俺が生徒会に入部してもうすぐ2週間。おおまかにだが、生徒会役員たちの性格を把握しつつあった。
まずは会計の狛井廉太郎先輩。暗算が得意で自称森実高校のスーパーコンピューター。またの名を森実高校の変態大魔神。見た目は天パ、頭脳は中二、歩く姿は類人猿。ホモサピエンスカテゴリーの頼れる(?)生徒会の兄貴分、それが狛井廉太郎先輩だ。
のほほんとした顔がデフォルトでめったに難しい顔をしないが、たまに儚げに何かを考えている風に見えるが、生徒会役員だけは知っている。彼が難しい顔をするとき、それは大抵エロイことを考えているときだ。
まあ、それでも仕事はきっちりするタイプらしく、金勘定において廉太郎先輩ほどキッチリしている人はこの高校にはいない、と古羊が言っていた。それなりに信頼されているようだ。
次に副会長の羽賀音子先輩。
その誰も寄せ付けない雰囲気と、真面目そうなメガネから『鋼の副会長』とこっそり男子生徒達から呼ばれている。
女子には優しく、男子には厳しい羽賀先輩は男子生徒の間でひっそりと作られている『森実高校彼女にしたくないランキング』第1位に輝いている。
正直俺も苦手だ。
羽賀先輩に唯一臆(おく)すことなく会話が出来る男は、おそらくこの学校では廉太郎先輩だけだろう。
そんな羽賀先輩だが、副会長としての能力はとても高いらしく、1度だけ先輩の仕事ぶりを見学させてもらったことがある。
……率直に言って、なにをやっているのかまったく分からなかった。
が、多分重要なことをやっていることだけは分かった。
そして庶務の古羊洋子。
双子姫の妹で、俺の舎弟1号だ。
中学の頃は園芸部だったらしく、意外と花壇の掃除などの多い庶務の仕事では、大活躍をしている。
運動は本人曰く苦手ということらしい。
まぁ、あれだけ胸の前にたわわに実った果実がついていれば、体を動かすのは難しいだろうなぁ。シロウ、納得だよ☆
常にオドオドしていて、瞳を潤ませていることから、これまた男子生徒の間で発足している『守ってあげたい女子生徒ランキング』『お嫁さんにしたい女子生徒ランキング』並びに『おっぱいが大きい女子生徒ランキング』第1位を獲得しているが、本人は知らない。
そして最後は、みなさんご存じ、双子姫の片割れにして、悪魔超人も裸足で逃げ出すほどの完璧超人。
我らが森実高校生徒会長、古羊芽衣さまである。
こいつに対しては、多くを語ることはない。
妹と同じく『彼女にしたいランキング』及び『結婚したいランキング』『蔑んだ目で犬と言われたいランキング』堂々の三冠王を達成した、まさに生きる伝説の女子高生。
誰に対しても優しく、お淑やかで、穢れを知らない無垢なる女の子。
……というのが表向きの顔で、本当はズボラで計算高く、人を馬車馬の如く扱う、美少女の皮を被った悪魔。
それでも、妹のために本気で涙を流すなど、根っこのところは義理人情に厚い奴なのかもしれない。
そんな個性豊かな生徒会役員たちと、騒がしくも忙しい日々を送っていたある日、あの事件は起きた。
◇◇
「――はぁ? パッドが盗まれただぁ?」
ソレは突然やってきた。
ある日の金曜日の放課後。
ここ最近は通い慣れてきた生徒会室へいつものようにやってくると、やけにピリピリした笑顔を浮かべる古羊に出迎えられた俺。
よこたん以外の役員が、全員困惑した顔をしていると。
『今日の生徒会活動は中止です』
なんてことを言いやがった。
会長がそう言うなら、ということで帰宅していく先輩たち。
俺も先輩たちに倣って帰宅しようとした矢先、古羊姉妹に生徒会室に引き留められた。
そして生徒会長の仮面を脱ぎ去った古羊が、俺に最初に言った台詞が。
『……パッドが盗まれた』
だった。
「ちょ、ちょっとししょーっ!? こ、声が大きいよ! 誰かに聞かれちゃうよ?」
よこたんの焦った声に、慌てて片手で口元を覆う俺。
「わ、わりぃ……驚いてつい」
「いいのよ別に」
にっこり♪ と微笑む古羊。
「ただ、次はない」
「……りょ、了解」
笑顔で静かに怒られるのが1番怖いと知った、高校2年の春。
しかしまさか古羊のパッドが盗まれるとは、いったい何がどうなればパッドを盗まれるという事態になるのか。
んっ?
ちょっと待てよ?
ということは、今の古羊はもしかして……。
俺は古羊の胸に視線を向けた。そこには相変わらずパッドとシリコンで盛られた立派なおっぱいが自己主張している。
「なによ? アタシの胸をジロジロ見て?」
「いや、パッドが盗まれたっていうから、そのおっぱいはハリボテなのかなって……。あっ、もともとハリボテか」
「離して洋子! じゃなきゃ、あのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? バッドはマズイ、バッドはマズイよ!?」
獣じみた吐息を吐きながら、一体どこから取り出したのか俺に向かってバッドを振り上げる古羊。
その細いウェストにガッシリと腕を回して、なんとかお姉ちゃんを落ち着かせようとする、よこたん。
だがパッドへの愛情、及び突然の怒りによってスーパー地球人となりつつある古羊を止めるには、いささか腕力が足りないみたいで、ズルズルと姉の腰にしがみついたまま、俺のもとまで引きずられてくる。
「大丈夫、1回だけっ! 1回だけだから!」
「い、1回も何も、そんなことをしたら、ししょーっが死んじゃうよ!? あ、謝ってししょーっ! はやくメイちゃんに謝って!?」
「す、すまん古羊! 別にバカにするつもりはなかったんだ! ただパッドが盗まれたのに、どうして『おっぱい』が盛ってあるんだろうと思って、つい……」
「はい殺す。絶対殺す……ぶっ殺す!」
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
「下手クソぉっ!? 謝るの下手クソ過ぎるよ、ししょーっ!?」
それから5分かけて、なんとか荒ぶっていた古羊をラブリー☆マイエンジェルと共に宥め続け、ようやく機嫌を取り戻すことに成功する。
それにしても、俺は何度この女に殺されかければ気が済むのだろうか?
今度からもう少し考えてから口にすることにしよう。
頭が冷めた古羊は、ようやく盗まれたというパッドの詳細を俺に説明しだした。
「……盗まれたのは予備のパッドの方よ」
「予備のパッド?」
「そっ。普段用のパッドが何かしらのトラブルで使えなくなったときのための保険用パッドよ。それが盗まれたの」
そんなにいっぱいパッドを持ち歩いていることに驚きを隠せない。
この女……そのうち布教用のパッドとかも持ち歩き始めるんじゃないだろうか?
しかしパッドなんて盗むとは、この世の中酔狂な人間も居たものだ。
「いつ盗まれたか分かってんのかよ?」
「もちろん、5限目の体育のときね。女子更衣室の窓が開いていたから、そこから侵入してパッドを盗んでいったんでしょう」
よほどパッドを盗んだ相手が許せないのか、言葉の節々から憎悪が滲み出ている。
可哀そうに……犯人は開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのだ。
これはおそらく近いうちに血の雨を見ることになるな。
「ほんとふざけんじゃないわよっ! アタシのパッドに何の恨みがあるっていうのよぉぉぉ――ッッ!」
「お、落ちつけよ古羊。そうカッカすんなって」
「落ち着けですってぇ? 乙女の秘密がバレた上に、体の一部をもぎ取られたのよ! 落ち着けるわけがないでしょうが!」
もはやパッドを「体の一部」と言い切ってしまうあたり、彼女のパッドへの並々ならぬ執念を感じる。
カンカンに怒った古羊からギリギリと歯ぎしりする音が聞こえる。
か、顔を見るのが怖い……。
きっと今頃、阿修羅のような顔をしてるんだぜ?
「わ、わりぃ、軽率な言葉だったな。そのなんだ……元気出せよ? って、俺が言うのもお門違いかもしれないけどさ、また新しいのを買えばいいじゃ――」
「……捕まえるわよ」
「……えっ?」
「『えっ?』じゃないわよ。捕まえるのよ、アタシたちの手で。そのパッド泥棒を!」
地の底から響くような冷たい声が聞こえる。
見ると、隣に立っていた妹ちゃんが、顔を真っ青にして可哀想なくらい震えていた。
恐らく、俺はまた双子姫さまの押してはいけないスイッチを押してしまったのかもしれない。
「いやいや!? 女2人で犯人を追いかけるのはさすがに危ねえよ! やめとこうぜ?」
「何言ってんのよ? アンタも手伝うに決まってるじゃない」
いつの間にか『パッド捜索隊』のメンバーに加わっていた。
おいおい、冗談はその胸だけにしてくれよ!?
「いや手伝わねぇからな!? それにパッドを盗むような変態だぞ? 逆上したら何をするか分かったもんじゃねえよ。ここは大人しく警察に任せようぜ?」
「ええいっ! つべこべ言わない! 手伝わないっていうなら……」
古羊はポケットに入れていたスマホを取り出し、とある1枚の画像を俺に見せてきた。
「アンタのこのセクハラ写真を教師もしくはアンタの家族に見せるわ」
それは一重に「死ね」と言っているのと同義であった。
ふ、ふざけんなよ?
こんな写真が教師にバレてみろ、停学間違いナシじゃねぇか!?
いや、教師だけならまだいい、これがウチの家族にバレでもしたら……想像するだけで恐ろしい!?
「し、ししょー、こうなったメイちゃんは誰にも止められないよ。ここはメイちゃんの言いう事を聞いた方が、はやく帰れるよ?」
俺の制服の裾をくいくいと引っ張り、ぽしょっ、と小さく耳打ちをしてくるマイ☆エンジェル。
長い付き合いからくる、ありがたい言葉だった。
コイツもコイツで苦労しているんだろうなぁ。
俺はすべてを諦めて、小さく頷いた。
「……分かった。俺も手伝う」
「よく言ったわ! それでこそ生徒会役員よ!」
生徒会役員も地に落ちたものだ……。
「でも、危険なことはしないからな!」
古羊に釘を刺しながら、申し訳なさそうに顔を伏せる妹ちゃんの頭を撫でた。
心配すんな、危なくなったら盾くらいにはなるから。
という意味を込めて頭を撫で続ける。
意味が通じたのか、よこたんは頬をぽぅと染め「あ、ありがとう」とはにかんだ笑みを見せた。
「……いつまでイチャついているつもりかしら?」
「イチャついているつもりはないんだけど?」
「はぅぅ……」
ボッ! と顔を真っ赤にする妹ちゃんを尻目に、古羊が疑惑の瞳を俺に向けてきた。
「なんか洋子、急にアンタに懐いてない? 何をしたのよ? ……まさかエロいことでもしてるんじゃないでしょうね?」
「し、してねぇよ! いいから襟首を握るな、苦しいだろうが!?」
「まあ、洋子も楽しそうだし、今は追及しないであげるけど……。もしアタシの大切な妹に変な事をしたら……すり潰すからね?」
ひゅんっ! と、お股の間が涼しくなった。
古羊は俺が「すり潰すって、なにを?」と聞く間も与えず、場を仕切り直すように可愛らしく空咳をし、
「いいこと? 乙女のプライドに
「お、おーっ!」と控えめに
おまえは本当に乙女としての自覚があるのか?
という言葉を寸前の所で飲み込み、代わりに今後の予定について尋ねてみた。
「そんじゃさっそくなんだが、とりあえず犯人からパッドを取り返すのが目的ってことでいいんだよな?」
「違うわ」
「うん? パッドが返ってくるだけじゃダメなのか?」
「ダメね」と即答する古羊。
彼女はどこまでも
「パッドを取り戻したうえで、パッドを盗んだ犯人を血祭りにあげたい」
「もう発言が乙女じゃねぇんだよなぁ……」
2、3万年前に裸で槍持ってウオウホ言っている人の発言だった。
こうして俺たちは古羊の乙女の秘密と犯人の命を護るべく、パッド捜索隊を結成した。