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第170話

 食事は同じ部屋の人同士、同じテーブルで食べる。

 夕食は黒パンとスープだった。

 簡素な食事だけれど、しかしパンの大きさとかスープの量とかは修道院時代のそれと比べると幾分かマシに見えるので不満はない。

 ポレットは特に不満もなく食事を食べている。下級騎士として行軍するときの食事はこれよりも酷いことがあると聞いたことがある。その時のための訓練を想定しているのかもしれない。

 一番不満そうにしているのはアリアだ。

 彼女の出身地であるヒューズ伯爵領は領主が優秀で、地方の村々も豊かだと聞いたことがある。

 きっと、もう少しまともな食事を食べていたのだろう。

 これは、明日のお昼抜きは少しきついかもしれない。

 ルシアナは堅いパンをスープに浸し、柔らかくしてから食べる。


(それにしても妙ですね……)


 スープはあっさりした味わいで決して悪くない。丁寧に下拵えしているのだろう。

 そのスープを飲みながら、ルシアナはある疑念を抱いていた。


 食事後、三人は食べ終えた食器を片付け部屋に戻った。

 アリアが「お腹空いて寝れないかも」と小さく呟いていた。

 そして部屋に戻った三人は、就寝時間までの間、とりとめのない雑談をしていた。


「ポレットさんはこの学院で何をしたいんですか?」

「そうだな。一番の目的は婿探しだ。私は家柄の問題でまだ婚約者がいないからな。子爵家以上の爵位の嫡男の側室か、男爵家の正妻になるように父に言われていた。とはいえ、私は剣の道に生きていたから恋愛はからっきしでな。アリアはどうなんだ?」

「わ、私も貴族様のお嫁さんになれたらって思います。貴族様のお近づきになるのはこのような時しかありませんし。たとえば……レジー様とか」


 アリアが少し恥ずかしそうに言った。


「平民が貴族の嫁になるのは難しいが、愛妾になった例はよく聞く。頑張れ」

「……愛妾……恋人とかは無理なんだ、やっぱり」


 アリアさんが少しため息をつく。


(アリアは年上の方が好きなのですね)


 ルシアナにとって、レジーはシャルドの側近というイメージしかない。

 レジーはシャルドより七歳年上であるが、シャルドの側近として王立学院に来ている。

 授業に同席することもあるだろう。


「シアはどうなんだ? 気になる異性はいるのか?」

「私は修道女ですから、この身は神に捧げています」


 と当たり障りのない答えを返しておく。

 ルシアナが気になる異性は、金の貴公子とそしてバルシファルであるが、どちらも説明しづらい。


「しかし、憧れなどはあるだろう。たとえば、シャルド殿下とか」

「殿下ですか?」


 シャルド殿下は既に夢中になっている冒険者の女性がいるので、付き合うのは無理だろうし、ルシアナからしてみれば婚約破棄されたい相手だ。

 どうこうなりたいという願望はない。

 ルシアナが否定しようとしたら、アリアが忠告するように言う。


「シアさん、シャルド殿下はやめておいたほうがいいよ。なんといっても、殿下の婚約者はあの悪名高きルシアナ様なんだから」

「アリア、いくら内輪の話とはいえ、公爵家の令嬢をあんまり悪く言うのは感心しないな。どこに耳があるかわからないぞ」

「いえ、待ってください、ポレットさん。今の話気になります。ポレットさんもルシアナ様のことは何か知っているのですか?」

「ん……あぁ、騎士である兄から聞いた話だと、先日の戦争中に本来であれば国が雇う手筈になっていた冒険者を金と権力をちらつかせて無理やり徴兵し、自領の警備に当たらせたそうだ。王太子妃となろうというお方が、国全体のことよりも自領を優先するなどあってはならない。それ以前にもいい噂はあまり聞かない」


 二人の言葉を聞いて、自分が行ってきたことに間違いはなかったとルシアナは歓喜した。

 中央から遠いポレットや、地方の平民であるアリアの耳にまでルシアナの悪名が轟いているということに。

 これは確実にこれまでの成果が出ている証拠だ。


「もっと話を聞かせてください!」


 ルシアナは目を輝かせたが――


「すまない。直接お会いしたこともない者の悪名をこれ以上語ることはできない。あくまで、そういう噂があるというだけのことだ」

「そ、そうですね。それに、あの方にそのつもりがあったかはわかりませんが、私も助けてもらいましたし」


 ポレットが毅然とした態度でそう言うと、アリアが反省したように頷いた。

 セオドシアに絡まれていたときの話を言っているのだろう。


(うーん、助けるにしても、もう少し悪役令嬢らしく好感度を下げる方法で助けるべきでしたね)


 助けないという選択肢はないルシアナだった。




 奨学生用の寮に入っても彼女の行動が特に変わることはない。

 朝の四時に起きて、持ってきていた木彫りの女神像に祈りを捧げる。

 ただ、いつもと違ったのは部屋に別の人がいることだ。


「なんだ、シア、もう起きたのか」

「ポレットさん、すみません。起こしてしまいましたか? 静かにしていたつもりでしたが、」

「結構物音には敏感でな。だが、問題ないとわかればすぐ眠れるから気にするな」


 彼女はそう言って目を閉じると、すぐに寝息を立て始めた。

 本当に眠っているようだ。

 とはいえ、彼女に迷惑を掛けられないので、ルシアナは部屋を出た。

 朝の四時からは外出できるので、寮の外に出る。

 すると、寮の隣に小さな祠があることに気付いた。

 手作りの祠っぽい。

 昔ここに通っていた生徒が作ったのだろう。

 ちょうどいいと、ルシアナは木彫りの女神像をその祠の中に置いて、祈りを捧げる。

 軒下だから雨が降っても風が強くなければ濡れることもない。


(明日からここで祈りを捧げることにしましょう)


 ルシアナはそう決めて日課の祈りを捧げる。

 それが終わったら採取作業だ。

 食べられる野草を摘んでいく。

 採り過ぎてはいけない。もしかしたら、ルシアナみたいに食べられる野草を採取してお昼ご飯にしている生徒がいるかもしれないからだ。


 それが終わって戻ると、寮の前でポレットが素振りをしていた。


「ポレットさん、もしかして眠れなかったのですか?」

「いや、私は毎朝この時間に素振りをしているんだ。まさか自分より早起きを日課にしているルームメイトがいるとは思わなかったがな」 

「そうだったんですか。あ、これからお昼のお弁当を作るんですけど、よかったらポレットさんの分も作りましょうか?」

「いいのか? 正直言うと助かる。だが――」


 とポレットが少し言いにくそうにしている。

 ルシアナはポレットの足下を見て、彼女が何を言おうとしたのか理解した。


「その脇に置いてある鳥をお昼に使う予定だったんですか?」

「ああ、そうなんだ。昨日のアリアの様子を見ていたら食べ足りない様子だったから、彼女を元気づけようとさっき捕まえたんだ。しかし、私ができる料理といえば焼くか煮るかくらいでな……」

「じゃあ、それもお昼ご飯の材料にしちゃいましょう。いいですよね?」

「いいのか? 修道女に肉の解体を頼むことになるのだが――」

「はい。私、こう見えて鳥肉は大好きなんです。修道院にいたころも、近所の狩人さんがこうして鳥を捕まえて持ってきてくれていたので、解体には自信がありますから」

「そうか、じゃあ頼まれてくれ」

「はい、どうぞ頼んで下さい」


 ルシアナはそう言ってポレットが捕まえた鳥を受け取った。

 彼女とは仲良くなれそうだとルシアナは思った。

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