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第169話

「新入生の皆よ、よく集まってくれました。この素晴らしい瞬間を皆と共有できることを大変喜ばしく思います。私たちは一つの大きな家族として、共に学び、成長していく仲間たちとして出発していただきたいです。この学び舎は知識を追求することを目的としています。ですが、知識の蓄積だけでなく、心豊かで社会に貢献できる個々の人間を育てることも目的です。新入生の皆様はこの学びの場に足を踏み入れることで、新しい友情や経験に出会うでしょう。時には困難にぶつかることもあるかもしれませんが、その度に助け合い、支え合い、一緒に乗り越えていくことが大切です。そして、学びの旅を通して、自分自身の可能性や夢を見つけ、追い求めていってください。最後に、この学院での生活が皆様にとって素晴らしい経験となりますよう、心より願っております」


 学院長の話が終わった。

 前世ではほとんど聞いていなかったせいで、記憶を呼び起こしても全然覚えていなかった。

 改めて聞いてみてわかった。いいことを言っているのはわかるけれどインパクトが薄いんだよね。

 そして、生徒会長の挨拶が行われた。

 なお、新入生代表の挨拶はない。

 これには理由がある。

 この魔法学院には入学試験はないけれど、卒業前には卒業前の試験が存在する。別に卒業試験に落ちたからといって留年とか退学なんてことはない、あくまでどこまで理解しているかを確認するための試験だ。

 そして、卒業式における代表の挨拶はその試験の首席が行うことになっていた。

 しかし、ある年に事件が起こった。

 その年の卒業生に王族がいた。しかし、首席となったのは男爵家の嫡男だった。

 王族の人間を差し置いて男爵家の人間が挨拶するのか? だが、学院内では身分は関係ないという規則があったはずだ! と激論が繰り広げられ、結果、「このような問題が起きないように卒業生代表の挨拶は辞めよう! となったらバランスを考えて新入生代表の挨拶もやめよう!」ということになったそうだ。

 生徒会長の挨拶が終わったあとは、校歌の合唱が行われる。

 歌うのは生徒ではなく、このために呼ばれた教会の聖歌隊。

 学院とトラリア王国と神様を崇める聖歌が奏でられる。

 そして、入学式は終了となり、私たちは貴族の寮に向かった。


 私の部屋は一階の角部屋である。

 貴族・王族用の寮は全て同じ部屋であるが、通例により、上の階が上級貴族や王族、下の階が下級貴族となっている。公爵家のルシアナは当然最上階の部屋だったのだが、男爵家の令嬢にお金を握らせて部屋を追い出し、隣の部屋の別の男爵令嬢と同室になってもらった。

 領地があまり豊かではないため侍女なども連れて来ていないので部屋に余裕がある。それに呼び戻した記憶によると、一カ月後、角部屋にいた彼女は寂しさからホームシックにかかり、結局隣の男爵令嬢の部屋に引っ越して一緒に暮らすことになるので遅いか早いかの違いである。というか、ここで引っ越せば寂しい思いをすることもないだろう。

 もちろん、ルシアナが渡したお金は、シアとして稼いだお金であり、公爵家のお金ではないが、貧しい男爵家の令嬢からしたら助かる額のお金だ。

 学院内での生活費は全て国が賄うといっても休日に学院の外で使うお小遣いまでは支給されないから。


 そして、ルシアナは角部屋で早速準備を開始。

 ささっと修道服に着替え、髪の色を変える。


「では、マリア。頼みました」

「はい、ルシアナ様、お任せください」


 マリアに見送られ、ルシアナは窓から寮を抜け出す。

 この角部屋は非常に素晴らしい。まず、側面の窓から抜け出すと、同じ角部屋以外からは見られることがない。それに、三階の角部屋は本来はルシアナの部屋、いまは空き部屋のため誰かに見られることはないし、二階の角部屋のコロリーナ嬢は日焼けを非常に嫌う令嬢で常に窓のカーテンを閉めている。

 まさに抜け出すための部屋だった。


 ルシアナは貴族用の寮を抜け出し、平民用の寮に向かう。

 そこがルシアナがシアとして生活する寮だ。


 寮の前には眼鏡をかけた黒髪の少女が立っていた。


修道女シスター様?」

「私、今日からこの寮でお世話になりますシアと申します」

「あぁ、シアさんね。私はこの寮の寮長を務めているポレットよ。入学式の前に来ないから心配してたんだけど、その服、聖歌隊に参加していたのね」


 そう言うわけではないのだけれどポレットさんがいい具合に勘違いしているので否定せずに笑顔で返した。


「じゃあ案内するわね。もうルームメイトは二人とも部屋にいるわよ」

「ルームメイト? 三人部屋なのですか?」

「ええ。特待生用の寮は見ての通り小さくて部屋も少ないのよ」


 奨学生用の寮がそんなことになっているなんて知らなかった。

 でも、ルシアナは前世の教会でも似たような部屋で暮らしていたので、特に抵抗はない。

 むしろ、一人部屋よりも気が紛れていいと思っていた。

 ポレットに案内されて寮の中に入る。

 建物はところどころ補修されたあとがあり、かなり古い。

 しかし、大切に使われていることがわかる。

 お風呂はない。

 貴族用の寮にもお風呂はなかったので、お風呂に入りたければ朝の開門時間から授業が始まる時間までに街のお風呂に行くしかないだろう。


(そういえば、入浴施設の永久無料券を貰ってました。あれが使えますね。あ、でも普段は桶に入れたお湯で身体を拭くのが普通になりますね)


 寮生の部屋は二階と三階にあるらしい。

 ルシアナが案内されたのは二階の真ん中の部屋だった。

 ポレットがノックする。


「どうぞ」

「開いてます」


 二人の女生徒の返事が聞こえてポレットが扉を開ける。

 部屋はベッド、机、椅子が三セットあるだけのクローゼットもない簡素な部屋だった。 

 それがファインロード修道院時代を思い出させて少し懐かしく思えた。


「ここがあなたの部屋よ、アリアさんとコリーヌさん。この子はシアさんよ」


 紹介されて、ルシアナはアリアに見覚えがあることに気付いた。

 さっき、セオドシアに絡まれていた生徒だった。

 思わぬところで再会した。

 さっきまで声を変える魔道具を使っていたので声で気付かれることはないけれど、それでもルシアナは少し警戒する。


「はじめまして、シアさん。私はコリーヌだ。魔法の中でも付与魔法を得意としている。これから一年、よろしく頼む」

「アリアです。私は聖属性の魔法を専門としていて、それ以外は使えません」

「シアです。私も聖属性が専門なんです。よろしくお願いします」


 コリーヌは騎士風の出で立ちのカッコいい女性だった。

 ただし、立ち方に微妙な特徴がある。

 真っすぐ立っているようだが、微妙にバランスがおかしい。恐らく、普段は左腰に帯剣しているのだろう。

 恐らく、騎士爵家の人間だろうと思った。

 騎士爵は爵位を持っているが正式な貴族ではないので王立学院への無条件での入学許可は下りない。


「では、全員揃ったから寮での説明をするわね。毎朝七時起床。食事は七時半から全員で食べるからそれまでに食堂に集合。遅れたらご飯抜きと思いなさい。夕食は夜の六時から。夕食後は皆で寮内の掃除やその他雑務を行ってもらいます。就寝時間は夜の十時。夜の十時から朝の四時までは外出は禁止。どうしても外出が必要な場合は寮の管理人の許可が必要よ。ここまでで質問はある?」

「あの、お昼ご飯は?」


 アリアの質問に、ポレットは首を横に振る。


「無いわ。シアさん、理由はわかるわよね?」

「教会の教えでは食事は一日二食。節制を主としています。もちろん、肉体労働に従事する方や育ちざかりの方がそれだけで足りるわけがなく、有名無実な規則となっていますが、学院寮がその規則を率先して破ることができない――という理由でしょうか?」

「正解」


 とはいえ、実際のところ教会でも二食しか食べないのかというとそんなことはない。

 ファインロード修道院でも三食食べていた。量は全然足りなかったが。


「お昼無し……耐えれるかな」

「あと、朝食と夕食も決して多くないわよ」

「そうなんだ……益々倒れそう」


 アリアが憂慮して言うと、ポレットは独り言のように言った。


「まぁ、みんなお昼は自分で用意してるけれどね。厨房も夕食後と朝六時までなら自由に使っていいし」

「食材は?」

「自腹よ。お金がないなら仕事を紹介してあげるわ」


 ポレットが笑って言うと、アリアはげんなりした表情を浮かべたが、ルシアナは少し楽しく思えてきた。

 ここでなら、ファインロード修道院時代に培った超貧乏料理のレシピが役立つ時が来たからだ。

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