レギナ王国の西、トラリア王国国境付近にある村――否、現在はトラリア王国の占領下にあり、国際法的に見ればどちらの国に属しているかは不明瞭である。
一つわかっているのは、占領された住民たちの半数以上が、侵略者であるはずのトラリア王国の兵たちを快く迎え入れていた。
「あの時より十数年――この瞬間をどれほど待ちわびたことか」
その村の地下にある、表向きは食糧庫として使われている部屋で、片目に傷のある男はそう言って涙を流した。
彼はトールガンド王国の元将校の一人であり、ゲフィオンが率いるトールガンド解放軍に所属し、この辺り一帯を拠点にレギナ王国と戦い続け、そして生き残った者である。
ゲフィオンを失い、トールガンド解放軍が瓦解した後、レギナ王国に占領された後、地下に潜り、自らの願いを叶える機会を窺っていた。
「いえ、違いますね。本当に待ちわびたのは我らが祖国の復興。だが、それはもう叶わないのですね、殿下」
「すまないな」
バルシファルが彼の顔を見て謝罪をする。
彼は地下に潜む彼らと接触し、トラリア王国の軍と連携して反乱を起こさせ、戦争を早期に終わらせた。
トラリア王国に与したバルシファルと、トールガンド解放軍の彼ら――一時は敵対していた彼らだったが、このままレギナ王国の下にいるか、それともこれを機にレギナ王国に一矢を報いるか、選択を迫られたら答えは一つだった。
「謝罪は不要です、殿下。本来ならば、あの時、陛下の命と祖国を天秤に賭け、選択をした私が謝罪をしなければならないのですから」
「謝罪するのか?」
バルシファルの問いに、男は目を閉じ、苦笑するように首を横に振り、その場に座った。
「それはできません。これから会いに行く
「――これまでの祖国への働き、
バルシファルの言葉に、男の表情が安らかになる。
「幸せそうですね。医者が言うには、いつ死んでもおかしくない体で今回の戦いでは指揮を執っていましたからね。まったく、無茶な方だ」
サンタが男の前で手を合わせて言う。
「無茶か……君の目にはそう映ったのかい?」
「ええ、そうですが。ファル様は違うのですか?」
「……さぁ、どうだろうね」
バルシファルは答えない。
だが、彼の生き方を否定することはできなかった。
バルシファルが返事をはぐらかすのはいつものことなので、サンタは特に気にせずに話を続ける。
「にしても、結局主犯は現れず――ですか。一体、どこの誰だったんですかね? 軍部の一部を操り、レギナ王家の意志に関係なく戦争を起こさせた犯人は? しかも、遺跡の奥に保管されていたはずの改造された墓守の黴なんてものまで持ち出して」
昨年発見された遺跡で、さらなる調査が行われ、遺跡に封印されていた宝物の目録が見つかった。
そして、その大半が失われていることがわかった。
そのうちの一つが、小麦に寄生する墓守の黴だった。
数百年前の黴が、今の時代に繁殖させることはできないだろうとサンタは思っていたが、その考えはトラリア王国から届いた報せにより、楽観視し過ぎていたと気付かされた。
「じゃあ、こっちも片付いたし、あの公爵家の坊ちゃんみたいに急いでトラリア王国に戻りますか?」
「いや、その必要はないだろう。あっちには信用できる仲間がいるからね」
「仲間?」
サンタは一瞬、誰のことを言っているのかわからなかったが、しかし、バルシファルが部下でも弟子でもなく、仲間と呼ぶのは自分以外には一人しかいないことに気付いた。
「え、もしかして、シアちゃんのこと言ってるんですか? いやいや、ファル様。そりゃ、シアちゃんは並みの聖魔法の使い手じゃない――っていうか、たぶん世界最高峰の聖魔法の使い手なのは俺も認めますけど、彼女一人、いや、キールがいても二人の力でどうこうなる問題じゃないでしょ!」
と言っているが、バルシファルは笑顔で否定しない。
それは、本当に彼女のことを信じていると、サンタに思わせるには十分な態度だった。
「……はぁ、何者なんですか、シアちゃんって。ファル様、本当は気付いてるんでしょ?」
「彼女が隠そうとしていることについてはね。でも、私が知りたいのはその向こう側なんだよ」
「それってどういう……」
バルシファルはサンタの質問に答える意思はないという感じで、さきほど亡くなった男の遺体を抱え上げ、地上へと続く階段を上がっていったのだった。