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第21話 悪魔が笑いて法螺を吹く

 佐久間に名前を呼ばれた瞬間、古羊の身体がビクッと跳ねたのが分かった。


 そんな彼女を守るように、よこたんが佐久間の視線から姉の身体を自分の身体で守る仕草を見せる。


 ……何と言うか、久しぶりに会う中学の同級生って雰囲気じゃないんですけど?


 ただならぬ気配を察し、空気のように黙ろうとして、ハタと気がつく。




「あれ、おまえ? もしかして『月刊☆イケメンぱらだいす』の佐久間か?」

「ぼくのことを知ってるのかい?」

「イケメ……ししょー何ソレ?」

「おいおい? よこたん、知らないのかよ? ナウなヤングにバカ受けの男性向けファッション雑誌『月刊☆イケメンぱらだいす』だよ。コイツはそこで女の子に人気の読者モデルをやってるんだよ」

「人気だなんて、そんな……」




 照れるようにはにかんだ笑みを浮かべる佐久間と、『なにその頭の悪そうな雑誌? イケない太陽なの? 花ざかり的な君たちなの?』と戦慄せんりつした表情で俺を見てくる妹ちゃん。


 コラコラ?


 師匠をそんな目で見ちゃいけません。


 泣いちゃうぞ?




「ところで、さっきから洋子ちゃんと親しげに話している君は一体?」

「おっと申し遅れたでござる。拙者、『イケメンぱらだいす』の未来の人気モデル、シロウ・オオカミ16歳でござる。もしかしたら一緒に仕事をするかもしれないので、そこんとこ夜露死苦よろしくっ!」

「……え~と、洋子ちゃん? 彼は一体?」

「この人は大神士狼くん。ボクやメイちゃんと同じ高校に通う同級生だよ」

「大神……? どこかで聞いたことがあるような?」




 俺の事をガン無視して、さっさと妹ちゃんと会話のキャッチボールに戻る佐久間少年。


 おやおやぁ?


 俺の声が聞こえていなかったのかなぁ?


 お茶目さんなのかなぁ?




「大神くんは芽衣と仲良さそうに見えたけど、2人は付き合っているのかい?」

「付き合っているというより、愛し合っている――あっ、何でもないでぇ~す」




 軽口を叩こうとしたらジロッ! と、よこたんに下からめ上げられたので、慌てて口を閉じる。


 う~ん?


 どうやら今日のよこたんは、かなり機嫌が悪いらしい。


 どうした?


 あの日か?




「愛し合っているということは『付き合っている』という解釈でいいのかな?」




 俺の言葉を真に受けた佐久間きゅんが、1人納得したように『うんうん』と頷いてみせた。


 あっ、ヤバい。


 なんか誤解が広がりつつある……けど、まぁいっか♪


 とも思ったが、よこたんが無言で『誤解を解け!』と俺にアイコンタクトを飛ばしてくる。


 いやいや『誤解』は解けないよ?


 なんせもう『解』は出てるんだし?


 と、反論しようとも思ったが、妹ちゃんの無言のプレッシャーが怖かったので素直に言う通りにしようと思いました、まる。




「あぁ~、違う違う。愛し合っているっていうのは言葉のあやちゃんで――」

「――だとしたら大神くん、気をつけた方がいいよ?」

「はい? 気をつける?」




 これまた俺の言葉を奪うように、佐久間が悲しげな顔をして唇を動かした。




「うん、気をつけてね? そこに居る古羊芽衣は中学のとき――」

「佐久間くんっ!」




 突如。


 突如である。


 あの物静かな妹ちゃんが佐久間の言葉を遮るように、大きな声をあげたのだ。




「……ボクたち、このあと予定があるから。猫、引き取ってくれるなら、はやく引き取って欲しいな?」

「そっか、それは残念」




 明らかな拒絶の言葉を前に、佐久間は肩を竦めながら苦笑を浮かべてみせる。


 ほんとナニをやらせても絵になる男だなぁ、コイツ。


 俺が1人感心している隙間を縫うように、佐久間は妹ちゃんの背後に隠れている古羊に視線をよこしながら、優しい口調で彼女に声をかけた。




「今日は久しぶりに会えてよかったよ、芽衣。ほんと、ぼくにナイショで県外の学校に進学するなんて、水臭いじゃないか。おかげで探すのに苦労したよ」

「……な、なんで? もうアタシ、関係ない……」

「関係ないなんてひどいなぁ。別れたとはいえ、元カノを心配するのは当然の事だろう?」

「あぅ……」




 佐久間の一言に、いちいち体をビクつかせる古羊。


 こんな彼女を見るのは初めてである。


 久しぶりに『元カレ』と会ったのが気恥ずかしいのだろうか?


 ……いや違う。


『元カレ』に会っただけで、あんな怯えきった顔をするか普通?


 アレじゃまるで……。




「それじゃ芽衣、また会おうね」




 佐久間はそれだけ言い残すと、猫を抱えて生徒会室を後にした。


 残されたのは3人分の呼吸音と、去って行く佐久間の後ろ姿を睨む古羊。


 そしてそんな彼女の制服の裾を握り締めて、ガタガタと震える古羊の姿だけ。




「なぁ古羊? おまえ、アイツと昔なにかあったワケ?」

「……何かって、なに?」

「それは分かんねぇけどさ……」




 珍しく言葉に色を乗せず、無感情に淡々と唇を動かす古羊。


 その姿が、俺には何故か妙に痛々しいモノに見えた。




「別に何もないわよ」

「いやいや、何もないワケないだろうが? 現に今だっておまえ――」

「し、ししょーっ! 今日はメイちゃんも疲れたみたいだからさ、もう帰らない?」




 俺の言葉を遮るように、よこたんがパンッ! と柏手かしわでを打ちながら、明るい声音で口をひらいた。


 険悪な雰囲気になりかけていた手前、この助け舟はありがたい。


 俺は一も二も無くその船に乗りかかった。




「そうだな。もういい時間だし、そろそろ帰るか?」

「うん。ありがと、ししょー。……ごめんね?」




 気にすんな。と、手をヒラヒラさせながら、申し訳なさそうな顔を浮かべる我が1番弟子に苦笑を浮かべてみせる。


 まぁ正直、今の憔悴しょうすいしきった古羊は見てらんねぇしな。




「よしっ! そんじゃま、帰りますかな。あっ、もちろん家まで送っていくぞ?」

「ありがとう。それじゃ、お願いするね?」




 かくして俺たちはモヤモヤした気持ちを抱えたまま、生徒会室を後にするのであった。


 帰路へと向かう古羊の背中は、彼女らしくなく丸まっていて、見ていられないほど弱々しかった。

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