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第161話

 王都に帰ってきたルシアナはその日も屋敷を出て、シアとして冒険者ギルドにやってきていた。

 最近はなんというか護衛もあきらめムードで、キールへの護衛の引継ぎなども非常にスムーズに行われているらしい。

 バルシファルが冒険者ギルドに来ていないのはキールを通じて知っているのに、何故そこまでルシアナを脱走へと駆り立てるのか?

 それはひとえにここが心のオアシスだったからだ。


「シアちゃん、本当に大丈夫?」

「はい、大丈夫です!」

「でも、しばらく休んでいたと思ったら、毎日働き詰めでしょ? ポーションが無くなって困っているって言ったから無理してない?」

「無理してません! むしろここに来ると落ち着くんです」


 ルシアナを気に掛ける事務員のエリーが「またシアちゃんが、仕事が生きがいで働き詰めで身体を壊して退職した先輩みたいなことを言ってる……」と非常に心配になっているが、ルシアナの言っていることは事実だった。

 というのも、彼女王都に帰って来てから、悪役令嬢としての振舞いのリハビリを兼ねて、四六時中、時にはマリアと二人きりの時でさえも偽りの自分を演じていたのだ。

 そんな中、冒険者ギルドでは素の自分のままでいられることに喜びを感じていた。

 シアという名前も修道女であるという肩書きも、さらには髪の色も偽りの姿なのだが。


「やぁ、シア。頑張っているね」

「ルークさんはサボってるんですか?」

「サボってるんじゃなくて謹慎ね。仕事したらダメなんだよ。例のルシアナ公爵令嬢の件でね――」

「あ……」


 ルシアナは思わず言葉を噤んだ。

 ヴォーカス公爵領の魔物の大量発生において、ルシアナは公爵令嬢の名を使ってルークに手紙を送り、薬品や冒険者の手配を依頼した。戦争中のため、無茶な依頼にもかかわらず、ルークはそれを引き受けて薬や冒険者の手配を行った。

 三十名を超える王都から貴族領への冒険者の派遣は規則により禁止されていたらしく、それがかなり問題になった。

 ルシアナ公爵令嬢の無理な依頼という名目のお陰で大きな罰は免れたが、それでも謹慎と減給処分が下った。


「謹慎なのにここにいていいんですか?」

「もちろんだよ。ここは僕の家のようなものだからね」


 エリーがジト目で言うもルークはどこ吹く風と言った感じだ。

 ただ、ルシアナは非常に申し訳ない気持ちだった。

 あの時は他に手段がなかったとはいえ、ルークに迷惑をかけてしまったのだから。


「本当に、ルシアナ公爵令嬢にも困ったものですよね。あの人のせいでギルド長がこんな目にあったっていうのにお礼にも来ないなんて」

「公爵家の人間なら来ただろ?」

「あれはヴォーカス公爵からの遣いですよね? ルシアナ公爵令嬢は何とも思ってませんよ」


 エリーが言っている横で、そのルシアナ本人は申し訳なさが極まって俯いていた。

 その場で謝罪したい気持ちでいっぱいだ。


「あ、シアちゃん、このことは誰にも言わないでね。あの我儘令嬢の耳に入ったら謹慎だけじゃすまないから」

「はい、誰にも言いません」

「じゃあ、お茶とお菓子、ここに置いておくから、適当に休んでね。ギルド長も邪魔しないようにしてくださいね」


 エリーがそう言って部屋を出て自分の仕事に戻った。

 なんとか気分を変えようと窓の外を見ると、制服を着た人たちが見えた。

 あれはトラリア王立魔法学院『ターゼニカ』の制服だ。

 入学式は二週間後のはずだったが。


「ああ、もうそんな時期か」

「ターゼニカの入学式ってまだ先ですよね?」

「よく知ってるね。あれは各地方から集まった奨学生だね」


 ターゼニカ魔法学院は貴族が多く通う学院である。

 地方の貴族だと自分の馬車を持っているので、入学式に合わせて王都に来る

 魔法の才能豊かな人間は奨学生として無償で通うことができる。

 しかし、当然自分の馬車などはないため、乗合い馬車に乗ってやってくる。

 地方によってはその乗り合い馬車は月に一本とかそういうペースでしか運航していない、さらにはその乗り合い馬車どころか行商人の馬車すら来ない村出身の生徒もいる。そんな彼らが、安い値段で安全に王都に来ようと思ったらこのような中途半端な時期に王都に来る羽目になることも珍しくはないそうだ。


「そうだったんですか……」


 ルークに教わったルシアナは前世の自分を思い出す。

 前世で彼女は平民の奨学生のことを疎ましく思っていた。

 才能があっても所詮は平民。栄えある王立学院に相応しくないと。

 その陰で彼らがどんな苦労をしているかなんて考えてこなかった。


(だというのに私は……)


 ルシアナは前世の己を悔いた。

 現世では平民に優しい悪役令嬢を演じようと思って――


(あれ? でもマリアから読ませてもらった悪役令嬢は全員平民を虐めていましたよね?)


 ここで彼女は大きな壁にぶち当たった。

 悪役令嬢を演じるにはどうすればいいのか?


「ああ、そうだ。冒険者ギルドの推薦枠が毎年何枠か余ってるんだよ。王都にいるちょうどいい年齢の優秀な魔法の使い手は大抵他のところが目を付けてるからね。それで提案なんだが、どうだろ? シアも奨学生として王立学院に入学してみないかい?」

「え? でもそれは――」

「とバルシファルくんから手紙が来てね」

「ファル様からっ!?」


 バルシファルとはいまでも冒険者ギルドを通じて手紙のやり取りをたまにしているので、冒険者ギルドにバルシファルから手紙が届いていることは不思議ではない。

 気になるのは、バルシファルはシアの正体がルシアナであることを知っているということだ。

 そして、ルシアナが王立学院に通うことも知っているだろう。

 そんな彼が、何故シアを奨学生として入学させたがっているのか?

 気になるが――


(ファル様のことです。何かお考えがあるのでしょう)


 ルシアナは頷き、言った。


「ルーク様。その推薦の話、詳しく聞かせていただけますか?」

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