人によっては徳島阿波踊りの最終日並みにテンションがハジけにハジけまくる、ゴールデン・ウィークが
桜の花びらが完全に姿を消し、新緑の芽吹きと共に、爽やかな風が森実の町を駆け抜けていく今日この頃。
俺、大神士狼は――
「はぁ? 下着泥棒ぅ?」
――今日も今日とて、放課後、生徒会室で『双子姫』のふっかける無理難題を解決する日々を送っていた。
「えぇ、そうよ。アンタも聞いたことあるでしょ? 今、この近辺で若い女性ばかりの家を狙って下着を盗むクソ野郎がいるって」
生徒会長の席でふんぞり返りながら、不愉快そうにそう口を開くのはご存じ、我らが生徒会長にして森実が誇る美人姉妹『双子姫』の姉の方、古羊芽衣さまだ。
絹のように細い亜麻色の髪に、濡れた紅玉のような真っ赤な瞳。
生まれる時代が違えば『傾国の美女』になっていたであろう、絶世の美貌を持った美少女だ。
「クソ野郎って……口が悪いですわよ、お嬢様?」
「いいでしょ、別に。ここにはアンタと洋子しか居ないんだから」
そう言って
もうお分かりいただいているとは思うが、この女、普段は完全無欠の生徒会長という仮面を被ってはいるが、本性はズボラで短気な上、ちっぱいを超パッドで底上げしている悪魔のような女なのだ。
「相変わらず、性格とおっぱいを詐称しているペタン師――」
「あぁん?」
「ごめん、ペテン師だったわ。謝るんで、その手に持ったシャーペンを下ろしてください、お願いします」
心臓の弱いお爺ちゃんだったら、1発で昇天できそうな鋭い視線で俺を睨み、シャーペンの先をこちらに向けてくる古羊。
ふぇぇ~…仮にも同級生に向ける瞳じゃないよぉ~。
「次に同じ間違いをしたら、殺す。絶対に殺す……ぶっ殺す」
「りょ、了解……」
「ふぅ」と短く息を吐き捨てると同時に、持っていたシャーペン胸ポケットにしまう古羊。
必然的に俺の視線は古羊の偽おっぱいへと向かった。
そこには冬服を押し上げるように彼女の豊かな胸元が、呼吸に合わせて上下していた。
いやぁ……それにしても、何度見ても見事な富士山だよなぁ。
これが瀬戸内海もビックリの水平線に変わろうとは、誰が想像できようか?
「胸ばっかり見てんじゃないわよ。コロスゾッ?」
「す、すいません……」
殺人鬼のような目で睨みつけられる俺。
一体俺は、今日何回彼女に殺害予告を口にされるのだろうか?
「まぁまぁ、メイちゃん。落ち着いてよ? ししょーのデリカシーの無さは今に始まった事じゃないし、ね?」
そう言って、やんわりと俺のフォローに入ってくれた同じく亜麻色の髪をした美少女の名前は古羊洋子。
『双子姫』の妹にして、俺と同じ生徒会庶務。
そして古羊のハリボテおっぱいの秘密を知る、もう1人の協力者だ。
引っ込み思案……のくせに身体の一部分だけは全然引っ込んでいない、とんでもない巨乳を持った女の子だ。
そのパイパイの凄まじさは第二ボタンが『もうらめぇ~っ!?』と悲鳴をあげているほどだ。
……まったく、ディフェンスに定評のある森実高校の制服でなければ今頃、銀河の彼方へ弾け飛んでいるところだぞ?
「どこを見てるの、ししょー?」
「うん? なにも?」
「チッ……。洋子の胸ばかり見てんじゃないわよ、このスケベ」
「ふぇっ!?」
「おいおい? 紳士の俺が、そんな事をするワケがないだろう?」
古羊の言葉に笑顔でそう返しながら、さっと頬を赤らめるよこたんの富士山から目を逸らす。
ったく、人をおっぱい星人みたいに扱わないでほしいね。
紳士と言えば俺、俺と言えば英国紳士、英国紳士と言えばレ●トン先生だろ?
……いや俺、関係ねえじゃん。
「そんな事よりも、下着泥棒の件について教えてくれよ?」
「あっ、うん。えっとね、今話題の下着泥棒さんなんだけどね? 実はウチの学校の女子生徒も、結構な人数被害に遭ってるんだよ。しかもね? それだけじゃなくてね……その……」
「あぁ、なるほど。そういうことか」
俺はよこたんが何を言いたいのか理解し、その言葉を継ぐように口をひらいた。
「つまりまた古羊の胸パッドが盗まれたんだろ? って、あれ? ということは、その胸の
「離して洋子! じゃなきゃ、あのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? バッドはマズイ、バッドはマズイよ!?」
一体どこから取り出したのか、木製バッドを振りかぶり、俺の頭でティーバッティングを試みようとする古羊。
そんな姉の細いウェストに抱き着いて、慌てて
おっとぉ?
これはもしかしなくても、俺、死んだか?
「大丈夫、1回だけっ! 1回だけだから!」
「い、1回も何も、そんなことをしたら、ししょーが死んじゃうよ!? あ、謝ってししょーっ! はやくメイちゃんに謝って!?」
「す、すまん古羊! 別にバカにするつもりはなかったんだ! ただパッドが盗まれたのに、何でいつも通り『おっぱい』が盛ってあるんだろうと思って、つい……」
「はい殺す。絶対殺す……ぶっ殺す!」
「ひぃぃぃっ!?!?」
「デリカシーっ!? ししょーにはデリカシーがないのっ!? もうっ!」
「スンマセンッ!」
よこたんに謝りながら、彼女と一緒に荒神と化した古羊を宥めること10分。
ようやく落ち着きを取り戻した古羊が、俺を5回は殺せそうなほどの怒気を発しながら「チッ……」と短く舌打ちを溢した。
ふぇぇ、胃に穴が開きそうだよぅ……。
「……盗まれたのは予備のパッドよ」
「あぁっ! あの普段用パッドがトラブったときの保険用パッドか。なんだ、メイン・ウェポンは無事だったんだな。良かったじゃん」
「よかないわよっ! こちとらまた身体の一部をもぎ取られたのよ!? クソッたれがッ!」
相変わらずパッドを「体の一部」と言い切ってしまうあたり、彼女のパッドへの並々ならぬ執念を感じる。
それにしてもチミの胸パッド、よく盗まれるね?
もうプチ旅行感覚で盗まれてんじゃん?
前世はピ●チ姫か何かだった?
「この世は等価交換で成り立っているわ。ヤツの心臓を
「汚ねぇ人体錬成だ……」
パッドの錬金術師と化した古羊が、ギリギリと奥歯を噛みしめる。
気づいて会長?
「というかさ? なんでまた、おまえの胸パッドが盗まれてんだよ? 管理どうなってんの?」
「ち、違うんだよ、ししょー。あの日はたまたま生徒会で帰りが遅くなっちゃって、洗濯物を干しっぱなしにしていたのが悪かったんだよ。家に帰ったら、ボクたちの下着が全部無くなってて……その中にメイちゃんのパッドさんも」
「な~る。そういうことね」
よこたんの補足説明で、ようやく事態を正しく飲みこめてきた俺は、改めて古羊と向き直った。
「要はアレだろ? 下着泥棒を捕まえたいから、俺も協力しろってことだろ?」
「違うわ」
「えっ、違うの?」
古羊はどこまでも澄んだ曇りなき
「下着泥棒を捕まえたうえで、パッドを盗んだ犯人を血祭りにあげたいの」
「もう発想がアマゾネスで、発言が殺し屋なんだよなぁ」
相変わらず
「さぁ大神くんっ! 一緒にクソ野郎をぶっ殺しに行きましょう?」
「そんな駄菓子屋へ行く感覚で殺人を
笑顔で殺人教唆してくるクラスメイトを尻目に、俺は少しだけ
う~ん?
流石にもう危ないことはして欲しくないし、ここは穏便に済むように話を誘導していくか。
「なぁ古羊。今回は素直に警察に任せようぜ?」
「ふざけんじゃないわよっ!? こちとら乙女心を
「気づいて古羊さん、ソレはきっと乙女心じゃない」
おそらくソレは、乙女心という名の皮を被った悪魔の
犬歯どころか
もうこの時点で乙女じゃない。
乙女の概念がゲシュタルト崩壊しかけていると、よこたんまでもが縋るような視線で俺を見上げてきた。
「お願い、ししょー。みんなのためにも、下着泥棒さんを捕まえるのを手伝って?」
「んんん~……」
「お願い……」
よこたんの蒼色の瞳が大きく揺れる。
その顔は不安でいっぱいといった様子で……ハァ。
「分かったよ。手伝う、手伝うよ」
「あ、ありがとう、ししょーっ!」
「……イチャついてんじゃないわよ」
何故か古羊に睨まれた。
えぇ~……納得いかないんですけど?
古羊は「い、イチャっ!?」と顏を真っ赤にする自分の妹を一瞥しながら、ガサゴソと鞄を漁りはじめた。
「まぁいいわ。それじゃ2人とも、まずはコレを見てちょうだい」
そう言って古羊は、鞄から1枚の紙切れを取り出してみせた。
ん?
なんだコレ?
取り出された紙切れをよく見るべく、よこたんと共に近づくと、これまた古羊に睨まれた。
「ちょっとアンタ、洋子と近すぎない?
「バカにすんなよ? それくらい知ってるわ。アレだろ? 1980年12月3日、秋田県横手市生まれの本名『
「それは
「ししょー、なんでそんなに詳しいの?」
何故か不機嫌そうにシラッとした目つきで妹ちゃんに睨まれる。
おいおい、おかしな事を言う奴だなぁ?
壇蜜さんのプロフィールなんて、義務教育で習うだろ普通?
逆に聞くけど、義務教育で一体ナニを勉強してきたんだ、おまえは?
とツッコミたい気持ちを我慢して、俺とよこたんは、古羊が取り出したその紙切れに視線を落とし、ギョッ!? と目を見開いた。
「うわっ!? な、なにこれメイちゃん? なんだかビッシリと文字が書きこまれているみたいだけど……」
「これはアタシがこの1週間独自に調査して搾りだした犯人の出現ポイントと、好みの下着の柄を記したレポートよ!」
「お、おいおいマジかよ。盗まれた下着の色からメーカーの種類まで、めちゃくちゃ詳細に書かれてるぞ……努力の方向オンチかコイツ?」
こんなことしているヒマがあるなら、英単語の1つでも覚えればいいのに……。
「メイちゃん……1人でコソコソ何をやっているのかと思ったら、こんなことをしてたんだね」
「なるほど。変態は変態を知る、か」
「窓から放り捨てるぞ、キサマ?」
とくに理由の無い殺意が俺を襲うっ!
「いい2人とも? 基本犯人はランダムエンカウント制で、どこかの森の電気ネズミよりも出現率は低いわ。でも『とあるパンツ』を用意することによって、その出現率は100パーセントになることが調査の結果わかったの」
「さ、さすがはメイちゃんだよっ! こんなに細かく分析してるなんてっ!?」
「なんかどこかのゲームみたいだよな……?」
必ず犯人を血祭りにあげる、その執念のみで突き動いている。
さすがは森実高校が誇る
変態より変態している我らが生徒会長に、もはや尊敬を通り越してドン引きである。
流石の俺も通報1歩手前だったね!
「それで? その犯人が執着するというパンツってのはどんなパンツなんだよ?」
「それは……コレよ!」
そう言ってポケットから取り出したのは、水色の縞々模様が目に眩しい、ストライプ型のショーツであった。
「綿95%、ポリエステル5%の水色のストライプ! これこそヤツが必ず食いつく究極のパンツよ!」
「って、それボクのパンツだよメイちゃん!? なんで持ってきてるの!?」
ボッ! と瞬間湯沸かし器よろしく一瞬で顔を真っ赤に染めたよこたんが、ひったくりのように姉の手から自分のパンツを取り返そうとする。
が、もともとの運動能力に差があるのか、古羊は妹の追撃を蝶のようにクルリと避けた。
「我慢しなさい洋子。大事の前の小事って言うでしょ。大義を見失っちゃダメよ」
「大義を見失ってるのはメイちゃんだよぅ……。ボクのじゃなくて、自分のパンツでやってよぅ……」
「あの変態にアタシのパンツを触らせろっていうの!? 酷いわ、洋子! お姉ちゃんのパンツがどうなってもいいっていうの!?」
「なら妹のパンツはどうなってもいいっていうの!?」
よこたんは頑張ってパンツを取り返そうとするが、古羊はマタドールのように簡単なステップだけで躱し続ける。
もはや半分泣きが入っているよこたんを華麗に無視しながら、古羊は今回の作戦の概要を口にしはじめた。
「これをアタシたちが住んでいるマンションの中庭に設置するわ。そして犯人がきたところを全員で血祭りにあげるわよ!」
今日、俺が見てきた中で一番の笑顔を浮かべる
うわぁ、すっごいイキイキしてるやぁ。
正直、関わりたくないなぁ……。
春の妖精のような笑みを
ふむ、水色の
「うぅ……ししょーに見られた。もうお婿にいけない……」
「それを言うならお嫁じゃねぇの?」
涙目でプルプルと震えるよこたんの肩にポンッ! と手をかける。
しょうがねぇ、可愛い1番弟子のためにフォローでも入れといてやるか。
「よこたん」
「うぅ……なに、ししょーっ?」
「ナイス・ストライプ♪」
「だからデリカシーっ!? デリカシーが無いの、ししょーっ!?」
信じられないよっ!? と握手を求めに行ったのに、何故か
怒っても可愛いなコイツ?
肩揉んでやろうか?
そんな俺たちのやり取りを切り裂くように、古羊の拳が元気いっぱいに天に突き上げられた。
「さぁ2人とも、我が家に帰って準備するわよ! 大丈夫、泥船に乗ったつもりでドーンと構えてなさい!」
「……メイちゃん、それ沈没しちゃうよ?」
「誰か沈む以外の選択肢を俺にください……」
こうして哀れなお供2人は、ワガママ生徒会長の願いを叶えるために、今日も今日とてサービス残業に身を投じるのであった。