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第166話

 フレイヤは改めてシアの経歴を確認する。

 ファインロード修道院で育った孤児。

 回復魔法の才能を見込まれて、修道女の修行をする。

 幼くして多数の回復魔法を修得。

 親戚の伝手を辿って、王都にやってきた。

 冒険者ギルドでポーション作りの才能を認められる。

 東の町で三圃制のテストを行うとき、春の収穫の祝詞を捧げるとき、奇跡の光が差し込み、それを大勢の人が目撃。聖女ではないかと囁かれるようになる。

 ミストポーションの開発や、最下級ポーション、最下級解毒ポーションの開発に着手する。

 最近はそれほど目立った動きは見せていないけれど、それでも質のいいポーション作りの才能は評判が良い。


 弟のお気に入りを調べるために国の諜報員を使うのが憚られた彼女が、部下にざっと調べさせた情報だ。

 もしも諜報員を使っていたら別の答えが見られたかもしれない。


(これは本当に全部ルシアナ嬢の一人の功績? もしかして、公爵家が裏で雇っている薬師の功績をシアの功績として偽っているのかしら?)


 そう思えるほどに、このシアの評価はルシアナの評価とは正反対であり、なにより現実味の薄いものだった。

 正直、彼女がここまでの成果を主張すれば聖女の称号が教会から与えられていたかもしれないような評判と実績である。


 シアとルシアナが同一人物であることは、既にフレイヤの中で確信になっていたが、その目的がわからない。


「シアさん。最近した薬師としての仕事はなんですか?」

「はい。薬師ギルドからの依頼で解毒ポーションを調合しました」


 面接官の質問にルシアナが答える。

 解毒ポーションというと、ポイズンフロッグ事件のことだとフレイヤは直ぐに結びつく。

 よく薬師ギルドがあの短時間に新たな解毒ポーションを用意できたものだと思っていたが、それにも彼女が関わっていたのか。

 本当にルシアナが作ったのか、それとも公爵家の力を使って薬師を集めて作らせたのかは、いまのフレイヤには判断できない。

 ただ、あの時薬師ギルドが用意した解毒ポーションは2000本だということはフレイヤの耳にも届いている。

 確かめるべく尋ねる。


「シアさん、解毒ポーションは何本程作られたのですか?」

「ええと、数は覚えていません」


 ルシアナは困ったように言う。

 馬脚をあらわしたかとフレイヤは思った。

 自分で作っていないから答えられないのかと。

 それを示すかのように、ルシアナの目からだんだんと生気が失われているようにも感じた。

 だが、ここれフレイヤの予想を大きく覆す話が出る。


「800本作るまでは数を数えていたんですけど、徹夜三日目くらいから無心になっていて――報酬もギルドに預けたままなので確認していなくて……1500本以上作ったのは確かですけど」


 ルシアナの目がだんだんと闇に落ちていく。


「仕事って凄いですよ。やればやるだけ応えてくれるんです。一歩ずつ進めば必ずゴールが見えてくるんですよ。最初は意気揚々と始めて、途中で挫折しかけて、やっぱり頑張って、それでも終わらず絶望して、でも進めば最後にはちゃんと終わっているんです。もはや人生ですよ」

「もういいです」


 フレイヤは思わず打ち切った。

 わかってしまった。

 彼女の言っている言葉は全て事実だと。


「シアさん。その解毒ポーション不足が何故起きたかは知っていますか?」

「はい。ポイズンフロッグが発生して、大量に解毒ポーションが必要になると読んだ貴族が値上がりを期待して解毒ポーションを買い占めたからです」

「だったら、あなたが解毒ポーションを作ったことで、その貴族に恨まれるとは思わなかったのですか?」


 フレイヤの質問に、ルシアナは一瞬考えたのち、


「その思いは確かにありました」


 と言う。


「貴族様は確かに怖いです。中には平民のことなど人と見ていない方もいらっしゃいます。貴族様の機嫌一つで平民の首が飛ぶなんて話もよく耳にします」


 貴族であるルシアナが何を思ってそう言ったのかはわからない。

 でも、それが貴族の在り方だ。


「ですが、とある貴族様が仰っていたんです。『貴族は王の剣にして、民の盾であれ』と。ですから、もしもその貴族様のような方がいらっしゃるのであれば、必ず護って下さります」

「もしも護ってくれなければ?」

「その時はその時考えます」


 ルシアナはニコリとほほ笑んだ。

 そう――あなたはそうなのね。

 フレイヤはこの短いやりとりで、彼女の本質を見た気がした。


「ええ、次の質問ですが――最近嬉しかったことについて教えてください」


 と随分とざっくりとした質問に戻った。

 意識調査という名目なので、適当に考えた質問だ。

 その質問に、ルシアナは満面の笑みを浮かべて言う。


「はい。憧れの方に紅茶を淹れて頂いたことですね。前々からあの方の紅茶を飲みたいと思っていて、それがようやく叶ったときは幸せでした。私の焼いたスコーンと一緒に食べたかったとちょっと後悔しています」

「そのスコーン作りも教会で教わったのですか?」

「はい。あ、今日も焼いてきたんで、よかったら皆様でお召し上がりください」

「すみませんが、面接官としての業務上、生徒から物品を受け取るわけには――」

「いただくわ」


 フレイヤが面接官の言葉を遮り、ルシアナからスコーンの入った籠を受け取る。

 フレイヤがこう言えば、彼女の正体を知っている他の面接官も何も言えなくなった。

 こうして、ルシアナの面接は終わった。


 城に戻り、フレイヤは彼女のことを思い出す。

 とても面白く愉快で、そして正しい子。

 部屋に、呼び出したシャルドがやってきた。


「母上、お呼びでしょうか?」

「ええ、少し聞きたいことがあって」

「…………っ!? 母上、ルシアナとお会いになったのですか?」

「あら、なんでわかるの?」

「そのスコーンに見覚えがあります」


 テーブルの上に盛られたスコーンを見てシャルドが言った。

 とても素朴でいて、それで味わい深い味にフレイヤも満足していた。


「ええ、会って少し話したわ。改めて聞くけれど、シャルドは彼女のことをどう思っているの?」

「……正直言って、ルシアナのことはよくわかりません。でも、だからこそ彼女のことをもっと知りたいと思えるのです」

「そう? でも、彼女の心を射止めようと思えばもっと努力をしないといけないわよ。少なくとも婚約者の優位は無いものと見なさい」


 相手はバルシファルだ。

 姉であるフレイヤから見ても、いまのシャルドでは分が悪いと思う。

 シャルドも覚悟しているのか深く頷いた。


(私としては、義理の娘でも義理の妹でもどちらでも構わないのだけれどね)


 彼女はそう言って、スコーンを摘まんで食べた。 

 シャルドが少し物欲しそうな目で見ていたが、彼の手に渡ることはなかった。

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