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第156話

 カイトが騎士達の指揮を執り、一つ目巨人と戦っている。

 彼らは弓矢で一つ目巨人の目を狙った後、騎士が二人一組となり、馬と馬の間に鎖を張り、人間でいうところの足を引っかけるようにして巨人を転ばせ、倒れたところに襲い掛かっていた。

 その手慣れた動きを見て、ルシアナは魔力不足で朦朧とした意識ながらも舌を巻かざるを得ない。


「しかし、なんで騎士様が来てるんだ? 戦争に行ってたんじゃなかったのかよ」


 キールが諦めた表情で言う。

 さっきまでルシアナの膝の上から起き上がろうとしてもがいていたキールだったが、いまは無駄だと悟って大人しくしていた。


「戦争が終わったそうです」

「は? 戦争ってそんなにすぐに終わるものなのか?」

「いえ、正確には始まらなかったというべきでしょうか? レギナ王国の国境付近で内乱が起こったそうなんです。しかも、レギナ王国の兵も一部、そして、駆けつけたトラリア王国の兵と合流し、国境付近を支配下に置いたみたいなんです」


 そんなこともあり、レギナ王国は戦線を維持できなくなった。

 とルシアナはカイトから聞かされた。


「なら、追撃するなりになるんじゃないか?」

「いえ、国境沿いの町の住民と裏切ったレギナ王国の兵は、トラリア王国に恭順する代わりに、これ以上レギナ王国に侵略しないことを条件としたそうです。それに、トラリア王国も同意し、兵の半分を防衛のために残して撤退。カイトお兄様が騎士達を引き連れて駆け付けてくれたそうです。私たちの現状は、冒険者ギルドとやり取りをして把握していたそうですから。さすがに、このような窮地に陥っているとは思ってもいなかったそうですが、一つ目巨人が森の奥に生息していることは知っていたそうなので、対策は練っていたそうですね」

「ははっ、じゃあ俺の苦労は完全に無駄だったってことか」

「そんなことありませんよ。キールさんは頑張りましたから」


 そう言ってルシアナはキールの前髪を掬うように額を撫でた。


「あぁ……そのまま額にキスでもしてくれたら少しはカッコがつくんだがな」

「え!? キ、キスですかっ!?」


 突然のことにルシアナの顔が真っ赤になる。

 元々、前世でのルシアナは男性にほぼ無縁だった。シャルドに夢中でずっと彼を追いかけ、無視され続け、他の男性と仲良くした経験は皆無。

 生まれ変わってからは、近くにバルシファルやキールがいてだいぶ男性にも慣れて来たのだが、しかし、恋愛に関しては経験ゼロで、情報はマリアから貰った本頼り。

 そんな彼女にとって、キスをせがまれるというのは生まれて初めての経験である。


「冗談だって」


 キールが笑って言うが、混乱しているルシアナの耳に届いていない。


(えっと、唇ではなく、額に……ですよね。たしか……手にキスは親愛、唇にキスは恋愛、そして額にキスは祝福……という意味があるのでしたよね。深く考えてはいけません。キールさんはカッコがつくと言ったのです。つまり、私がキスをすれば、キールさんは負けたのではなく勝って祝福されているということになり、カッコがつく……そう言いたいのでしょう)


 ルシアナは大きく深呼吸をしキールの目を――正確にはそこから少しずれた額を見る。


「お嬢様?」

「キールさん、少し黙ってください。狙いがずれます」

「いや、じょうだ……」


 そのキールの言葉は届かない。

 ルシアナはキールの額に向かってゆっくり唇を近付け――


「何をしているんだ?」

「「――っ!」」


 いつの間にか戦いが終わって駆け付けたカイトの言葉に焦り――


「あぁ、キールさん、すみません、すみません、すみません! ごめんなさい!」

「いや、大丈夫だ、本当に大丈夫だぞ、お嬢様」


 ルシアナの前歯がキールの額に突き刺さって僅かに歯形を残す形になってしまったのだった。


   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 遠く離れた山の中腹。

 ルシアナたちがいる村がかろうじて小さく見えるが、しかし普通の人間の視力なら、村に居る人物どころか、一つ目巨人すらまともに見ることのできないその場所に、一人の少女がいた。


「ルシアナお嬢様、またうまくやってみせたみたいね。戦争の火種もあの人に鎮火されちゃったし――あら?」


 少女が振り返ると、そこに一人の人物が――正確には一人と一匹の人物がいた。


「えっと、あんた、何者だ? そんなところで何をしている?」


 その青年――青年団の団長が尋ねると、頭の上にいた猿が「ウキっ!」と声を上げた。


「え!? この嬢ちゃんが呪いの元凶、マジなのか、森の賢者様」

「あら、可愛いおサルさんだと思ったら、その子、森の賢者様なの? そう、小麦畑の下にまいた呪いの気配を追ってここに来たのね。ちょっと近付きすぎたかしら」


 少女がそう言って睨みつけると、その目に震えて意識を失いそうになる。

 だが、その前に森の賢者が飛び出し、突然巨大化した。


「ウキ(お前は村に戻ってこのことを伝えろ)」


 神獣と同じように巨大化した森の賢者はそう言うと、体当たりをする。

 少女はその青年団を逃がすまいと大地に手を当てる。

 木の蔦が前方に延び、団長に迫った。

 だが、それは直ぐに森の賢者の爪に斬り裂かれる。


「うき(俺がいてそんなことさせると思ってるのか?)」

「邪魔をするのね」

「うき(お前が何者かは知らぬが、捕らえて聖女に引き渡すか)」


 森の賢者がそう言って少女を捕らえようと襲い掛かる。

 誰もいないその場所に向かって。


「残念だけど、あなたは私には勝てないわよ。それに――」


 少女はいつの間にか森の賢者の背後に回り、抱き着いて囁くように言う。


「聖女は私よ」


 本来、契約者にしかわからないはずの森の賢者の言葉の意味を理解しているかのように。

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