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第28話 俺に届いた『キミ』の声

 古羊の家を後にし、俺は爆乳わん娘の案内に従って星美高校へと向かう。


 体の内からマグマよりも熱い感情が湧き溢れてくる。


 俺はその感情に身を任せて、歩み続ける。


 きっと俺のやろうとしていることは間違っているのだろう。


 独善的で、偽善的な、独りよがりの自己満足かもしれない。


 多分こんなことをしても古羊は喜ばないだろう。


 わからない。


 もう自分ではわからない。


 わかるのはただ、歩き出したこの足はもう止められないということだけ。


 もう止められない。


 全身の細胞を逆立てるような怒りが、毛穴から吹き出すような熱い怒りが、自分の他の感情を食い尽くして栄養にするみたいに育っていく。


 握りしめ過ぎた拳から血をにじませても、荒くなった呼吸に鼻の穴がみっともなく広がっても、筋がキレそうなほど眉が寄っても、もう止められない。


 目がくらむほどの純粋な怒りは、もう自分ではどうしようも出来ないくらいに成長してしまった。

絶対に許せない奴に叩きつけるまでは決して打ち消すことができない怒りのともしびが、身体中を燃やし尽くそうと暴れ狂う。


 身を焦がすほどの怒りに、自分が全部食い散らかされてしまう前に、早く辿り着け! と足に命じる。


 もっと速く歩け。


 一本の槍の如く。


 ただ真っ直ぐに、俺をあの男のもとへと運べ――と。


◇◇


 古羊の家から電車で乗り継いで1時間。


 俺たちは佐久間の居る星美高校の校門前に立っていた。


 躊躇ちゅうちょすることもなく、星美高校の校門をくぐる。


 下校する生徒たちが、他校の制服を着ている俺たちをいぶかしげな瞳で見ていた。


 そんなのお構いなしに、俺は近くにいた生徒の1人を適当に呼び寄せ、2年の佐久間はどこにいるか知らないかと尋ねる。


 佐久間会長なら武道場じゃないかな? と教えてくれた生徒にお礼を言い、俺と古羊は校舎の離れにある武道場へと足を向けた。


 星美高校の真新しい武道場。


 そのドアをぶち破る勢いで、力いっぱいに開く手に迷いはなかった。


 確実に二十畳以上はある、無駄に広い部屋が視界に広がる。


 グルリと見渡すまでもなく、部屋の真ん中、畳の上で、10人ほどの空手道着を着込んだ男たちが、「いやっ!? やめてっ!?」と必死に抵抗する女子生徒に下卑げびた笑みのままむらがっている姿が目に入った。


 女子生徒の方は上半身裸で、必死に男たちの胸を力一杯に押していた。


 が、男たちの方は、そんなことお構いなしに、ブラの上から女子生徒の胸を揉みし抱いていく。


 だが、男たちは部室に入ってきた俺たちの存在に気がつくと、驚いた顔で女子生徒から距離をとった。


 よこたんと俺は、かまわず部屋の中へと入って行く。


 はだけた制服を手で押さえ、慌てて部屋の外へと駆けだす女子生徒。


 反対に男たちのリーダー格と思しき黒帯の男――佐久間は平然とした顔をしていた。




「なんだい君たちは? 入部希望者……ではないようだね? 見た限りウチの生徒じゃないみたいだけど許可証は……おやっ? 洋子ちゃんじゃないかっ! 一昨日ぶりだね。それと、そっちの君は確か生徒会の……」

「大神士狼だ」

「そうそう、大神士狼くん! 久しぶりだねっ! 2人してどうしたんだい? あっ! もしかして、あの猫のことについて知りたいのかな?」




 ――カチャリッ。


 誰も入ってこられないように、扉の内側から鍵をかける。


 俺は佐久間を睨みつけたまま、ドスを利かせた声音で言った。




「……随分とまぁウチの会長に遠回しな脅迫をしてくれたもんだな」




 佐久間の頬が、微かにピクッと震えた。




「……なんの話だい?」

「今更とぼけるのかよ?」

「とぼけているんじゃない。本当に意味がわからないんだ」




 きょとんとした顔の佐久間は首を傾げ、




「確かに一昨日は偶然芽衣に会ったけど……ただ懐かしくて声をかけただけだよ。それだけ。もちろん脅迫なんてしていないさ。芽衣に何を言われたか知らないけど……ぼくは何も知らないよ?」

「嘘っ! なにも知らないなんて嘘っぱちだよ! ぼ、ボクはちゃんと知ってるんだから! さ、佐久間くんがメイちゃんを脅してたこと!」

「脅してたって……人聞きが悪いなぁ。別に脅してなんかないよ。ただ少しだけ昔話に花を咲かせただけさ。それは一昨日、一緒に居た洋子ちゃんが良く分かっているんじゃないかな?」




 肩を竦める佐久間を前に、よこたんは「うぅ~っ!」と拳を握りしめ、敵意剥き出しの瞳で睨みつける。


 その瞳には『絶対に退かない』という強い意思が感じられた。




「そ、そのあと! そのあとスーパーで1人になった芽衣ちゃんに酷いことをしたクセに!」

「酷いこと? 酷いことって何のことだい? スーパー? 洋子ちゃんは何を言っているの? というか……大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど? 今日はもう早く帰って寝た方がいいんじゃないかな?」




 心配そうに爆乳わん娘を見つめる佐久間の視線を遮るように、2人の間に割って入った。




「いいのかよ? 古羊はお前との会話を録音していたんだぜ?」

「……なに?」

「悪いが、それを聞かせてもらった。確かにお前の声だったよ」

「……チッ。ぼくとした事が油断したみたいだ」




 俺がそう言うと――佐久間は両目を細め、小さく舌打ちをした。


 虫すら殺さないような雰囲気が一転し、ナイフのように尖った視線が俺を貫いた。




「まったく、あの女……おとなしく引きこもっていればいいものを。どこまでぼくの手をわずらわせば気が済むんだ?」

「ひっ!?」




 態度が急変した佐久間を前に、俺の背後に隠れていた爆乳わん娘がビクリッ!? と震えた。


 やっぱり猫を被っていたか。


 どうして生徒会長になる奴は、みんな二面性の激しい奴ばかりなんだ?


 思わずため息をこぼしそうになった。


 が、もちろん今はそんな事は顔には出さない。




「随分と演技が上手いんだな。生徒会じゃなくて演劇部に入った方が良かったんじゃねえの?」

「うるさい。黙れ。喋るな」




 露骨にイライラした様子を見せる佐久間に、挑発するような口調で口元を吊り上げる。


 佐久間は先ほどとは打って変わって、鋭い目つきで俺を睨みあげた。




「そんなことより、その録音記録はどこにあるんだ? 言え」

「記録も何も、あんなの嘘に決まってんだろうが。古羊はお前の声なんか録音していねぇよ、ただ俺がカマをかけただけだ」

「んなッ!? このクソガキッ! ぼくをはかったのか……!?」




 お前だってクソガキだろうが。


 という言葉を飲み込んで、俺は嘲笑ちょうしょうするかのような笑みを浮かべて言ってやった。




「おまえ、医者の息子で進学校に通っているクセに案外頭悪いんだな」

「……ぼくが誰だが分かってモノを言っているんだろうな?」

「もちろん。女に手をあげる最低のクソ野郎だろ?」




 ブチッ! と佐久間のコメカミから血管の切れる音がした。


 空気が一瞬で張りつめたものへと変わる。


 俺は爆乳わん娘を庇うように一歩前に身をのり出し、淡々と尋ねた。




「なあ、どうして古羊にこんな事をしたんだよ?」

「ハァ? そんなの、ぼくがスカッとするからに決まってんだろうが?」




 バカなの、おまえ? と俺を小バカにしたような言葉を前にマイ☆エンジェルが「んなっ!?」と驚き、声を無くす。


 そのどこまでも自分本位な答えに二の次が紡げなくなった彼女を、うっとりした表情で眺める佐久間。




「おっ? いいねぇ! 実にぼく好みの顔だよぉ。本当はこんな三流悪役っぽいことは言いたく無いんだけど、その顔に免じて特別に語っちゃおうかなぁ! ――おい、お前らっ!」




 佐久間の合図に、9人の男たちがゾロゾロと俺たちを囲むように移動し始める。


 どうやら聞かせてもいいが、ただでは帰さないつもりらしい。


 ……まぁコッチもただで帰すつもりはサラサラないから別にいいけどさ。




「ぼくはね、芽衣の幸せが反吐が出るほど嫌いなんだよ。まぁ当然だよね? ボクに『あんな』ことをしでかしたんだもん。嫌いって言わない方がムリな話だよね?」




 ちょっと可愛いから遊んでやろうかと思ったら、ぼくの顔を傷つけるんだもん。


 そりゃ一生かけて償わせなきゃ、割りに合わないよ。


 だって、このぼくの顔を傷つけたんだから。




「なのに、ぼくのことを忘れて生きていくだって? ハンッ! させるワケないよね? 芽衣にはこの先の人生、どん底のまま一生苦しんで生きていって貰わないと、ぼくの気が済まないんだからっ!」

「おまえ、正真正銘のクソ野郎だな」




 佐久間は一通り喋り終えると、今度は逆に俺に質問していた。




「ていうか、お前こそ何なの? もしかして芽衣の彼氏とか?」

ちげぇよ。ただのクラスメイトだ」

「はぁ? ただのクラスメイトが、なんでこんな事を? ……って、ああっ! なるほどね。もしかして今回の件で芽衣に貸しを作って、アイツをどうこうしようとでも思っているわけ? まぁ確かにアイツ、顔だけは美人だからねぇ。お前みたいに時代錯誤な頭をした芋臭い男が夢中になっちゃうのも分かるよぉ~。ぼくも中学のとき、ちょっと遊んでやろうと思ったんだけどね? あのクソ女、よりにもよって、このぼくの顔に傷をつけて……。あのときはマジで殺してやろうかと思ったよ」




 ギリッ! と背後で奥歯を噛みしめる音が聞こえてくる。


 何もしなくても、よこたんの気持ちが手に取るように分かった。


『こんな男のためにメイちゃんが……っ!』と怒りで体を震わせているのが伝わってくる。


 殺してやろうと思った――その言葉を聞いた瞬間、俺は心の底からこう思った。




 あぁ、よかった――と。




「あっ、そうだ。一応言っておくけど、このことを周りに言いふらしたって無駄だよ。いくらお前らが頑張ったところで『優秀なぼくの言葉』と『愚鈍な民衆お前らの言葉』。周りがどちらを信じるかなんて、分かりきっていることだろう? 人間っていうのはね、真実の言葉より、優秀な人間の言葉を信じるように出来ているんだよ!」




 その純粋なまでの悪意が、俺の肌をチリチリと焼いていく。


 おかげで、どんどん俺の心が軽くなっていく。


 あぁ、よかった。


 本当によかった。




「……何を笑ってんだ、おまえ?」

「あぁ、わりぃ。安心して、つい」

「安心?」




 怪訝けげんそうな瞳を向けてくる佐久間に、俺は満面の笑みを向けてやった。




「いやはや、お前の口からその言葉が聞けて本当に良かったよ。これで」




 そう、これで――




「――心置きなく、全力でテメェをぶっ飛ばすことが出来る」

「……お前さ、自分の置かれている状況、分かってる?」




 佐久間のクソ野郎がスッ! と片手を上げると、俺たちの周りを囲んでいた野郎共がニヤニヤ♪ といやらしい笑みを浮かべて拳を構えた。




「10対2。卑怯だなんて言わないでよ? 喧嘩を売って来たのはソッチなんだから」

「……なぁ、よこたん? 俺がこんな最低な奴らに負けると思うか?」

「~~~~ッ、思わない! ししょーは負けない! ししょーはこんな奴らになんかに、絶対に負けない!」

「その通りだ」




 ニヤッ! と俺が微笑むと、釣られて彼女もニパッ! と微笑んだ。


 ――覚悟が決まった。


 途端に身体の最奥からマグマのように熱い『ナニカ』が湧き上がる。


 ソレは膨大なエネルギーの奔流となって、火花を散らしながら悪魔的速度で全身へと行き渡っていく。


 そのエネルギーを喰らい、火がいたように猛り狂い出す細胞を意志の力で何とか統制する。


 敵は10人、しかも鍛錬を積んだ武芸者だ。


 普通なら逃げるところだろうが……俺の中の『喧嘩狼』が首を振っている。


『大丈夫だ』と。


『問題ない』と。


 あぁ、まったくもってその通りだ。


 敵は10人、救うは1人。


 果たす力は――ココにあるっ!




「来いよ、三下。格の違いを見せてやる」

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