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第30話 となりで映えるキミの笑顔

 やるべきことを済ませたあと、俺達は星美高校をあとにした。


 いつの間にか日は落ちかけており、街は鮮やかなオレンジの光で彩られていた。


 途中、巡回中の警察に何度か職質を受けたりもしたが、どうにかこうにか古羊の待つ団地へと帰ってくることができた。


 階段を登り、古羊の家の前のインターフォンを鳴らす。




「もう1度、娘さんに合わせてください!」とお願いする俺に、古羊母は難色を示したが、そこは娘であるマイ☆エンジェルに説得して貰い、何とか目的地の古羊の部屋の前へと辿り着いた。

「……だれ?」

「大神だ。おまえに見せたいものがある。悪いが部屋から出て来て貰えるか?」

「……ごめん、今はここから出たくない。悪いけど帰って……何してるの?」

「鍵をこじ開けようとしてる」

「はぇっ!?」




 俺は懐から財布を取り出すと、10円玉を装備した。


 我が家のトイレもそうなのだが、公団住宅のようなチャチな部屋鍵は、ロックされているかどうかを示すくぼみに10円玉サイズの硬貨を差し込みガチャガチャ捻ると、あら不思議♪


 造作もなく内鍵がまわってしまうのだ!




「ちょっ!? ダメだって、ここ開けちゃダメ! き、聞いてる大神くん!?」

「問答無用!」

「へっ? きゃ、キャァァァァぁぁぁぁ――ッ!?」




 勢いよく扉を開くと、内側ノブに捕まったままだったのか、古羊はふわふわの真っ白な寝巻姿のまま、


 ――コロン♪


 と居間へと転がりこんできた。


 両手を猫の手のようにくにゃっと曲げ、飼い犬が主人に見せる服従のポーズよろしく、俺にその愛らしいおへそを見せてくる。


 かなりラフな格好である。


 亜麻色の髪にはいつもの光沢はなく、ボサボサだ。


 おまけに可愛らしいおヘソから少し視線を上げれば、そこにはいつもの膨らみはなく、代わりに悲しいまでの地平線が広がっていた。


 家の中でくらいは楽な格好で居たいのだろう。


 それは別に構わない、古羊の自由だ。


 けど。




「な、なによ?」

「やっぱり、寄せて上げてもBは無いんじゃねぇの?」

「あぁんっ?」

「――じゃなくてぇ」




 ゴホンッ! と軽く咳払いをしつつ、




「おっぱい、盛らなくて大丈夫か?」

「あぁっ!? それ言い直した意味ある!?」




 くわっ! と般若の如き形相で睨まれた。


 あれれ、おかしいな? 


 ギャグなんか言っていないハズなのに、膝が大爆笑しているぞ?




「す、すまん。言い方を間違えた。その、つい……な?」

「なによ、なによ! こんな所までやって来ては無理やり扉は開けるし、いきなり胸をバカにしだすしっ!? アタシに喧嘩でも売ってんのアンタは! いいわよ、上等じゃない! その喧嘩、買ってやろうじゃないのっ!」

「待て待てっ!? 俺は喧嘩を売りに来たんじゃなくて、約束を果たしに来ただけだってばよ!?」

「ふしゅーっ! ふしゅーっ! ……やくそく?」

「そうそう! 約束、約束っ! とりあえず、まずはコチラをお納めくださいませ!」




 そう言って俺はポケットに仕舞い込んでいたスマホを取り出し、古羊に手渡した。


 古羊は頭の上に疑問符を浮かべながらも、素直に俺からスマホを受け取り、画面に視線を落とした。




「スマホ? 一体なにを――」




 ――そこには、全裸になった男の股間部分が、ドアップで映しだされていた。




「い……嫌ァァァぁぁぁぁぁぁぁ―――っっ!?!?」




 半狂乱になりながら、手に持っていたスマホを部屋の中に投げ捨てる古羊。




「バカ、おまえ!? 俺のスマホだぞ!? 壊れたらどうすんだ!?」

「バカはアンタの方でしょっ!?」




 古羊は目尻をキッ! とり上げると、半泣きの顔で怒鳴り散らしてきた。




「な、なななななっ! なんてものを見せるのよっ!? これトラウマ確定モノのグロ画像じゃない! さっきの事と言い、そんなにアタシが憎いわけ!? ほ、ほんと信じられな――」

「ち、違う、違う!? 落ちつけって! 怒鳴る前に、違う写真も確認してくだせぇ! お願いしますぅ!?」

「……違う写真?」




 古羊は困惑した表情で床に落ちていた俺のスマホを拾い上げ、横にフリップし、次の写真を映しだした。


 そこには、股間の主の全体像を写っていた。




 ――気絶する佐久間の姿が。




 佐久間が下半身丸出しの格好で気絶していた。


 その額には油性ペンで『ごめんなさい』と書いてある。


 もちろん書いたのは俺だ。


 ちなみに撮影はラブリー☆マイエンジェルよこたんがしてくれた。


 恥ずかしがりながらもシャッターを切る姿に、思わずドキドキしたのはナイショだ。


 古羊はあられもない姿となった佐久間の写真を唖然あぜんとした表情で見下ろしていた。




「こ、これ佐久間くん……えっ? ど、どういう……?」

「約束通り、なんとかしてきたぞ」




 俺は困惑している古羊に、ぶきっちょな笑みを浮かべてみせた。




「あとついでに約束もさせてきた」

「えっ、約束……?」




 驚き顔を上げる古羊をまっすぐ見返しながら、俺は大きく頷いた。




「おうよ。佐久間亮士もう金輪際、古羊芽衣には近づかない。連絡もしない。脅迫なんて絶対にしない。もし約束を破ったら、この写真を全世界にウェブで配信するって」




 それは、かつて俺が古羊にやられていた脅迫の手法だった。


 その効力は俺が文字通り身を持って体験している。


 被害者のお墨付きだ。


 俺も古羊に脅迫されていなかったらこんな方法、思いつきもしていなかっただろう。


 ……なんだか少し複雑な気分だ。


 俺は古羊からスマホを受け取り、簡単な操作で佐久間の写真を古羊のスマホに送った。




「写真は俺と古羊が持ってるが、一応念の為にお前も持っとけ。……多分これで大丈夫だとは思うが、もしアイツがまだお前にちょっかいをかけてくるようだったら、すぐに俺を呼べよ? 速攻で駆けつけるから」

「駆けつけるって……アンタ」




 古羊が顔を上げ、俺を見つめる。


 その紅玉の瞳は涙の膜でゆらりと揺れた。




「ど、どうして……? アタシ、アンタに酷い事ばかりしてきたのに……。アタシなんて、放っておけばよかったのに……」

「関係ねぇよ。友達ダチを助けるのに理由なんかいるかよ」

「か、関係ないって……アンタ……」




 呆然とした表情で俺を見つめる古羊。


 だが、すぐさま手負いの獣のように、敵意の籠った瞳で俺を睨みつけた。




「そ、そんなことでアタシが感謝するとでも思った?」

「いや、思ってねぇよ。これは俺の独りよがりな自己満足の結果だ」

「そう、なら無駄な時間を過ごしたってわけね」




 そう言って古羊は、目を伏せ、自嘲気味に笑った。




「そうよ、無駄だったのよ……。自分を磨く努力も、生まれ変わろうとする意志も、全部無駄だったのよ。結局はアタシのしてきたことは。すべて無駄でしかなかった――」

「無駄じゃねえよ」




 えっ? と古羊の顔が上がる。


 それと同時に、涙の膜でキラキラと輝く紅玉のような瞳が俺を射抜く。


 この瞳を前に嘘は通じない、と直感的に理解する。


 だから、事実だけを口にした。




「全然無駄なんかじゃねぇよ。過去はどうであれ、お前は必死に自分を変えようと努力してきた。そんなお前だからこそ、よこたんも力を貸したんだ。いや、よこたんだけじゃねぇ。廉太郎先輩も、羽賀先輩も、もちろん俺も。生まれ変わろうとするお前の努力を知っているから、お前に力を貸したくなったんだ。だから全然無駄なんかじゃねえよ」

「お、大神くん……」

「お前の努力は人に誇れる立派なもんだ」




 まあときどき暴走するけどな、と内心付け加えておく。


 古羊は何故かポーッした表情で俺を見つめていたが、すぐさまハッ!? とした表情を浮かべつつ喧嘩腰で口を開いてきた。




「ふ、ふんっ! な、なによソレ? 正義の味方にでもなったつもり?」

「正義の味方ぁ~? ハァ? このつらが正義の味方さまに見えんのかよ、おまえ?」




 俺は別に正義の味方でもヒーローでもない。


 勇者でもなければ英雄でもない。


 特別な力なんて何も持ってない。


 ちょっと喧嘩が強いだけの、ただの生意気なクソガキだ。


 でも、そうだな?


 強いて言うのであれば俺は、正義の味方じゃなくて――




「――テメェ古羊芽衣の味方だよ、バカ野郎」

「……大神くんには、そんなキザな台詞は似合わないわよ?」

「えぇ~……ここでダメ出しですか?」




 人が少し甘い顔を見せれば途端にこれだ。


 ホントいい性格してるぜ、コイツ。


 唇を尖らせ明後日の方向にそっぽ向く。


 そんな俺を見て、何が面白いのか小さく吹き出す古羊。


 そこから感情のせきが壊れたかのように、クスクスと笑い続け。




「うぅ……うぐぅっ」




 やがて笑い声が、嗚咽へと変わっていった。


 押し殺していた声が口の中で飽和しきれず、ボロボロと涙に変わってこぼれ落ちる。


 それは周りへと伝染し、気がつくと、よこたんや彼女たちの母親まで泣いていた。


 俺はそんな古羊たちを抱きしめるでも、手を握るでもなく、ただ黙って見守り続けた。


 安心して、気が済むまで泣けるように。


 泣き笑いしている古羊の顔は、涙や鼻水やらで、やたらクシャクシャになっており、お世辞にも可愛いとは言えなかった。


 だが、それでも、俺が今まで見てきたコイツの笑顔の中で1番いい笑顔だと思った。




「大神くん……」




 古羊は嗚咽おえつの隙間から、吐息のような声をらした。




「……ありがとう」




 ――ああ、その一言で全部報われたよ。


 静かにこぼれる彼女たちの嗚咽が俺を祝福しているような、そんな気がした。


 そんな気がして、俺はもう1度だけ微笑んだ。

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