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第29話 自分が『自分』であるために

「なに言ってんだ、おまえ? もういいや、めんどくせ」




 やれ。佐久間がそう口にした瞬間、拳を構えた野郎共が一斉に襲いかかってきた。


 俺の1番近くに居たゴリマッチョが、顔面めがけて拳を放ってくる。




 ――が、それよりも速く俺の右上段回し蹴りがゴリマッチョの側頭部を捉えた。




 瞬間、悲鳴すらあげることなく真横へ1回転しながら吹き飛んで行くゴリマッチョ。


 まるで点火てんかされたロケット花火よろしく高速で真横に吹き飛び、数メートル先の壁と激突し、ようやく停止。


 そのままボロボロの身体で1度だけ俺を見据えたかと思うと、「カヒュッ!?」という謎の呼吸音を残して完全に動かなくなった。




「「「「「……はっ?」」」」」




 佐久間を含む残りの男どもが、動かなくなったゴリマッチョを見て、呆けた声をあげた。




「えっ? な、なに今の?」

「に、人間って、あんなに真っ直ぐ地面と平行して飛べるモノだったっけ?」

「というか……えっ? 今、アイツ、何した?」

「け、蹴り? えっ、蹴ったのか? 今? いつ!?」

「み、見えなかった……。な、なんだよコイツ!?」




 道着を着込んでいた野郎共の動きが止まり、困惑したように俺が1歩距離を取った。




「ば、バカっ!? 止まるな、おまえら!?」




 佐久間のクソ野郎が何かを叫んでいたが、もう遅い。


 俺は動きが止まった4人の野郎共の顔面に、同じように右の上段回し蹴りを叩きこんだ。


 刹那、ゴリマッチョと同じく悲鳴すらあげることなく吹き飛んでいく男たち。




「や、山中っ! 斎藤、竹内、小林ぃっ!?」

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?!」




 佐久間のクソ野郎の声音を切り裂くように、巨漢の男が声を張り上げながら拳を振り抜いてきた。


 それを紙一重で躱しつつ、巨漢の鼻柱めがけて右の足刀を放り込む。


 メキメキッ! と肉と骨と鼻を砕く感触と共に、巨漢の身体がロケットエンジンの如く後方へと吹っ飛んだ。


 そのまま佐久間達の頭上を文字通り飛びながら通過し、ズシンッ! と道場を揺らしながら完全に沈黙する。


 その間に、無言でチャラそうな茶髪の男に接近。


 顎めがけて右足を蹴り上げた。




「ポニョッ!?」




 と崖の上に住んで居そうな悲鳴をあげながら、綺麗な弧を描いて吹っ飛んでいく茶髪。


 地面にバウンドし、白目を剥いて意識を飛ばしているのを横目で確認しつつ、右の足刀を近くに居た8人目の男の腹部に放り込む。


「か、ひぃっ!?」とお腹を押さえてうずくまる8人目の男の顔を勢いよく踏み抜いて、いまだ呆然と立ち尽くす佐久間に視線をよこした。




「残り2人」

「な、なんだよコイツ!? う、うちの空手部員8人を右足1本で瞬殺って……化け物か!?」

「赤い髪、見えない蹴り筋、人外じみた破壊力の右足――あっ!?」




 モンスターを見るような目をよこしてくる佐久間の隣で、坊主頭が何かを思い出したかのように声をあげた。




「ま、間違いないっ! 佐久間さん、こ、コイツ【喧嘩狼】ですよっ!?」

「【喧嘩狼】……って、ハァ!? コイツがっ!? あの『西日本最強の男』か!?」




 佐久間と坊主頭の驚愕に満ちた視線が肌を刺す。


 気がつくと2人の顔が恐怖に歪んでいた。




「け、【喧嘩狼】って言えば2年前、たった1人の女のために西日本最大派閥だった喧嘩屋集団【出雲愚連隊いずもぐれんたい】に単身で乗り込んだあげく、当時西日本最強とうたわれた総長をタイマンでくだしたっていう、あの伝説のイカレ中坊だぞ!?」

「い、1度だけ見たことがあるんで間違いありませんよっ! あの狂った出で立ちに悪魔じみた破壊力を持つ右足……見間違えるハズがない。正真正銘【喧嘩狼】ですよっ!」

「な、なんで【喧嘩狼】がこんな所に居るんだよ!? 聞いてねぇよ!?」




 喚き散らす佐久間を無視して、坊主頭の懐へと飛び込む。


「ひぃぃぃっ!?」とヤケクソ気味に放った坊主の拳をいなしながら、顔面に向かって右足を振りぬいた。


 2回転ほどして明後日の方向へ飛んでいく坊主を尻目に、俺は佐久間と向き直った。




「これで9人目」

「くっ、こんのっ!?」




 佐久間の放つ、直突き、下突き、回し蹴り、前蹴りのコンビネーションをいなし、受け流し、迎撃していく。




「な、なんで当たらないんだよ!? ――ぐぇっ!?」




 佐久間の左の上段回し蹴りを受け流したタイミングで、俺の中段回し蹴りを腹部に叩きこんだ。


 その内臓を抉るような一撃に、佐久間の体がくの字に折れ、整った顔が無防備に前に出る。


 佐久間の顔色から嘲笑の色が消え、苦悶くもんの表情へと変わる。


 俺は悶絶する佐久間に向かって、右の中段回し蹴りを放つ体勢に入った。


 瞬間、佐久間が泣きそうな声を張り上げた。




「ま、待て!? 待ってくれ、くださいっ! と、取引……そうだ取引をしようっ!」

「取引?」




 ピタっ! と動きを止めた俺に、佐久間はこびでも売るかのような笑みを向けてきた。




「も、もう2度とあのクズ芽衣には近づかない! 連絡もしない! もちろん脅迫なんて絶対にしないっ! だ、だからっ! ぼ、ぼくだけでも見逃してくれ!?」

「……クズじゃねえよ」

「は、はい?」

「古羊はクズじゃねえよ」




 気がつくと、勝手に唇が動いていた。




「確かにあの女は平気で人を騙すし、腹黒だし、短気だし、自己中心的だし、おまけに偽乳にせちちで良い所なんてロクにありゃしないけどさ……。それでも何度他人に裏切られようと、心の底から人を好きになれる温かい心を持ってんだよ。本気で人を好きになれる、強い心を持ってんだ」




 そんな奴が「死んでしまいたい」って、そう言ったんだぞ?


 ふざけるなっ!


 そんなこと、言わせちゃダメだろうが!




「アイツは……古羊芽衣っていう女はクズなんかじゃねぇ。ここに居る誰よりも、アイツは上等だよ」

「ししょー……」

「アイツが出るまでもねえ。クズの相手はクズで十分だ。卑怯者の相手は卑怯者で十分だ。……テメェの相手は、この俺で十分だ」




 大きく息を吐き出し、再び身体を駆動させる。


 身体中の血液が入れ替わるような興奮。


 暴れ狂おうとする手足をなんとか統率し、己の行動を定める。




「ちょっと待っ――」

「くたばれ、腐れ外道」




 渾身の力をこめた上段回し蹴りが、佐久間の端正な顔面にめり込んだ。


 頬を歪ませ、肉を切り裂き、骨を砕く感触が、足の先から脳天にまで伝わる。


 声をあげることができずに、子どもに投げ捨てられた人形のように吹っ飛んで行く佐久間の体が、背後にあった壁にぶつかり跳ねる。


 佐久間の体はそのままズルズルと床に落ちていく。


 一瞬だけ大きく見開かれた目で俺を見た気がするが、がくんっ! と糸の切れた人形のように首が垂れる。


 グチャグチャになった顔から「こ、こひゅ……」と呼気の漏れる音だけが聞こえてきた。


 ……終わった。


 そう思った瞬間、背後から声をかけられた。




「お疲れさま、ししょー」

「……よこたん」




 振り返ると、何故か爆乳わん娘が号泣していた。




「……なんでお前が泣いてんだよ?」

「だ、だって! 結局ボク、何も出来なかったし……」

「そんな事ねぇよ。佐久間に向かって啖呵(たんか)を切ったあの姿、カッコよかったぜ?」

「そ、そうかな?」




「えへへ……」と照れくさそうに頬を染めうつむくマイ☆エンジェルの。




「め、メイちゃんのために頑張るししょーもカッコよかったよ? そ、そのぅ……ほ、惚れ直しちゃうくらいに」

「そっか。ならよかった」




 そんなに恥ずかしいなら言わなければいいのに、と思わず吹き出しそうになった。


 まさか奥手なコイツが『惚れ直す』なんて冗談を使うとは思わなかった。


 よこたんなりに、俺の事をねぎらってくれているのかねぇ。


 まあ悪い気はしないけどさ。




「さて、と。下準備も終わったし、さっそく本題に入るか」

「えっ? ほ、本題?」




 名残惜しいが余韻に浸っている時間もないので、俺はポケットからさっさとスマホを取り出した。


 男どもの屍を乗り越えて、離れたところで完全にのびている佐久間に近づく。


 ふむふむ、よく気を失っているようで安心したよ。


 これならちょっとやそっと体を動かしても起きはしないだろう。




「よし、よこたん。ちょっと手伝ってくれ」

「あ、あのししょー? 一体なにを……?」

「うん? もう2度とコイツが悪さしないように、ちょこ~と! お灸をすえてやるだけだよ」

「お灸って……えっ? えぇぇぇぇぇぇぇぇ―――ッッ!?」




 顔を赤くし目を逸らす爆乳わん娘のことなど気にすることなく、俺は佐久間のズボンを勢いよくズリ下ろした。

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