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第2話 僕は女友達が少ない

 森実高校を出発して4時間と少し。


 時刻は露出魔たちのゴールデンタイムである午後8時ジャスト。


 俺は高級住宅地にある双子姫が住んでいるバカデカいマンションの隅っこで、ちょこんとい茂っている草むらにて、息を殺して身を潜めていた。




「ほ、ほんとに来るのかなぁ? 下着ドロボウさん?」

「コラ、気を抜くんじゃないわよ洋子。相手はその道のプロフェッショナルよ? 一瞬の油断が命取りだと思いなさい?」

「う、うん」

「すげぇヤル気だな、古羊?」

「当然よ」




 俺の右隣でヤル気スイッチというかる気スイッチがONになっているのか、鼻息を荒くしながら変態が現れるのを今か今かと待ちわびている変態……もとい古羊芽衣さま。


 そして俺を挟んで逆側に陣取っているのは、もちろん『おっぱい』――違う、古羊洋子その人である。


 2人は小声で軽口を言い合いながらも、視線だけはずっと前を向いている。


 釣られて俺も視線をあげると、そこにはもちろん爆乳わんの洗濯済みパンツが堂々と吊るされていた。




「うぅ……っ!? あまりジロジロ見ないでよ、ししょー……」

「そんなこと言われても、見ないワケにはいかねぇだろ?」

「そ、そうだけどぉ……。うぅぅぅ~」




 左隣ひだりとなりで身を潜めるマイ☆エンジェルが、落ち着かないとばかりにモジモジと自分の股を擦り合わせる。


 その仕草はなんとも扇情的せんじょうてきで……おいおい?


 俺を誘ってんのかぁ!?


 我、夜戦に突入するかぁ!?


 そんな無自覚エロティックなよこたんに、自然と視線が吸い込まれデデデデデッ!?




「イダダダダダッ!? ちょっ、古羊っ!? 脇腹つねるなって! イテェだろうが!?」

「……鼻の下が伸びてる。同級生の下着見て興奮するとか、普通にキモいから。いや、マジで」

「ちょっと? 誰のために今、頑張っていると思っているわけ? 理不尽過ぎるわ……」

「知るかバカ!」




 ふんっ! と小さく鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまう古羊。


 なんだ、この女は……?


 なんで急に怒ったんだよ?


 自律神経失調症か?


 ご機嫌ナナメな会長閣下は、よこたんを横目で確認しながら歴戦の猛者のようなきびしい顔つきで妹を睨みつつ、ハッキリと口をひらいた。




「洋子も洋子よ。しっかりしなさいっ! もうここは戦場なのよ? 遊び気分なら帰りなさい!」

「メイちゃん……ここがボクの帰る場所我が家なんだけど……?」

「さすがは洋子ね! 戦場が帰る場所とはよく言ったわ! それでこそアタシの妹よっ!」

「いや、そういう意味じゃ無くてね? ……助けて、ししょ~!?」

「諦めろ、コイツはそういう女だ」




 そんなぁ、と悲しげな声をあげる妹ちゃん。


 相変わらず男の嗜虐心を逆撫でするような女だ。


 ついついイジリたくなってしまう。


 そんな気持ちをグッと抑え込みながら、息を殺して中庭に設置されたパンツを見守り続ける。


 パンツはまるで「盗んでくれ!」と言わんばかりに、頼りなさげにユラユラと揺れていた。




「なぁ古羊。さすがにコレはあからさま過ぎねぇか? 絶対に泥棒も罠があるって気づいちまうぜ?」

「大丈夫よ、奴は生粋きっすいの変態。例えこの場所に地雷が埋まっていようが、そこにパンツがあるならば必ずやってくる。ヤツはそういう男よ」

「ねぇ、なんなの? その無駄な信頼感は?」




 古羊と下着泥棒の間で、妙な信頼関係が生まれていた。




「ハァ……夏休みまで残り3カ月しかねぇのに、こんな所で俺は一体ナニをしているんだ?」

「どうしたの、ししょー? 夏休みに何かあるの?」

「逆に何も無いから焦ってんだよ……」

「???」




 思わずこぼれ出た魂のため息に、すかさず爆乳わん娘が反応する。


 意味が分からない、と言わんばかりに小首を傾げる妹ちゃん。


 そんなマイ☆エンジェルに向かって、俺はポツリと呟いた。




「……彼女が欲しい。もう1度言おう、彼女が欲しいっ!」

「大事なことだから2回言ったのかしら?」

「えっ? か、彼女さん? そ、それって……こ、恋人が欲しいって意味だよね? ししょー、恋人が欲しいの?」




 何故か頬を赤らめながら、チラチラと確認するように俺を見てくるラブリー☆マイエンジェルよこたん。


 そんな爆乳わん娘の言葉に「うん……」と力なく頷くと、古羊が心底興味なさそうに、その桜の蕾のような唇を動かした。




「別に焦って作らなくてもいいんじゃないの? アタシたち、まだ高校2年生なんだし」

「バカ野郎っ! 『まだ2年生』じゃねぇ、『もう2年生』なんだよっ!」

「えっと……何が違うの?」




 よこたんは、そのキレイに整った眉根を寄せ『はて?』と首を捻る。


 チクショウ、可愛いじゃねぇか……靴を舐めてやろうか?


 妙な敗北感を覚えながら、ポケェとした表情を浮かべる妹ちゃんに俺は懇切丁寧に説明してやった。




「来年の今頃はよぉ、進路や就職やらで、俺たち恋愛どころじゃなくなるだろ?」

「う、うん」

「まあ確かにそうね」

「かといって、このまま何も行動を起こさなければ……それはそれでモテない男たちにとっては鬼門と呼ばれている夏休みが到来し、半ば強制的に俺の青春はTHE・ENDだ」




 その瞬間、2人は打ち合わせでもしていたかのように「あぁ~」と声を揃えた。




「確かに男の子にとって夏休みは結構重要よね。なんせ気になる女の子が夏休み中に自分の知らないところで彼氏作って、2学期の頭には死ぬほど後悔したりとか」

「あああぁぁぁぁ――ッ!? やめて、やめて!? 去年の夏を思いだすからマジでやめて、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!?」




 底意地の悪い笑みを浮かべる古羊の真横で、聖水をぶっかけられた悪魔のように頭を抱えて苦しみだす。


 ついでにクネクネと身体をねじって、少しでも精神の痛みを和らげようと努力してみる。


 しかし、そんな俺の努力も虚しく、よこたんが怒涛の追撃を開始し始めたっ!




「メイちゃんの言う通り、夏休み明けに彼氏さんを作ってる女の子って結構いるよね」

「でしょでしょ? 清純そうだった子が、2学期には彼氏の影響で髪を染めてきたりとかザラでしょ、ザラ」

「うんうん。彼氏さん好みの女の子になりたくて、イメチェンしてくる子は多いよね」

「ねぇ? 2人は俺の心の地雷処理班か何かなの?」




 的確にトラウマを掘り返していくそのスタイル。


 俺じゃなきゃ、心が壊れているところだね!


 まったく、なんて恐ろしい双子なんだ。


 カサブタどころか、まだぬめっている人の古傷に喜々として塩を塗りたくるなんて、ほんとに同じ人間か?


 あまりにも丁寧に塩を塗りこんでくるもんだから、このまま漬物にされちゃうんじゃねぇの? って錯覚しちゃったくらいだよ!




「なるほどねぇ~、そりゃ健全な男の子なら焦っちゃうわよねぇ」

「あ、焦っているってことはさっ!」




 納得したような声をあげる姉とは対称的に、妹ちゃんは何故かズイッ! と俺の方へ身を寄せながら上ずった声をあげた。




「そ、そのっ! も、もしかしてだけどね、ししょー?」

「うん? どったよ?」

「い、今、気になっている女の子とか、その……す、好きな子……とか、いる、の?」

「っ!」




 伏し目がちに尋ねてくるよこたんの言葉に、何故か古羊の身体がピクリと跳ねた。


 そのまま「興味ありませんよぉ」と澄ました顔で、囮のパンツに視線を向けるが、意識だけはこちらに向いているのがビンビンと伝わってくる。


 何がしたいんだ、この女は? 


 会長閣下の謎行動に内心首を傾げながら、俺はよこたんに向かってニヒルな笑みを浮かべてみせた。




「フッ、愚問だな。俺は学校中の女の子たち全員を気にしているし、愛しているぜ?」

「そ、そういう意味じゃなかったんだけどなぁ……」




 よこたんは「ほっ……」と息を吐き捨てながら、安堵したような、それでいて残念そうな声音で小さく頷いた。


 心なしか隣に陣取る古羊から発せられるプレッシャーも霧散したような気がする。


 そんな2人を放っておいて、俺は愚痴るようにため息をこぼした。




「あ~あ、彼女が無理だとしても、せめて夏休み前までには女友達の1人や2人できねぇかなぁ」

「「…………」」




 ――むぎゅぅぅぅぅ~~~っ!!




「イデッ!? イデデデデデデッ!? な、なんで2人して脇腹を抓るのっ!?」




 示し合わせたかのように急に不機嫌になった双子姫が、ぎゅぅぅぅ~っ! と万力の如き力で俺のわき腹の肉をつねりはじめる。


 苦痛のあまり身悶みもだえる俺に、無言でつねり続ける2人。


 いや何か喋れや!?


 普通に怖ぇよ!

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