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第168話

 長い歴史を持つトラリア王立学院『ターゼニカ』には明文化されていない独自のルールがある。

 たとえば、馬車で敷地の中を移動できるのは王族だけという規則がある。

 多くの貴族が集まる学院内で全員が馬車移動をしようものなら、馬車の大渋滞ができるからだ。

 しかし、ターゼニカには『学院に通う者は身分に関係なく学業に勤しむべし』という校則が存在する。王族だけは馬車で移動してもいいという規則を明文化しようものなら、前述と矛盾が発生する。

 そのため、明文化されていない独自のルールがこの学院には多数存在するようになった。


 例えば、入学式は講堂で行われるのだが、その入学制の席順を決めるのは生徒会であり、やはり爵位の順番に席が決められる。

 貴族は前方、平民の奨学生は後方と言った具合に。

 もっとも、それは生徒会が介入しているからわかりやすい。

 わかりにくいルールだと、平民が通っていい場所、通ってはいけない場所なんてのもある。

 学院の奥にある講堂に向かう道は二本あるのだが、式典の際、中央の広い道を通っていいのは貴族のみで、脇の細い道は平民が通るべしというルールがある。

 一見すると貴族が自分勝手に決めたルールのように聞こえるが、実はそうではない。

 式典の時には多くの人が通りを行き交いする。そこで貴族と平民がぶつかったりしたら、ましてやそのせいで貴族に怪我でもさせたものなら大問題になる。

 そこで、平民の生徒からの希望で、多くの人が行き交いする式典の時限定で、貴族と平民の通る道を分けたいと申し出があったのだ。

 もっとも、それが貴族の特権意識に拍車をかけることに繋がっているのだが。


「あの、ルシアナ様――入らないのですか?」

「いえ、ここで私の役割があります。ほら、見てください。あそこの彼女――」


 見るからに田舎から出てきた少女と少年。

 名前も知らない奨学生の少女であるが、ルシアナは彼女を知っていた。

 前世でルシアナがいちゃもんをつけた相手である。

 門の前でぼーっと立っていた彼女に対して、いろいろと暴言を言った記憶がさっき蘇った。

 ルシアナは今回、そのような暴言を吐くつもりはないが、あの時、ルシアナの取り巻きの貴族令嬢も彼女のことを疎ましそうに見ていた気がする。

 ルシアナが彼女にちょっかいをかけなくても、他の貴族がちょっかいをかける。


「あら、門の前にぼーっと立ち尽くしているなんて、どこの貧乏人が迷い込んだのかしら?」


 やはり来た。

 セオドシア子爵令嬢。

 ちょっとぽっちゃりした少女で、かつてのルシアナの取り巻きの一人だった。

 貴族としてのプライドが高く、そのため平民に対してきつく当たっていた。

 前世のルシアナと同様、小説の悪役令嬢像を地で行っている。


「あら、貧乏人は耳も遠いのかしら? まぁいいわ、誰か、貧乏人が迷い込んだみたいよ! 早くこの不届きものを摘まみだしなさい、学院の品位が下がるわ」


 彼女はそう言って衛兵に二人を連れて行くように言った。

 衛兵はどうしたものか困っている。

 二人は見るからに学院の生徒であって、どう考えてもセオドシアがいちゃもんを付けているようにしか見えないからだ。


(見ていて頭がいたくなってきました)


 セオドシアの言葉は、前世でルシアナが言った言葉のままだった。

 傍から見ると、なんとも理不尽で、そして情けない。

 ルシアナは彼女を注意するべく前に出た。 


「何をなさっているのかしら、セオドシア様?」


 ルシアナは彼女の前に出た。

 その瞬間、平民の少女もセオドシアの表情が青ざめた。


「セオドシア様、何をなさっているのですか? と尋ねたのです」


 ルシアナがそう言うと、セオドシアはかなり恐縮した。

 顔から生気が失われているみたいだ。

 ルシアナの悪い噂は十二分に彼女のところまで届いているらしい。


「も、申し訳ありません。私はただ、この貧民が門の前で呆けていて、通行の邪魔だったため……その、注意を――」

「まぁ、さすがはセオドシア様ね。いい判断だわ。どうやら彼女は奨学生のようですが、貴族と平民、住む世界が違うということを理解させようというのですわね」

「そ、そうです! さすがはルシアナ様! その通りですわ」


 ルシアナが肯定すると、セオドシアは一気に顔に生気が戻り、衛兵に向かって言った。


「あなたたち、さっき命じたようにこの貧乏人たちを――」

「特待生用の寮に連れて行きなさい。間違っても貴族用の寮に迷い込まれたら面倒ですから」

「……え? えぇ、案内しなさい!」


 セオドシアは命令を変更する。

 すると、衛兵は直ぐに動いた。

 彼らもセオドシアにいちゃもんをつけられていた二人のことを憐れんでいて助けたいと思っていたのだろう。


「セオドシア様、いいことをしましたね」

「は、はい」

「では、セオドシア様、ごきげんよう。マリア、行きますわよ」


 ルシアナは後ろに控えていたマリアとともに、セオドシアを置き去りにして堂々と貴族用の寮へと向かった。

 ルシアナの王立学院における清く正しい悪役令嬢の第一歩はこうして始まったのだ。

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