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第19話 真実はいつも1つ、オッパイはいつも2つ

「――隊長っ! アンパンと牛乳、買ってきました」

「……アタシが注文したのは、苺のマーガリンなんだけど?」

「いや売り切れてたんすよ、ソレ」




 草場の影に身を隠している古羊に近づ――こうとした瞬間。


 ビュンッ!


 と物凄い勢いで俺の顔面めがけてバッドが飛んできた。




「うぉっ、あぶねぇっ!?」




 俺は古羊が振り抜いたバッドを鼻先寸前で躱すと、何故か我らが会長さまは、感心したような声をあげた。




「よく今のを躱せたわね。どんな反射神経してるのよ、アンタ?」

「何すんだテメェ!? パンスト引きちぎるぞゴルァっ!?」

「あぁもう、うるさいわねぇ。アンタが不用意にアタシの後ろに立ったからでしょうが」

「ゴルゴ? 会長、ゴルゴなの?」




 おいおいデュークなにごうだよ、おまえ?


 とツッコんでやりたいこと火の如しだったが、古羊がさっさと俺の手からアンパンを奪いとってモグモグし始めたので辞めた。


 女の子の食事を邪魔するのは、男のやることじゃないからね。


 俺は古羊に牛乳を手渡して、彼女と同じく茂みに身を潜めて、気配を消した。


 視線の先には、もちろん例の盗まれた下着の山がある。




「ハァ……。なんで俺までこんなことを……」

「あら? こんな夜遅くまで女の子と2人っきりで居られるのよ? むしろ感謝してほしいくらいだわ」

「……おまえマジで変質者に襲われても、文句言えねぇからな?」

「そのときは、前みたいに助けてくれるんでしょ? ねっ、『喧嘩狼』くん?」

「その人を小馬鹿にしたような態度、ムカつくなぁ」




 軽口を言い合いながらも、目だけは決して茂みから逸らさない古羊。


 まるで熟練の刑事みたいだ。


 本当にこの女は女子高生か?


 そんなことを思いながら牛乳を口に含み、俺も茂みに視線を移した。


 今のところ目立った変化はない。どうやらまだ犯人は来ていないらしい。


 耳が痛くなるような静寂の中、ただ黙っているだけもつまらないので、俺はここ数週間、疑問に思っていたことを口にしてみた。




「そう言えばさ」

「なによ?」

「なんだかんだ言って、古羊って可愛いよな」

「はぁっ!?」




 素っ頓狂な声を上げ、ガバッと勢いよく俺の方へと振り向く。


 が、すぐさま思い直したように、顔を真っ赤にしながら茂みに視線を戻した。




「ちょっ、ちょっと! 変なこと言って大声出させないでよ!? もしかしたら、近くに犯人がいるかもしれないでしょ?」

「いや、ずっと不思議に思ってたんだよ」

「不思議に思ってた……って何が?」

「それだけ可愛ければ、女としての魅力はもう充分だろ?」

「……ど、どうしたの急に? 気持ちわる~い♪」




 古羊は口をニマニマさせながら、からかうような口調で言った。


 普段、褒め慣れている人間でも、やっぱり素直な賞賛は嬉しいのだろう。


 そう、古羊はお世辞抜きに可愛いのだ。


 月夜に照らされて淡く輝く亜麻色の髪も、濡れた紅玉のような瞳も、白磁器のような滑らかな肌も、全部が規格外。


 おそらく外見だけで言ったら、俺の今後の人生で、これ以上の女とは出会うことはないと言い切れるくらいに。


 だからこそ分からないのだ。




「何でわざわざパッドで、おっぱいと魅力を底上げしているワケ?」

「地面に埋め殺すぞ、貴様?」




 上機嫌な声が逆に怖かった。




「ま、待て待て!? 違うっ! バカにしたんじゃなくて、単純に不思議だなって思ってさ!」

「チッ……不思議ってなにがよ?」

「いや、何で今さら魅力を底上げする必要があったのかなって? もしかして、男受けのため?」

「……べつに男受けのためにしているワケじゃないわよ。そもそもアタシだって、最初からパッドを入れていたわけじゃないし……」




 気まずそうに顔をしかめる古羊。


 俺はそんな古羊の隣で、去年のことを思い出していた。


 そう言えば、確かに去年の春ごろまで、古羊のおっぱいは大きくなかった覚えがある。


 つまり、あの頃はまだ、パッドを入れていなかったということだ。


 俺の記憶が正しければ、古羊の胸が急に大きくなり始めたのは、去年の秋頃だったはず。


 ということは、その頃からパッドを入れ始めたということか?




「じゃあ、何がキッカケで入れ始めたんだよ?」

「それこそ大した理由なんてないわよ。まぁ知りたいなら教えてあげるけど」




 そう言って古羊は胸ポケットから1枚の写真を取り出して、俺に渡してきた。




「なにコレ?」

「ソレを見れば、なんでアタシがパッドを入れているのか理由が分かるでしょうよ」




 頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら裏返しになったソレをペロリと表向きにし、




「あぁ~……なるへそなぁ~」




 1人納得した。


 そこにはウチの夏服に身を包んだ古羊が、猫かぶりスマイル全開で微笑みを浮かべていた。


 ただ1つ違うのは、『日本の夜明けは遠いな……』と思わせるほどの地平線のごときおっぱいと、そのパイパイの部分に油性のマジックで矢印が引かれており、そこには端的に「滑走路」という文字と、「ぶーんっ!」と音を立てて古羊の胸元に着陸する航空機の絵が書かれていた。




「その写真はね、ウチの写真部の男連中がこっそり盗み撮りをして流通させていたものよ」

「そういえば、そんなコトをやってる奴らがいたなぁ……」

「もちろん写真部はアタシの持てる権限を全て活用して潰してやったわ」

「そういえば、写真部って唐突に潰れたよなぁ……」




 どうやらアレをやったのは若かりし頃の双子姫さまらしい。


 ちょっと?


 職権乱用もはなはだしくない?


 もちろん今の怒り狂っている古羊にそんなことを言う勇気は持ち合わせていない。


 勇気と無謀は違うことをちゃんと知っている、どうも大神士狼ですっ!


 俺が勇気ある沈黙を選んでいる間に、静かに彼女の怨嗟えんさの言葉が鼓膜を破壊していく。




「それで、それがそのとき押収おうしゅうした写真の1部。ねぇ酷くないっ? 酷いわよね!? ほんっっっっっっと、何が滑走路だ! 航空母艦だっ!」




 俺の脳裏に、一瞬だけ古羊の盛っていないおっぱいがフラッシュバックした。


 あぁ~っ、「確かに今にも航空機が着陸しそうだな」と納得したが、怒られるので言わないでおいた。




「人の胸見て『確かに航空機が着陸しそうだな』とか思ってんじゃないわよ」

「おまえ、エスパーかよ……」

「ふんっ! エスパーじゃなくても、アンタの顔を見れば1発で分かるわ! 同情すんなっ! こっちを見るな!」




 八重歯を剥き出しにして、ガルルルルッ!? と威嚇する古羊。


 もはや手のつけられない狂犬そのものである。


 帰りたい……。


 もうお家に帰りたいよ、ぼく……。




「やられっぱなしは性に合わないから、見返してやろうと思って」

「それでパッドを入れ始めたと。理由は分かったけどさぁ。だからって、あのバカでけぇパッドはやり過ぎだったんじゃねぇの……?」

バカどもの手のひら返し具合がもう痛快で。その手首をねじ切ってやろうと思って、その……つい興が乗っちゃった☆ てへっ♪」

「…………」




 乗ったのは興じゃなくて、調子の方だと思う。


 ジトッとした瞳を古羊に向けていると、彼女はバツが悪そうに目を逸らして、唇を尖らせた。




「そ、そんな目でこっちを見るんじゃないわよ! 自分でも『やっちまったな!?』とは思っているんだから! ……くぅぅぅぅぅっ!」




 でももう引くに引けないのよ! と感情を爆発させる古羊。


 確かにここで減らしたら、それこそ学校のバカどもにバカにされるだろう。


 古羊はギリギリと奥歯を噛みしめ、怨嗟の籠った声音で言った




「これもそれも全部写真部のせいよ! ほんと『滑走路』とか書いたヤツ、ぶっ殺してやる!」

「あっ、『ぶっ殺してやる』で思い出したんだけど……」

「今度はなに!?」




 イラついた態度を隠すことなく、半ば責めるような口調の古羊に、俺はもう1つ疑問に思っていたことをぶつけてみた。




「この間のこと、まだ覚えてるか?」

「この間のこと?」

「ほらっ、アレ。この前、おまえらが襲われた件だよ。もしかして忘れちゃった?」

「まさか、忘れたくても忘れられないわ。乙女の秘密がバレた日なんですもの」




 今度は俺の方に憎しみの籠った視線が向けられる。


 すみません、話が進まないんで、その目を止めていただいてもよろしいでしょうか?


 仮にも俺、チミの協力者だよ?


 古羊の放つ圧倒的な眼力に気圧されていると、『はよ話せ』と言わんばかりに言葉の続きを促してくる我らが女神様。




「それが、なによ?」

「いやぁ。今更ながら、結局あの後どうなったのか聞いてなかったからさ、気になって……。あのナイフを持ったレディー達はどうなったん?」

「なんだ、そのこと……。あの子たちは警察に捕まって今頃は留置所の中よ」

「そっか、それを聞けて安心したわ」




 つまりもう、古羊が彼女たちに襲われることはないということだ。


 それを聞けて今度こそホッと胸を撫で下ろした。


 それにしても、あのナイフの女子生徒たちは何で古羊を襲ってきたんだろうか?


 なんか恨みでも買っていたのだろうか?


 いや、猫を被っているときのこのあまが、誰かに恨みを買うようなヘマをするとは思えない。




「むぅ……」




 聞いてみたい気もするが、さすがに図々しすぎるか?


 と俺が迷っていると、古羊が「はぁ……」と小さくため息を溢した。




「今更アンタにデリカシーなんか求めてないから、聞きたいことがあるなら、さっさと言いなさい」

「えっ、いいの?」




 なんだかんだと聞かれたら答えてあげるが世の情け、と言わんばかりに古羊が首を縦に振った。


 まぁ、ご本人がイイッと言っていることですし、ここは素直に聞いておこう。


 俺は世界の破壊を防ぐため、そして世界の平和を守るため、愛と真実の悪を貫く覚悟を決め、ラブリーチャーミーに聞いてみた。




「それじゃお言葉に甘えて……なんであのナイフを持った女子生徒たちに襲われたワケ?」

「そんなのアタシが知りたいわよ」

「あとさ?『さく何とかくんを返して』みたいなことを言ってたよな?」

「……『佐久間くんを返して』ね。ええっ、言っていたわね」

「佐久間くん? その佐久間くんって誰よ? 男か? ボーイ? 少年か? というか知り合いか?」

「ソレ全部同じ意味でしょうが……」




 古羊は遠い目をしながら、なるべく感情と切り離した声音でポツリとこう言った。




「……本名は佐久間さくま亮士りょうし。アタシの中学時代の同級生で……元カレだった男よ」

「ほーん。つまりダンナ、痴情のもつれってヤツですかい?」

「誰がダンナだ。まぁ端的に言えば、そうかもしれないわね。それよりも……あまり驚かないのね」

「ん? 何が?」

「アタシに、その……彼氏が居たってことに」

「別に、彼氏ぐらい年頃の女なら普通だろ。それに、おまえ顔だけは可愛いし」

「……ほんと一言余計な男ね」




 そう言いながらも、内心はかなりビビっていた。


 あまりにもビビり過ぎて、目の前が真っ赤になりオペレーションするかと思った。ビビット!


 そりゃ顔は可愛いし、彼氏の1人や2人は居るかもしれないとは思ってはいたけどさ?いざ実際に知らされるとショックを隠せないわコレ。


 俺でこれなら、学校の奴らがこの事実を知ったら自殺するんじゃねぇの? とくに元気。




「そんなにイイ男なのかよ、その佐久間くんとやらは?」

「そうね、顔だけなら控えめに言って最高よ」

「それ最上級で言ったらどうなるの?」

「でも佐久間くんは……」




 と言いかけて、口をつぐむ。


 佐久間くんは……なんだよ?


 気になるじゃねえか。


 俺は「佐久間は……なんだよ?」と口にしようとして、古羊の指先が自分の二の腕に食い込むくらい強く握られていることに気がついた。


 見ると、月明かりに照らされた顔は血の気が失せ、体は小さく小刻みに震えていた。




「こ、古羊……?」




 と、俺が口にしたそのとき。


 ――ガサガサッ




「んっ?」

「ど、どうしたデカパッド刑事デカ? パッドでもズレたか?」

「殺すわよ、リーゼント刑事デカ? ……今、何か聞こえなかった?」




 パッドの声でも聞こえたのか、古羊は辺りをキョロキョロ見渡し。


 ――ガサガサッ




「「ッ!?」」




 2人して弾かれたように音のした茂みの方に視線を向ける。


 視線の先の茂みでは、ガサゴソと葉っぱが大きく揺れているのが見て取れた。


 まさか本当に犯人が現れたのか?




「お、大神くん……」

「分かってる」




 古羊の言葉に短く答え、呼吸を整える。


 軽く拳を握りしめ、いつでも動けるように脚部に力を籠める。


 俺たちは、お互いに無言で頷きながら、静かに茂みの方へ近づいて……勢いよく茂みの中に顔を突っ込んだ。




「そこまでよ! 大人しくしなさい、この変態……めぇ~?」

「ど、どうした古羊? 語尾が変だ……ぞぉ~?」




 ポカンと間の抜けた声を出す古羊と俺。


 そんな俺たちを、盗まれた下着の上で不思議そうに眺める2つの瞳。


 口元にはおそらく今日盗んできたであろう、紫のパンティーが咥えられている。


 が、どういうわけか怒る気にはなれない。


 なぜなら真犯人は……。

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