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第172話

 シャルドは歴史の講義を受けていた。

 このあたりはレジーから一度教わった内容のため、シャルドにとっては復習だ。

 周囲から、というか主に女子生徒からシャルドに視線が向けられる。

 授業に集中しろと怒鳴ってやりたかったが、しかしシャルド自身も授業に集中しているとは言い難い。

 彼はこの授業を受けているはずのルシアナを探していた。

 新入生は全員同じ授業を受けるわけではないが、ルシアナが午前の授業に歴史を選んでいることは知っていた。というか、レジーに調べさせた。

 しかし、そのルシアナの姿はどこにも見当たらない。

 サボりだろうか? どういうわけか悪役令嬢を目指している彼女なら、授業をサボりもするだろう。それならまだいい。

 しかし不安もある。

 もしかしたら病気じゃないか? それとも何かの事件に巻き込まれたのではないか?

 平和な学院内とはいえ、やたらと事件に出くわす彼女だったら何があっても不思議ではない。

 気になって授業に集中できない。


「くそっ!」


 シャルドが机を叩いて大声で悪態をついた。


「どうしました? 今は授業中ですよ」

「………………すみません」


 シャルドはそう言って謝罪する。

 周りの女子生徒が「怒った殿下もカッコいい」なんて言っているが、シャルドの耳には届いていなかった。

 結局、歴史の授業にルシアナが現れることはなかった。

 午後の算術の授業についても同じだ。

 やはり彼女は現れない。

 授業が終わったら様子を見に行くべきだろうか?

 しかし、王族といえども女子寮に近付くことはできない。

 呼び出すにしても、もしも病気だとすれば悪化させることに繋がる。


(他の女子生徒を通じて探りを入れるか? しかし、それでルシアナに迷惑を掛ければ)


 結局、算術の授業も集中できずじまいで放課後になってしまった。


「殿下、少しお話よろしいですか?」

「殿下は放課後どのように過ごされているのですか?」


 クラスメートたちが尋ねて来るが、


「すまない、急いでいるんだ」


 と言って部屋を出ると、従者の控室に向かった。

 その途中でレジーと出会う。


「ちょうどよかった。調べはついたか?」

「はい。ルシアナ嬢ですが、病気や事件に巻き込まれた可能性は薄いでしょう。話を聞いてまわったところ、彼女の侍女であるマリアが従者用の食堂で少し遅めの朝食を摂っていたところを多くの者が目撃していました。病人用の食事を用意したり、薬を買い求めたりはしていません。ルシアナ嬢に何かあったのだとすれば、落ち着いて食事はできないでしょう」

「そうか……じゃあサボりか」

「いいえ、どうも違うようです。さらに調べたところ、ルシアナ嬢は今日の授業前に歴史の授業免除試験を受けていたようで」

「授業免除試験? しかし、あれは――」

「ええ、試験の難易度はとても高く、生半可な学力ではまず合格しません。しかし、ルシアナ嬢は――」

「合格していたのか?」

「授業に出席していなかったのであればそうなのでしょう」

「今日の算術の授業にも出席していなかったが?」

「昼休みに算術講師の控室に入っていくルシアナ嬢を目撃した生徒がいました。恐らく――」


 レジーが嘆息とともに言った。

 しかも、ルシアナは授業免除の試験を受けたことについて、誰にも言わないように口止めをしていたそうだ。

 レジーはシャルドの命令だと言ってなんとか聞き出すことができたが、一般生徒にそれが知られることはないだろう。

 きっと、ルシアナは単純に授業をサボっていると思うに違いない。


「例の悪役令嬢の演出でしょうか?」

「それだけでこんな面倒なことをするのか? 授業などサボりたければサボればいいだろうに」

「そうすれば、教員からカイト殿にルシアナ嬢を出席させるようにと話が行くでしょうね」

「……兄に迷惑をかけないためか。まったく、妙な所に気が回る……少しは」


 とシャルドは腕で口元を覆い、うつむきながら言った。


(一緒に授業を受けられない俺の身にもなれ)


 シャルドはバルシファルに追いつけない焦りもあったが、ルシアナと一緒に授業を受けられることを楽しみにしていた。

 そして、ルシアナの前で己の学力を見せることで彼女にいいところを見せようとしていた。

 もっとも、ルシアナが授業免除試験に合格できる程の学力があるのなら、一緒に授業を受けていても学力で彼女の上に立つことはできなかっただろうが。


「それにしても、ルシアナは何故、昼休みに授業免除試験を受けたんだ?」

「午後の授業に出席しないためでは?」

「あいつは歴史の授業に出席しなかった。算術の講師は午前中に授業は入っていない。ならば、午前中に試験を受けていれば、わざわざ昼休みの僅かな時間に試験を受ける必要はないだろう?」

「そう言われてみれば……確かにそうですね」


 いくら考えても納得のいく答えは出なかった。

 そして、シャルドのルシアナと一緒に授業を受けるというささやかな夢は、明日以降も果たされることはなかった。

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