってはいけない。


(お嬢様の泣き顔なんて、見たくねぇからなっ!)


 キールは一つ目巨人の拳を避け、懐に入り、股の下を潜る。

 大きさだけでなく、数の上でもキールは不利である。

 だが、それでも接近して戦えば、他の一つ目巨人は手を出せない。

 彼らも同士討ちは避けたいだろう。

 できるだけ死角に入り、小さな傷を与えつつ、相手を攪乱する。

 どれだけの時間戦っただろうか。


「GUAAAAAAAっ!」


 一つ目巨人の雄たけびが響く。


(俺の耳は完全にいかれてはいないようだ。しっかり聞こえてきやがる……いや、耳が回復してきたのか)


 どちらにせよ、一つ目巨人が怒っているのはわかる。


(これはあれだな、いくら頑張っても倒せない蠅に対してムキになる人間と一緒だな)


 つまり、自分は一つ目巨人にとって、叩けば一撃で殺せる蠅と同じってことだ。

 だが、蠅は簡単に倒せないぞ。

 そう思ったときだ。


 キールは気付けば跳んでいた。


「がっ」


 声にもならない声とともに、口から出る赤い物が血だと気付いたのと、地面に叩きつけられたのはほぼ同時だった。

 そして、倒れたキールが見ていたのは、さっきまでキールが戦っていた一つ目巨人もまた地面に倒れていた。

 何があったか理解した。


 別の一つ目巨人が、キールを蹴飛ばしたのだ。仲間の一つ目巨人を巻き添えに。

 さっきの雄たけびは、ただ怒っただけではない。

 自分と一緒にこの人間を蹴り飛ばせ――そう頼んだのだ。

 仲間を犠牲にしてまで攻撃しないだろうと読み、背後への警戒を疎かにしていたのが仇になった。目の前の一つ目巨人に集中しないとすぐにやられていたので仕方なかったのだが。


(ちっ、息をするだけで苦しい……食道か肺に血が溜まってるんじゃねぇか。てか、骨何本折れた?)


 かなり吹き飛ばされた。

 受け身を取ることもできない状態だったが、運がいいのか、落ち方はよかったらしく、致命傷には至っていない。

 だが、その悪運ももはや尽きようとしている。


 まともに立つこともできない状態。

 もう踏みつぶされたら終わりだ。


(お嬢様は無事に逃げれたかな……ったく、これで逃げ遅れてたら恨むぞ)


 キールがそう思い、目を閉じて意識を手放そうとしたその時だった。

 急に後頭部に柔らかい感触が伝わってきた。

 そして――


「ヒール」


 一番聞きたくて、一番聞きたくなかった声とともに、淡い光がキールを包み込む。

 誰が魔法を使ったのか、考えるまでもない。

 ルシアナだ。


「なにして――ごほっ、るんだ、お嬢様」


 キールが口から血を出しつつ叫ぶ。


「すみません、魔力が少なくて――私が倒れる前にポーションを飲んで下さい」

「お前、もう走っても逃げられないぞ」


 一つ目巨人は動きは決して速くはない。

 だが、それでも手負いのキールと魔力切れのルシアナが逃げ切れる相手ではない。


「大丈夫です、キールさん。逃げる必要はありません」

「何を言って――」


 キールが意味がわからず言った、その時だった。


「撃てっ!」


 その号令とともに、無数の矢が一つ目巨人に降り注ぐ。


「突撃っ!」


 さらなる号令に、馬に乗った兵――騎士達が一つ目巨人に向かって突撃していった。

 あれは公爵家の騎士達だ。


(どういうことだ? 戦争に行ってたんじゃないのか?)


 これは夢か幻か?


「護衛の任務、良く果たしたな」


 そう言ったのは、遥か東の国境、戦場にいるはずのカイトだった。


「一体何が?」

「説明は後だ。それより、早くポーションを飲んで、その頭をどけるんだ」

「頭をどけるって」


 と言われ、そこでキールは気付いた。

 自分がいま、ルシアナの膝を枕にしていることに。


「お、お嬢様、すまない。すぐに――」

「私は気にしませんから。それより、ポーションを飲んで下さい。内臓の傷には飲む方が効果がありますから」




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