目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

エピローグ 恋する天気図

「――ん?」

「ゲッ!?」

「あっ! ししょーっ!」




 謹慎も終わり、桜の花びらも完全に姿を消し、代わりに新緑が芽吹き始めた4月の下旬。


 久しぶりの学校に胸を躍らせた俺は、30分早く家を出ると、偶然学校へと続く坂道で双子姫に遭遇した。




「こほんっ。おはようございます、大神くん」

「おい『ゲッ』って何だよ? 『ゲッ』って」

「はて? 何のことですか?」

「……相変わらず見事な変わり身の早さで」

「お褒めにあずかり光栄です」




 褒めてねぇよ。


 チラホラと他の生徒が登校している手前、いつもの優等生の仮面を被る古羊。


 まあコイツはこれ位のふてぶてしさが丁度いいか。




「おはよ、ししょーっ! 昨日で謹慎が終わったんだね」

「おう、今日から復学だ。心配してくれてありがとな」




 俺はジトッとした瞳を古羊の隣に向け、




「まぁ誰かさんは心配どころか見舞いにすら来なかったけどな!」

「う、うぐっ!? だ、だって……どんな顔して会えばいいか分からなかったんだもん」

「はぁ? なに? 聞こえねぇよ?」

「な、なんでもないっ! ……です、よ? ……うぅっ!」




 ボッ!? と頬を赤く染め首を左右に振る古羊。


 何気にコイツが普通に恥ずかしがるところを初めて見たかもしれない。


 予想外の返しに、こっちも何も言えなくなってしまう。




「こほんっ。そ、それよりも? もう出所したんですか、大神くん? お勤めご苦労さまです。どうですか? シャバの空気は美味いですか?」

「あぁ、もう最高だね」

「も、もうっ!? そんなコト言っちゃダメだよ、メイちゃんっ!」




 ぷんすこっ! と怒る妹に流石にバツが悪くなったのか、古羊はどこか誤魔化すように視線を明後日の方へと流す。


 そんな実姉と入れ替わるように、よこたんが嬉しそうに声を弾ませた。




「またししょーと一緒に学校へ行けるなんて、ボク、嬉しいよ!」

「おいおい? なんだ、お前? 可愛さの擬人化か? 結婚するか? おっ?」

「けっこ!? いや!? その!? あの!? あばばばばばばばっ!?」

「ウハハハハハッ! 冗談、冗談ッ! マイケル・ジョーダンだってばよ! 本当にお前は良いリアクションをしてくれる奴だなぁ! なぁ古羊よ?」

「……そうね。相変わらず見せつけるようにイチャイチャして、ほんとお熱いことで」

「いやイチャイチャなんて……えっ!?」




 古羊の冷たい返事に、思わずビックリして見返してしまう。


 今のは素の声じゃなかったか?


 見ると古羊も自分の出した声にビックリしたのか、口もとを押さえて驚いたように目を見開いていた。


 どうやら無意識に口が動いてしまったらしい。


 理性の化け物であるコイツが人前で一瞬だけでも素の表情を見せるとは珍しい。


 もしかしたら今日は季節外れの雪でも降るんじゃないだろうか?


 なんて失礼なことを考えていると、頬を真っ赤に染めた古羊があからさまに話題を変えるように口を開いた。




「と、ところでっ! そのぅ……」

「? なんだよ?」




 勢い込んで口を開いたはいいが、何故か途中でマゴマゴしてしまい、尻すぼみになっていく古羊。


 なんだか歯切れが悪そうだ。


 珍しいな?


 いつもは快刀乱麻ばりにズバズバ言うクセに。


 顔もなんだか赤いっていうより、真っ赤っていうか……大丈夫かコイツ?




「あ、あの大神くん? 1つ、質問してもいいでしょうか?」

「うん? いいけど、勉強のことを聞かれても、おまえの方が頭良いんだから答えられないぞ?」

「大丈夫、絶対に大神くんが答えられる質問ですから」




 周りを見渡して、俺たちしか人がいないことを確認し終えると、古羊は口調を素に戻して尋ねてきた。




「洋子から佐久間くんとの一件について全部聞いたわ。それで、どうしても分からない事があって……」

「分からないこと?」

「そのぅ……佐久間くんがアタシのことをクズ呼ばわりして、大神くんが激怒した件のことよ」




 そこまで言われて俺の脳裏に佐久間との取引の一件がフラッシュバックしてくる。


 あぁ、あの胸糞わりぃ一件についてか。


 一体アレのナニが分からねぇんだよ? と古羊に視線で訴えると、我らが会長閣下はその濡れた紅玉のような瞳で俺を真っ直ぐ射抜きながら、その蕾のような唇を動かした。




「どうして『あの日』……アタシのことをそんな風にかばってくれたの? もしかしたらアタシ、佐久間くんの言っていた通り、本当は……嫌な奴かもしれないじゃない?」

「それはねぇな」




 間髪入れずに否定していた。


 間髪入れずに否定した瞬間、古羊のキレイに整った眉が驚いたように跳ね上がった。




「な、なんで? どうして? そんなの分からないじゃない? 今だってアタシ、アンタに否定してほしいからワザとこんな風に言っているだけかもしれないし……」

「関係ねぇよ、そんなの」

「えっ?」




 その場で立ち止まってしまった古羊にしょうがなく合わせながら、自分の正直な気持ちを吐露とろしていく。




「いくらお前が否定しようがな、俺がそう思ったんだから仕方がねぇだろ。なんせ俺は自他共に認めるバカだからな。バカってこういうときアホほど強いんだぞ? いくら他人の意見を聞こうが、自分の意見を変えることなんざ滅多にしねぇ」

「大神くん……」

「確かにお前は俺が思った以上に腹黒で、思った以上に性格悪くて、思った以上に貧乳だけど」

「……おい」




 それでも、やっぱり俺は知っているんだ。




「思った以上に友達思いで、思った以上に頑張り屋さんで、思った通り――優しい女の子だよ」

「――ッ!?」




 瞬間、古羊の濡れた紅玉のような瞳に涙の膜が出来上がる。


 何事だ? と思って女神さまの顔を見ると、頬が桜色から徐々に赤く、首筋まで赤くなり、口を『あわあわっ!?』と開いたり閉じたりしていた。


 おぉ、よこたんっぽい!


 流石は姉妹、息ピッタリじゃないかっ!


 感心する俺を他所(よそ)に、古羊は何かに気がついたように両手で耳元を押さえ、




「な、なにコレ? なにコレッ!?」

「お、おぉっ? ど、どうした耳なんか塞(ふさ)いで? 大丈夫か?」

「メイちゃん? お顔が真っ赤だよ?」

「か……鐘が聞こえる」

「はぁ? 鐘ぇ~? まだ予鈴には早い時間のはずだけど? 聞こえたか、よこたん?」

「ううん、聞こえなかったけど……」




 ふるふると首を横に振るマイ☆エンジェル。


 とりあえず2人で校舎の方に耳を澄ませてみるが……やはり何も聞こえない。




「やっぱり何も聞こえないね?」

「だな。やっぱおまえの気のせいじゃねぇの?」

「ううん、聞こえる……。ドキドキ、ドキドキって! か、鐘が鳴ってるのぉ~っ!」




 グルグルと目を回し、慌てて左の胸を押さえる古羊。


 ほんとに一体どうしたのだろうか?


 もしかしてパッドに何か異変が起きたっていう、古羊なりの暗号か?




「な、なにコレ? なんで鐘がっ!? 体の奥から聞こえて――えっ? えぇぇぇぇぇ――ッッ!?」




 古羊は俺の顔を見るなり、大げさに驚き、その場で尻もちをついてうずくまった。


 その反応は俺に失礼ではなかろうか?


 生まれたての小鹿のように全身をプルプルと震わせる古羊。


 どうやら立てないらしい。


 俺は古羊に手を差し伸べ、




「何やってんだよ? ほれ、掴まれ」

「あ、あばばばばば――――ッッ!?」




 数秒前の妹よろしく、口をパクパクさせる。古羊は混乱している!


 その姿を見てなにを思ったのか、某少年探偵よろしく『まさかっ!?』といった表情を浮かべるマイ☆エンジェル。




「メ、メイちゃん、もしかして……」




 と、青い顔を浮かべる爆乳わん娘の様子も気になったが、それよりも先に、古羊が俺の方へ人差し指を向け、




「こ、この人!? 鐘が『この人』って!」

「こ、古羊?」

「……お」

「『おっ?』」




 古羊は勢いよくその場でスクッと立ち上がると、クルリと校舎から背を向け、




「お、お、おっ! おうち帰るぅぅぅ――ッッ!!」

「ちょっ、待て!? 古羊ぃぃぃィィィ――ッ!?」




 全速力で来た道を逆走しはじめる会長閣下。


 ぱぴゅーん! と、音が聞こえてきそうなくらいあっという間に坂を駆け下りて行く。


 いやいや、学校はどうすんだアイツッ!?




「た、大変だ、よこたん! 生徒会長が学校を目前にバックれやがった! 急いで追いかける……なんだ、その目はっ!?」

「……つーんっ!」




 ジトッとどこか俺を責めるような、湿った視線が肌に刺さる。


 ついさっきまでご機嫌だったのに、今は明らかに不機嫌なご様子で頬を膨らませる爆乳わん娘。


 よこたんはプイッ! と俺から顔を逸らすと、スタスタと校舎の方へと足を進め――ちょっと待て!?




「ふんっ。乙女心を弄ぶししょーなんか知らないもん!」

「待て待て!? なに1人で学校へ行こうとしてんだ! はやく古羊を追いかけるぞ!」

「つーん。知らないもん……ししょーのバカ」

「なんでだっ!?」




 結局、プリプリと怒ったまま俺を置いて勝手に校舎の中へと消えていくマイ☆エンジェル。


 お、女心は複雑怪奇。


 もう感情の振れ幅がジェットコースターじゃん……。


 とか考えてる場合じゃねぇ!


 俺は慌てて会長の背中を追いかけるべく、身をひるがえした。




「待て古羊っ! って、足はやっ!?」

「つ、ついてこないでぇぇぇぇ――ッッ!?」




 登校している生徒達の中央を悲鳴をあげながら全力で駆け下りて行く古羊。


 みな「何事だっ!?」と驚き、おののいている。


 いやほんと、迷惑かけてスミマセンッ!




「止まれ古羊、古羊ぃぃぃぃぃぃぃ――ッッ!?」

「今はホントに無理だからぁぁぁぁ――ッッ!!」




 爽やかな早朝、半狂乱の男女の悲鳴が青空へと吸い込まれるように消えていく。


 あぁ、今日もいい天気だ。


 そんな場違いなことを考えながら、俺は坂道を下り始める。


 頭の上では、季節外れの桜の花びらが気持ち良さそうに舞っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?