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第171話

 ポレットは朝からの素振りを日課とする程に早起きであるが、同じ同室のアリアは随分とお寝坊さんなようだ。

 起床時間を過ぎているのに、まだ寝ている。

 こうして誰かを起こしてあげるのは久しぶりだなと、修道院時代の先輩を思い出して思わず笑みが零れた。


「アリアさん、起きてください」

「んー、あと五分」

「起きないと朝ご飯抜きになっちゃいますよ」

「朝ご飯っ!?」


 アリアががばっと起きた。

 凄い寝ぐせだ。


「シアちゃん、朝ご飯は?」

「はいはい、髪を綺麗にしてから行きましょうね」


 私はそう言って、持ってきていたブラシでアリアの髪を整える。


「アリアさんの髪ってピンクブロンドでかわいいですよね。羨ましいです」

「そんな……シアちゃんだって綺麗ですよ」

「私は洗髪料で誤魔化してるだけですから」

「洗髪料? そんなのあるんですか?」

「手作りのものですけど。今度持ってきますね」

「やった! ありがとう、シアちゃん」


 アリアが嬉しそうに言った。

 まるで手のかかる妹みたいな彼女が少し微笑ましく思えた。


「そろそろ行くぞ。本当に朝食が食べられなくなってしまう」


 ポレットに呼ばれ、ルシアナとアリアは食堂に向かった。

 なんとか朝食の時間に間に合ったルシアナは、昨日と同じスープとパンの朝食をお腹の中に入れる。

 アリアは今日も辛そうだ。


「あぁ……これで晩御飯まで何も食べられないのか……早く仕事見つけないと」


 どうやら、味よりも量が問題らしい。


「ポレットさん、頼まれていたお弁当です。用意しました」

「ああ、すまん、シア。助かるよ」

「いえ、ポレットさんが鳥を捕まえてくれたので思っていたよりいっぱい作れました」


 ルシアナが取り出した籠を見て、アリアが羨ましそうに見ていたので、


「アリアさんの分もありますよ」

「え? いいの? でも私、お金が……」

「タダというわけにはいきませんね。なので、帰ってから明日の料理の下拵え、ちょっとだけ手伝ってください」

「うん! 手伝う手伝う! シアちゃん、ありがとう!」


 アリアが涙を流して喜んだ。

 そして、これから早速授業なのだが、


「あれ? シアちゃんどうしたの? もう授業に行くの?」

「まだ少し時間があるぞ?」

「ごめんなさい、教会の用事が少しあって……直ぐに終わらせます」


 ルシアナはそう言うと、二人に見送られて急いで寮を出た。

 そして、貴族用の女子寮に向かった彼女は、窓から自分の部屋に入り、この時間に待機してもらっていたマリアの手を借りて急いで着替える。

 そして、さらに急いで教員棟に向かった。


 扉をノックし、返事を待って中に入る。

 中にいたのは五十歳くらいの細身の女性教授だった。

 歴史の講師であり、これからルシアナが午前中に講義を受けることになっている。


「ソレイユ教授。わたくし、ヴォーカス公爵家のルシアナ・マクラスです」

「存じています。どうかなさいましたか?」

「私、授業には興味がありませんの。ですので、授業免除の試験を受けに来ました」


 ルシアナがそう言うと、ソレイユは深いため息を吐く。


「ルシアナ様。授業免除の試験は確かに存在しますが、試験に不正は認められません。たとえ王太子の婚約者であっても例外ではありません」

「あら? 私が不正をしないと合格できないと仰るのですか?」

「……授業まで時間がありません。今日は出席して放課後来なさい」

「私なら三十分あれば十分解けますわ」


 ルシアナはそう言い切った。

 すると、ソレイユは観念したのか、試験用紙をテーブルに置く。


「それでは、三十分時間を用意します」


 彼女はそう言って諦めたように試験用紙を置いた。

 そしてルシアナはそれに向かって書いていく。

 ルシアナは昔から思っていた。

 悪役令嬢が真面目に授業を受けたら、それはもう悪役令嬢ではない。

 授業をサボるべきだ。

 実際、ルシアナは前世でもあまり授業には出席せず、シャルドの影ばかり追っていた。

 しかし、真面目に授業を受けないと、一緒に学院に通うカイトに迷惑がかかるかもしれない。

 それなら、授業免除の試験に合格して授業をサボればいい。

 そう思い、何年もこの日のために勉学に勤しんできた。

 その成果が出た。


「終わりました」

「まだ二十分ですよ。見直されては?」

「問題ありません」


 そう言ってルシアナは解答用紙をソレイユに渡す。

 彼女は嘆息とともに解答用紙を受け取り、その解答用紙を見て目を見開く。

 一目見ただけでも、ルシアナが冗談や遊び半分、ましてや傲慢な気持ちで試験を受けたのではないことを理解できた。

 そして、試験に合格しているであろうことも。


「ああ、ソレイユ先生。私、あまり目立つのは好きでありませんの。私が授業免除試験を受けたことは、他の生徒にはあまり言いふらさないでくださいませ」


 彼女はそう言って悪役令嬢さながらの邪悪な笑みを浮かべ、教官室を優雅に出た。

 そして扉を閉じるやいなや、急いで貴族用の寮に戻る。

 急いでシアに着替えて講堂に移動しないと授業に遅れてしまう。


 二重生活の大変さを身に染みて理解した。

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