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第6話 古羊さんは裏表のない素敵な人です(裏)

 俺は授業が終わり次第、古羊さんとの約束を守るべく、生徒会室の前までやってきていた。




「……行くか」




 ゴクリッ! と生唾を飲み込み、心を落ち着かせてから、目の前の扉をノック。


 途端に「は、はぁ~い」と、扉の奥から俺の嗜虐心を逆撫でする声が響いてきた。


 それと同時、ゆっくりと生徒会室の扉が開き、ヒョコッ! と中から亜麻色の髪をした双子姫の妹君、古羊洋子ちゃんが姿を現した。




「あっ……。来ちゃったんだ、オオカミくん……」




 妹ちゃんは申し訳なさそうな顔を浮かべながら、「入って」と俺を部屋へと招きいれる。


 覚悟を決めて1歩、中へ踏み込むと、たくさんの資料と向かい合って置かれた4つのデスクの向こうから、まさにラスボスのような風格をした古羊さんが姿を現した。




「さっきぶりですね、大神くん」

「……どうも」

「ふふっ、そう警戒しないでください。別にとって食おうだなんて思っていませんから」




 口元に手を当てて、上品にコロコロ笑う古羊さんに、引きつった笑みで答える。


 いくら美少女でも、笑顔で殺人をほのめかしてくる女に、警戒するなという方が無理な話だと思うのは、俺だけでしょうか?




「約束どおり来てくれて、本当によかったです」

「そりゃ、あんなことを言われたらな。嫌でも来るだろ」

「はて? なんのことですか?」




 可愛らしく小首を傾げる古羊。


 この女……どうやったら自分が可愛く見えるのか熟知してやがる!


 チクショウ、可愛いじゃねえか!


 昨日までの俺ならこの顔を見た瞬間、涙を流して喜んでいた事だろう。




「では洋子、扉を閉めてください。ああっ、鍵も忘れないようにお願いしますね?」

「う、うん」




 古羊の柔らかな笑み(おそらく作り笑い)を向けられた妹ちゃんが、言われた通り素直に扉を施錠せじょうした。


 カチャリッ! と音が部屋の中に響いたのを確認するや否や、古羊さんは『待ってました』と言わんばかりに、口を開いた。




「ありがとうございます、洋子。では大神くん? さっそくですが、本題に入りましょうか」




 ニッコリ♪ と微笑んでいたかと思った次の瞬間。


 急に古羊の纏う雰囲気がガラリッと変わった。


 優しげな瞳はキリッと吊りあがり、勝気な瞳と気だるげなオーラを体中から発散させる。


 そこには昨日見た、俺の知らない女神さまの姿があった。


 あぁやっぱり、夢だけど夢じゃなかった……チクショウ。




「さて、腹の探り合いをしている時間もないし、まどろっこしいことは抜きにして、お互い腹を割って話し合うわよ」

「お、おっす」

「――それで?」

「……『それで?』とは?」

「昨日のことよ、昨日のこと」

「昨日の……ああっ! 偽乳にせちちのことなら、誰にも言ってねぇから安心してくれっ!」

「洋子、窓開けて?」

「捨てる気っ!? 俺を捨てる気ですか会長っ!?」




 まるで瞬間移動でもしたかのように、音もなく俺に近づくと、手慣れた動きで我が襟首を握り締める会長様。


 顔は笑顔だというのに、この身体中から発せられるプレッシャー……。


 もはやカタギとは思えない、道を極める人にしか見えない。


 あ、あれれ?


 会長、前世はヤのつく自由業の方でしたか?




「お、落ち着いてメイちゃんっ!? 窓からゴミを捨てちゃダメだよっ!?」

「捨てるのはカスだから問題ないわ」

「すげぇ言われようじゃん。俺がドMじゃないのが悔やまれる所だわ」




 ガラガラと法治国家の崩壊する音が聞こえた気がしたよね。


 それから妹ちゃん?


 意外かもしれないけどさ……俺、哺乳類なんだぜ? 


 まったく、2度とそんなコトが言えないように、その愛らしい唇を俺の唇でふさいじゃうぞ?


 しかし古羊さん――いや古羊よ?


 この程度で我を見失うだなんて、そのおっぱいと同じく人間としての器が小さいんじゃないのか?




「……アンタ今、失礼なこと考えたでしょ?」

「いえ、まったく?」

「いい? 最初に言っておくけど、これ以上バカにするようなら容赦はしないわよ? 特に『航空母艦』だとか『ウォールマリア』だとか『試される大地』だとか『聖なるバリアミラーフォース』とかもう1回言ったら……蹴り潰すわよ?」

「だからどこをっ?」




 1回どころか1度も言ったことないんだよなぁ……。


 俺のマイペニーが何故か回避率を上げようと『小さくなる』を使う中、静かに成り行きを見守っていた妹ちゃんが「ま、まぁまぁ」と俺たちの間に割って入ってきた。




「た、確かに色々あったけどさ? お、オオカミくんのおかげで、ボクもメイちゃんも無事だったワケなんだし……この件は水に流してあげようよ。ね?」

「そりゃアタシだって水に流してやりたい気持ちは山々だけど……。でもこの男、アタシの胸をガッツリ見たのよねチクショウ。ふざけんな。金払え」

「いや大丈夫だ、安心してくれ。肝心な部分はブラジャーでギリギリ隠れていたから、地区Bは見えてないゾ☆」

「オマエ、マジぶっ殺すぞ!?」

「す、すいません……」




 フォローのつもりが逆鱗に触れてしまった。


 妹ちゃんが『もう余計なことは言わないでっ!』と懇願こんがんするような瞳で俺を見てきたが、悪いな。俺の辞書に『諦める』って言葉は無いんだ。


 そうだ、ここで諦めてはいけない。


 諦めたらそこで試合終了だって、どこかの偉い先生も言っていたじゃないか。


 俺はさらに言い募ろうとして――やめた。


 だって古羊の目が『それ以上喋ったら殺す』と言ってたんだもん♪


 はい、諦めたのでそこで試合終了ですね。




「ていうかさ? もしかしなくても古羊って、普段は猫を被ってたりする?」

「……猫を被ってたからって、なに? 猫を被ってちゃ悪いの? アタシが猫を被って誰かに迷惑をかけたとでも?」

「現在進行形で俺に迷惑がかかってるんだよなぁ……」

「というか頬の筋肉が痛いわぁ~。常に笑顔でいるのも楽じゃないわ。洋子、そこの小顔マッサージ器とって?」

「あっ、うん」

「あれ? 俺の声って純粋な女の子には聞こえないほど、邪悪だった?」




 もはや聞く耳を持ってなさ過ぎて、俺たちはお互いに別次元に存在しているのかと思ったほどだ。


 その傍若無人な態度っぷりに、俺の中で女神様のイメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


 最悪だ、最悪の仮説が当たっちまったよ……。


 あらかた予想はしていたとしても、目の前の女があの女神の生まれ変わりである【古羊芽衣】であることを脳が拒否しているのが分かる。


 分かる、分かるぞマイ・ブレイン。


 信じたくないんだよな?


 俺もだ。


 妹ちゃんが『ごめんね?』と、両手を合わせながらペコペコと頭を下げている姿が見える。


 コイツもきっと、今まで苦労してきたんだろうなぁ……。


 なんだろう、気が合いそうだ。




「よし分かった、ならこうしようっ! これ以上俺は何も言わないし、追及ついきゅうもしない。もちろんおまえの性格や胸パッド、ハリボテおっぱいの事についても誰かに言いふらす事なんて絶対にしない! だからこの話はこれで終わりにしよう! そうしよう!」

「そんなの信じられるわけないでしょ? あとハリボテ言うな、ぶっ殺すぞ?」

「じゃ、じゃあこの目を見てくれ! これが嘘を言っている男の目に見えるか!?」

「見える」




 やだな、泣いてないよ?




「そもそもアタシは、洋子以外の人間なんか信じていないし。というか、アンタのことは1番信用ならないわ」

「な、なんで!? 俺ほど信用に足る人間は、世界中を探しても中々いねぇぞ!?」

「信用に足る……ねぇ」




 そう言って古羊はポケットからスマホを取り出すと、やけにトゲトゲしい口調で口をひらいた。




「2年A組、大神士狼。元『吉備津彦きびつひこ中学』出身。昔は相当荒れていたらしく、売られた喧嘩は必ず買っていた。常勝無敗で、喧嘩では1度も負けたことがなく、ちまたの不良たちからは『喧嘩けんかおおかみ』というあだ名で恐れられていた。2年前、まだ中学3年であったにも関わらず、西日本最大派閥だった喧嘩屋集団【出雲いずも愚連隊ぐれんたい】に単身で乗り込んだ挙句、当時『西日本最強の男』とうたわれていた総長をタイマンでくだし、全国に最強の名をとどろかせたクレイジーボーイ……ねぇ~」

「…………」

「これでどうやってアンタを信じろと?」

「い、いや! いやいやいや! 違う、違うんだよ!? 確かに昔はヤンチャしていたかもしれない。けどさ? 今は心を入れ替えて真っ当な高校生活を送ってるから! いやマジでっ!?」

「でも昨日、人を蹴ってたじゃない。それも女の子を」

「あ、あれは不可抗力では!?」




 だ、ダメだ!?


 口を開けば開くほど、俺と古羊の心の距離が離れていく気がしてならねぇ!


 本当に違うんだって!?


 お願いだから、そんなドM大歓喜なクズを見るような目はやめてください!




「し、信じてくれ! これでも俺は昔『ハマグリのシロウ』と言われていた男、口の堅さには定評がある!」

「ハマグリって焼いたら簡単に口が開くわよねぇ。やっぱ信じられないわ」

「そ、そんな!? じゃあどうすれば信じれくれるんだよ!?」

「そうね……よしっ!」




 ぽんっ! と可愛らしく手を叩いた古羊が、俺の方へ手を差し伸べてきた。




「それじゃアタシたち、友達になりましょ?」

「と、友達?」

「そっ、友達。友達なら信じられるし。どう?」

「なるほど」




 分からん。


 分からんが、まぁそれで信じて貰えるなら、セフレだろうがスフレだろうが、何でもやってやるけどさ。




「OK、分かった。今日から俺たちは、ともだチ●コだ!」




 よろしくっ! と、俺が古羊の手を掴もうとした、その瞬間。



 ――ガシッ!




「へっ?」

「かかったわね、バカがっ!」




 ギランッ! と目を輝かせた古羊に、手首を握られてしまう。


 えっ?


 な、なに!?


 ほうける俺を無視して、古羊はスマホを片手でチャチャッといじり、カメラモードに変更すると、おもむろに掴んでいた俺の手を、自分の胸元へと持っていき。




「はい、チーズ♪」




 ――の掛け声と共に、俺の右手に何ともいえない弾力が返ってきた。


 それはふにふに♪ しているのだが、どこか偽物じみていて、温かみを感じない無機質なモノ。




 そう俺は今、古羊のハリボテおっぱいを鷲掴みにしているのだっ!




 ……かつて、ここまで嬉しくないパイタッチが存在しただろうか?




「ちょっ、おまっ!?」

「め、メイちゃん!?」




 無理やり虚乳きょにゅうに触らされ、手を引っ込める間もなく、カシャッ! と無慈悲なシャッター音が鼓膜を震わせた。


 慌てて手を引っ込めるが、もう遅い。


 古羊は唇の端を三日月状にニチャリッ! と歪め、さっき撮った写真を俺に見せてきた。


 うん、どう見ても同級生のおっぱいを鷲掴みにしている男子高校生の図にしか見えないよね。


 事案発生の瞬間である。


 おっとぉ?


 次に会うのは法廷か?




「どう? 現役女子校生のおっぱいが揉めて嬉しいでしょ?」




 したり顔でそううそぶく古羊。


 まるで『おっぱいが揉めてよかったわね、この童貞♪』とバカにされているような気分だ。


 おい、ふざけんなよ!?


 何も無い虚無きょむを握り締めて「ありがとうっ!」ってお礼を言う人間がこの世に居るか? 居ねぇだろ!? 


 俺は本物を知る男。


 テメェの虚乳じゃなくて、そこの妹ちゃんの巨乳を揉ませろや!




「どうしたの大神くん? アタシのおっぱいを揉んで感動しちゃった? もうこのスケベ♪」

「……ハンッ」

「なにわろとんねん貴様きさま?」

「す、すいません……」




 ドスの効いた声で古羊に襟首を握り締められる俺。


 あれ、おかしいな?


 普通こういうイベントは、嬉し恥ずかしの甘酸っぱいモノのハズなのに……俺を襲うこの純然たる恐怖は一体なんだ?




「とりあえず、これでアンタのことは信じてあげる」

「1ミリも信じてませんよね?」

「ところで大神くん? 実はアタシ、大神くんに頼みたい事があるんだけれど?」

「えっ? この状況で頼みごとなんて、脅迫以外の何物でもないよ?」




 ふぇぇ~……面の皮の厚さがタウンペ●ジの約3倍だよぅ。


 思わず萌えキャラ化してしまった俺のまっとうな心の叫びは、もちろん彼女の心に届かなかったらしく、古羊はマイペースに自分の話を進めた。




「悪いんだけど、コレに署名してくれるかしら? それで今日は帰してあげるわね」

「うん? 署名?」




 古羊は近くのデスクの引き出しから、1枚の紙切れを俺に手渡してきた。


 受け取った紙に視線を落とすと、そこには――




「おいコレ『生徒会せいとかい入部にゅうぶとどけ』って書いてあるんだけど!?」

「いいから、さっさと署名しなさい。明日からアンタを監視……じゃない。調教……じゃない。え~と……いいからさっさと書きなさい!」

「ふざけんな! おまえこれ、単に俺が言いふらさないように、近くに置いて監視したいだけだろうが!?」




 マジで1ミリも信用してねぇ!




「冗談じゃねえ! 確かに俺は金と権力には滅法弱いが、年寄りとおんな子どもにはアホほど強ぇぞ!」

「……うわぁ……」

「オオカミくん……」




 テメェには絶対に屈しない! と語気を強めて古羊を睨みつけるが、どういうわけか双子姫の俺を見る目は、凍える程に冷たい。


 そのあまりにも冷たい瞳から、一瞬「あれあれ? もしかして彼女たちは瞳から冷凍ビームが出せるのかな?」と錯覚しそうになったほどだ。


 おそらく、彼女たちの属性は氷・悪だろう。ヤダ、超強そう……。


 その圧倒的な圧力に毅然とした態度で――ちょっぴり弱気になりながら――俺は余裕シャクシャクな様子の我らが生徒会長に噛みついた。




「だ、だいたい! 俺に生徒会なんて面倒臭い仕事をやる時間なんて――」

「ちなみに断ったら、アンタがアタシの胸を揉みしだいているこのセクハラ写真を、学校、ないしは大神くんのご家庭にプレゼントすることになるから」

「面倒臭い仕事をやる時間なんて――あまりに余って困っていた所なんですよぉ♪」




 哀れ、俺も所詮は人の子である。


 権力には勝てなかったよ。




「いやぁ、快諾してくれてよかったぁ♪ それじゃ、さっそくそこの空欄に署名してちょうだい」

「あばばばばばばばばっ!?!?」

「……はい」




 オロオロと右往左往している妹ちゃんの隣で、大人しく書類に名前を記入していく。


 このとき、確かに俺は『ガチンッ!』と首輪のハマる音を聞いた。


 こうして言質も物的証拠も取られた哀れな子犬は、半ば強制的に森実高校生徒会役員の座についてしまったのであった……めでたくなし、めでたくなし。


 書類も書き終え脱力する俺に、古羊はニンマリと笑みを深めて言った。




「――ようこそ、森実高校生徒会執行部へ♪」

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