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第2部 聖なる愚か者の行進

プロローグ ママン、来日

 ――なぜこんなことになってしまったのだろう?


 何度も何度も自問自答を繰り返すが、一向いっこうに答えが出てこない。




「――ろう、シロウ? 聞いてんのか? おい、シロウッ!」

「ハッ!?」




 大神家のリビングにて正座していた俺の頭上から、女性の不機嫌な声が降ってきた。


 その本能的に恐怖を覚える声音に、思考の海を漂っていた意識が強制的に現実世界へと引きずり戻される。




「そ、そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ母ちゃん!」




 俺は目の前で仁王立ちしながらコチラを見下ろしている我が家のビックボスこと大神おおかみ蓮季はすきママ上の声にビクビクしながら応じてみせた。




「チッ、聞こえているなら早く返事をしろ。このウスノロがぁ」




 イライラした様子で軽く舌打ちをしてみせる我が母上。


 約1年ぶりの我が子との会話なのに、どういうワケか母ちゃんの声音からは俺への殺意しか感じられない。


 なんせ再会してからの第一声が「おいっ」である。


 一瞬ヤーさんが我が家にカチコミに来たのかと錯覚しちゃったくらいだ。


 ねぇ、どういうことなの?


 久々に顔を見せる愛する息子への第一声は普通だったら『元気だったか?』とか『風邪とか引いてないか?』とか、そういう温かいモノじゃないの?


 もはや人類が用意した最終ヒト型決戦兵器にしか見えないよマミー……。




「シロウ、貴様また変なことを考えているな? シバくぞ?」

「ッ!? か、考えてない! 全然考えてないっ! もう寝ても覚めても母ちゃんのことしか考えてないから! だから安心してくれマイ・マザーッ!」

「……テメェ、マザコンか? 気持ちワリィなぁ、シバくぞ?」

「ねぇママン、オブラートって言葉知ってる? 言葉のナイフが思春期の息子を傷つけてるよ?」




 ぜひウチの母ちゃんには『オブラート』という言葉を辞書で調べて100回書き取りしてきて貰いたいところだ。


 なんて考えていると「そんなことはどうでもいいんだよ」と切り捨てられた。




「それよりもシロウ。テメェ、出張に行く前にしたお母ちゃんとの【3つの約束】……覚えてるよなぁ?」

「さ、さぁ?」

「お母ちゃんは悲しいです……我が家から1人家族が居なくなるのは」

「サー・イエッサーと言いたかったんです! はい!」

「それを言うならイエス・マムだ、このバカたれが」




 世界広しと言えど、自分の息子を抹殺デリートしようとする母親はウチくらいのものだろう。


 母ちゃんは不機嫌さを隠すことなく「なら、答えを言ってみろ。このウスノロがぁ」とせっつく。


 もちろんなんで母ちゃんが出張を切り上げて帰って来たかなんてまったく見当もついていないのに、答えることなんて出来るわけもなく、




(助けて、姉ちゃん! マイ・シスターッ!)




 俺の隣で同じく正座待機している偉大なる姉上に視線を向け……チクショウ!


 このアマ、俺と目を合わせようともしねぇ!?


 おい、こっち見ろ!? 


 プイッ! じゃねぇんだよ。


 可愛くないぞ、アバズレっ!




「ほら、はやく答えな」

「えっとぉ……」




 もはや信じられるのは己のみ。


 言葉を濁しながら、必死に脳細胞を活性化させる。


 が、やはり何の見当もつかない。


 くそったれめ!?


 これが『最近人気のセクシー女優はだぁ~れだ♪』とかなら、あまりの問題の簡単さにスーパーひとしくん人形をベッドしている所なのに!?


 現実とは何と非情で、モブに厳しい世界なのだろうか?




「はい、10、9、8――」




 母ちゃんの薄汚ねぇ口から無慈悲のカウントダウンがスタートしたのと同時に、俺は死の直前に見るという走馬灯のような速さで、今日一日の出来事を思い返し始めた。

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