助けた女の子に殺されかけるという、エキセントリックな一夜を過ごした翌日の午前8時15分。
俺は学校へ登校するなり、我が魂の親友、猿野元気を人気の居ない校舎裏へと連れて歩いていた。
「よしっ、誰もいないな」
「どうしたんや相棒、そんなキョロキョロして?」
「ッ!? ば、バカ野郎ッ! 不用意な声を出すな、殺されるぞ!?」
「相棒は一体誰と戦っとるんや?」
元気を叱責しつつ、人気の居ない校舎の影へと身を潜め、辺りを窺う。
ふむ、どうやら古羊さん(姉)らしき人物の姿は見当たらないようだ。
もし彼女が依頼したスナイパーが居れば、いっかんの終わりだが、俺が古羊さんの乙女の秘密を目撃してまだ半日も経っていない事から考えるに、俺を抹殺するために殺し屋に金を積んだとしても、今現在の俺たちの位置から狙撃ポイントを割り出し、かつ射撃体勢に入るには早すぎるからして、まだ余裕があるハズだ。
「こんな人気の居ない場所にワイを呼び出して一体なにを――ハッ!? さてはワイのこの逞しい身体をムチャクチャにする気やなっ!? 角川ルビ●文庫みたいに、角●ルビー文庫みたいにっ!?」
「う~ん、やっぱりおまえと話してると落ち着くなぁ」
このバカ・フルアクセルな発言、最高に落ち着くぜ。
ほんとありがとう元気。
おまえはずっと変わらず、そのままで居てくれ。
ほんの少しだけ冷静さを取り戻すことに成功した俺は、辺りを警戒しつつ、声を潜めてバカの名を呼んだ。
「我が偉大なる親友、猿野元気よ。実はおまえに相談したいことがある」
「ワイに相談やと? そりゃまた……人に聞かれるとマズイ話なんか?」
「あぁ、とてもマズイ。下手をすると命に係わる。おかげで今日の俺は寝不足だ」
「はは~ん? なるほどのぅ。それで相棒、
「は、ハァッ!? け、『今朝はパッドしてへんのか』だと!?」
くわっ! と目を見開き、もはや条件反射の要領で元気に詰め寄る。
「し、してねぇよ! ぱ、パッドなんかっ! これっぽっちもしてねぇよ!」
「はいっ? いや、そりゃ知っとるけど……パッド?」
「謝れよ! 俺とパッドに謝れよ!」
「な、なんかようわからんけど……堪忍な?」
い、イカンッ!? 『パッド』という言葉に過剰反応しすぎているぞ、俺!?
落ち着け、大丈夫だっ!
敵はまだコチラの存在に気づいていないハズッ!
そうだ、まずは落ち着いて、体勢を立て直すんだっ!
ドン引きした様子の元気から、謝罪の言葉を引きだすことに成功した俺は、誤魔化すように軽く咳払いをした。
「ゴホンッ! ……すまない、取り乱した」
「お、おぅ。ホンマに大丈夫か相棒? まぁええわ。それで? ワイに相談ってなんや?」
「……一応最初に言っておくが、今から俺の言うことは『もしも』の話しだからな? 仮定の話しだからな!? この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありませんからね!?」
「前置きが長いうえに口調が変わっとるやんけ。わかった、わかった。それで?」
苦笑を浮かべる元気に向かって、俺は小さく息を吸い込んで、
「その……ものすっごいグラマーで巨乳な女子生徒が居るとするじゃん? けどさ、実はその女子生徒はパッ――ッ!?」
と言いかけて、俺は息を飲んだ。
何故なら、いつの間にか音もなく、我が友の後ろに――古羊芽衣が立っていた。
「…………」
その瞳はいつもの温かみを感じるソレとは違い、まるで昆虫のように無機質で冷たい。
ば、バカな!?
周囲の警戒は怠らなかったハズなのに、何故よりにもよって彼女がここに!?
なんなの? 彼女は伊賀忍が何かなの?
困惑する俺をよそに、まっすぐハイライトの消えた瞳で俺を射抜く古羊さん。
『変なことを言ってみろ……そのときは――分かっているな?』
と目が語っているようだった。
「??? どうしたんや相棒? 急にカタカタ震えだして? 『あの日』か?」
不自然に言い淀んだ俺を、元気は眉をひそめて
一体ヤツの言う『あの日』がどの日なのか分からないが、今はそれどころではない。
ざわっ! と肌が
全細胞が一瞬で警戒レベルをマックスまで引き上げるのが分かった。
こ、この瞬間、少しでも変なこと言ってみろ……確実に
「それで? 『実はその女子生徒がパッ――』、なんや?」
「……いえ、なんでもありません。気にしないでください……」
「??? なんで敬語なんや? それに、途中でやめられると余計に気になるやんけ?」
「う、うるせぇな! 何でもねえって言ってんだろうが!? ただ昨日、バツ掃除中に女子生徒がバットのようなもので、校舎の窓ガラスを割って回っていたのを見ただけだよ!」
「それは大事件やないか!?」
とっさのこととはいえ、俺の口から出まかせを簡単に信じてくれる元気。
おまえは本当に良い奴だなぁ。
そのまま真っ直ぐ育ってくれ。
「おはようございます、猿野くん」
「お、おわっ!? えっ!? 古羊はん!? なんでここに!?」
「
「ぐ、偶然?」
「はい、偶然です♪」
ニッコリ♪ と、女神のような慈愛に満ちた笑みを元気に向ける古羊さん。
こんな人気の居ない校舎裏を偶然通りかかる確率なんて、街中で女子大生のパンチラに遭遇するよりも難しいだろうに。
でも何故か、彼女が言うと本当に偶然な気がしてきて、しょうがない。
ほ、本当に偶然だったんだろうか……?
古羊さんはナチュラルに会話の輪に入って来るなり、にこっ♪ と俺に向かって微笑んできた。
「大神くんも、おはようございます」
「……おはよう」
気のせいか、彼女の声を聞くと体の震えが止まらなんですけど?
これが武者震いってヤツなの?
俺は震えを誤魔化すように、古羊の胸部へと視線を移した。
彼女が動くたびに、そのおっぱいが右に左にと艶めかしく揺れる。
きれいな形しているだろ?
パッドなんだぜ、それ。
まさかあの『おっぱい』が、関東平野もビックリの更地に変わるだなんて、誰が想像できようか。
まったく男心を
「ところで、何の話しをしていたんですか?」
「そうや、聞いてくれや! 実は昨日、相棒が校舎の中の窓ガラスをバットのようなもので割って回っとった女子生徒を見つけたんやて!」
「ほ、本当ですか!? それが事実だとしたら、大変なことじゃないですか!」
「せやろ? 一応生徒会長の耳には入れといた方がええ話しやと思うんやけど」
「そうですね、分かりました。わたしの方からも、詳しい情報を調べてみますね」
ふわっ、と桜の花びらが散ったような儚い笑みを浮かべる古羊さん。
その顔を見て、デレッ♪ と頬を緩ます元気。
朝から古羊さんに話しかけられて、舞い上がっているのが手に取るように分かった。
本当なら、俺もあちら側の住人だったはずなのに……残念ながら、もう夢見る少年じゃいられない。
そう、俺は昨晩一睡もすることなく、古羊芽衣という女に対して、1つの仮説を立てていた。
――この女、おっぱいと同じく、性格も盛っているんじゃないのか?
無論、信じたくない仮説である。
だが、昨日の乱暴な言葉づかいといい、さっきの冷たい瞳といい、状況証拠が多すぎる。
とりあえず、今日1日は頭の中を整理するべく、古羊さんとは接触しないコトにしよう。
うん、そうしようっ!
名案だリンリン♪
――なんて考えていたのに。
「では、詳しい話を聞くためにも、大神くんには今日のお昼、生徒会室に来てもらいましょうか?」
「えっ!?」
まさに狙っていたとしか思えないタイミングで、最悪なことを口走る古羊さん。
「その女子生徒を見たのは大神くんなんですよね? でしたら早期解決のためにも、その女子生徒の話を聞かせてください。……じっくりと、ね?」
「――ッ!?」
ぞわぞわっ! と背筋に北風小僧100人分くらいの嫌な悪寒が走り抜けた。
彼女はそっと俺の耳元まで顔を近づけると、その聖母のような微笑みを崩すことなく、俺にしか聞こえない声量で小さくつぶやく。
「――逃げたら、ブチ殺す」
「…………」
聞くだけで震えあがるようなドスの利いた声で、同級生に殺害予告を口にする美少女。
しかも顔だけは二次元から飛び出してきたかと思うような理想的な笑顔のままで、だ。
誰もが見惚れる笑顔で殺人を仄(ほの)めかし、かつ言葉が『コロス』ではなく、さらにより意味を強める接続語の『ブチ』をつけるという殺意マシマシな事といい……これはもう間違いなかった。
やっぱり古羊さんは現代に蘇った女神サマで間違いない。
だってこんなヤクザめいた芸当、女神サマじゃなきゃ出来ないよっ!
「どうしたんや相棒? 顔が真っ青やで?」
「あらあら、体調でも悪いんでしょうか?」
心の底から心配したような声を出す古羊さん。
これが殺害予告を口にしてきた少女と同一人物だと思う人がいるだろうか? いや、いない。
た、助けてくれ元気!? マイ・フレンド!
我が親友にアイコンタクトを飛ばそうとした矢先、スピーカーから予鈴を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「おっ! そろそろ授業開始やな。そんじゃま、今日も元気に勉強しますかな!」
陽気な声で2年A組の教室へと戻っていく我が親友。
つ、使えねぇ……。
「それでは、お昼、楽しみに待っていますからね♪」
今にも小粋なステップを刻みそうな古羊さんが、その後ろをついて帰って行った。
……笑顔が怖いよ、古羊さん。
俺、生徒会室に入った瞬間、口封じに殺されたりしないよね?