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第14話 お隣のラブリー☆マイエンジェルが俺の恋路を邪魔してくる件について

「――ま、まさかここまで酷いとは思わなかったわ」

「返す言葉もありません……」




 古羊とのテスト勉強が始まって1時間後のリビングにある机にて。


 こめかみを押さえながら苦しげにつぶやく古羊と、小動物よろしく膝を抱える俺の姿がそこにはあった。


 もちろん机の上には、開きっぱなしになっている数学の教科書と、俺の努力の跡が散乱さんらんしている。




「ねぇ大神くん、純粋な疑問なんだけどね? アンタどうやってこの学校に入学したわけ? 、裏口入学?」

「あのときは共学の高校へ行きたいがために、人生で1番勉強を頑張ってたからなぁ……」




 ほんと中学までの俺は、その穢れを知らない純粋さゆえに『高校に上がれば彼女が出来る!』という迷信をマジで信じてたくらいだからなぁ。


 マジであの頃の自分に言ってやりたいと。


 高校で彼女が出来る訳がない――大学に上がれば彼女は出来るけどな!




「そもそも、この『点P』っていうヤツがダメなんだよ! なんでコイツは鈍感ラブコメ主人公のように、アッチへフラフラ、コッチへフラフラするんだよ? 意味わかんねぇよっ! しっかり大地を踏みしめてその場に居ろよ! おまえには自分というものがないのか? 恥を知れ!」

「はいはい、文句を言ってないで1つでも多く問題を解きましょうねぇ」

「うぅ……」




 小さく唸り声をあげながら、再び数学の教科書をにらめっこする。


 チクショウ……微分積分二次関数ってなんだよ? なんの呪文だよ?


 生きていくうえで絶対に必要ないよね コレ?




「いい大神くん? 数学は暗記よ。答えに至るまでの手順を、何度も反復して覚えるの。疑問に思っちゃダメ。そういうものだと自分を納得させなさい」

「……あのさ、古羊ちゃん。さっきから、ちょ~~~~っっっと! 思う所があるんだけどさ?」

「あによ?」

「その……距離、近くない?」




 そう俺と古羊は現在、お互いの腕がベッタリとくっつくほど引っ付いていて、その……なんだ?


 少し顔を動かしただけでキス出来そうな距離なわけで……うん。


 ――集中できない。




「そう? 別にこれくらい普通じゃない?」




 とあっけらかんと答える古羊。


 おい?


 普通って答えるなら、なんで頬を染める貴様?


 コッチが恥ずかしくなるでしょうがっ!


 俺が少しだけ離れようと器用にお尻を動かして横にズレると、その分だけ古羊もズズイッ! と距離を詰めてくる。




「コラッ、なに勝手に離れようとしてんのよ?」

「いやだって、俺、今汗くせぇし……」

「別にアタシは気にしないわよ」




 いや俺が気にするんですよ、お嬢さん? 


 なんて反論しようとした俺の言葉は、スンスンと鼻を鳴らす古羊によって止められた。




「あぁ~、なるほど。確かにちょっと汗クサイかもねぇ」

「ちょっと古羊ちゃん? そんなことを言いながら、なんで身体をこっちに寄せてくるの? 言動が一致してなくない?」




 コテンッ……と俺の体に自分の体重を預けてくる古羊。


 剥き出しになった腕から、古羊の体温がじんわりと伝わってくる。


 そのまま俺の体温と混ざり合い、全身の感覚が鋭敏になっていくのが自分でも分かった。


 古羊は『とろんっ』とした声音で、イタズラでもする子どものように耳元でクスクスと笑いながら。




「ねぇ知ってる?」

「なに豆●バ?」

「この前、テレビでやってたんだけどね? 相手の匂いで、自分との相性がわかるんだってさ」

「なにソレ? 匂いフェチの番組?」




 ちがうわよ、と笑う古羊。


 どういうわけか今の古羊からは妖艶ようえんにも似た危ない色気が漂っていて、なんとなく部屋の雰囲気がピンク色になったような気がした。




「なんかねぇ? 人間も所詮しょせんは動物だから、本能的に相性のいい相手の匂いは『良く』感じるらしいんだってさ。なんでも優れた子孫を残すとか、色々理由があるんですって。ほんと不思議よねぇ~」

「ほほぅ? それはなかなかに興味深いトレビアですなぁ」

「でしょ?」




 にっ♪ と無邪気に笑う古羊。


 確かに面白いトレビアだ。


 面白いトレビアなんだけど……さ?


 なんで今、このタイミングで言うわけ?


 ちょっとやめろよ!?


 変に意識しちゃうだろうが!


 気がつくと心臓が搾乳機さくにゅうきにかけられたかのように、ドクドクと暴れ狂っていた。


 お、落ち着け俺のマイハートッ!


 素数を、素数を数えるんだ!


 自分の心臓の音が古羊に聞かれないかドキドキしていると、古羊の鼻先が俺の胸元あたりでまたヒクヒクし始めた。




「お、おいっ!?」

「大神くんの汗……イイ匂いがするわね、チクショウ」

「いや、なんでちょっと悔しそうなんだよ? というか、さっきは『汗臭い』って言ったばかりですよね、チミ……?」

「だから、それも含めてイイ匂いがするのよ」




 ゆっくりと古羊の指先が、大蛇のように俺の指へと絡まっていく。


 だ、ダメだ!?


 この雰囲気はマズい!


 1つ屋根の下、密室で男女が2人肩を寄せ合い、甘い雰囲気をかもし出す。


 ……うん。これがエロいビデオだったら、合体まで秒読みだ。


 な、なんとかしなければ! とは思うのだが、隣に座る古羊が、「大神くん……」なんて甘い声をだして、顔を近づけてくる始末でアバッ!? アババババババババッ!?




「大神くん……」

「こ、古羊……」




 あ、アカンっ!?


 これはアカンぞぉっ!?


 まるで万有引力が如く俺の顔が自然と古羊の方へと引っ張られてしまう。


 ……やっぱコイツ、イイ匂いしかしねぇや。


 髪の匂いも、汗の匂いも、吐息の匂いまでも。


 お互いの理性が、ギチギチと音を立てて千切ちぎれていくのが分かる。


 だんだんと2人の思考が動物へと逆戻りしかけていたそんなとき。




 ――ガチャッ♪




 何か重い扉のようなモノが開く音がした。




「ただいまぁ~。ごめんねメイちゃん? 買い出しリストが多くて、スーパーを梯子はしごしてたら時間がかかっちゃった。でもメイちゃん、1番最後のリストにあるこの『オリハルコン』ってなに? 店員さんに聞いても分からなかったから、買って帰らな……かっ、た? ……ほへっ?」

「「あっ」」




 俺と古羊の声が、自然とハモった。


 そこには無事、姉からの『おつかい』を終え、何も知らずに帰ってきた妹――よこたんの姿があった。


 ドサッ! と手に持っていた食材を床に落とし、大きく目を見開いて、その場に固まるマイ☆エンジェル。


 ヤッベ!?


 よこたんの存在を完全に忘れてたわっ!?




「よ、洋子? だ、大丈夫?」

「よ、よこたん? おーい?」

「……2人して腕なんか組んで、ナニしてるのかなぁ?」

「「ひぃっ!?」」




 ブゥンッ! と背景の景色が歪んでしまうほど、全身から怒気を放つよこたん。


 だというのに、瞳以外は満面の笑みを浮かべている始末だ。


 あ、アレ!?


 コイツこんなに怖かったっけ!?


 いつものほがらか雰囲気と違い、全身を刺すような空気が部屋中に充満していく。


 おそらくコイツのことだから、


 『テメェ? なにボクの大切なお姉ちゃんに、ちょっかいかけてるんだ? あぁん?』


 とか考えているに違いない。




「ち、違う! 違うぞ、よこたん! これは違うんだ!」




 浮気現場を押さえられた間男のように狼狽うろたえる俺。


 気がつくと、リビングが異様な緊張感に満ちた天下一武道会の控室ひかえしつみたいになっていた。




「違うって、何が違うの?」

「お、大神くん……」




 こんな妹の姿を見るのは、生まれて初めてだったのだろう。


 珍しく弱気な古羊が、ギュッ……と俺に抱きついてきた。


 その普段と違うギャップに、つい頬を緩んでしまう。


 ほほぅ、いいじゃないか?


 古羊が俺を頼りにしているのがヒシヒシと感じられて、少しいい気分だ。


 きっとこの窮地を脱した俺は、古羊に感謝され……。いや、このことがきっかけで俺たち2人の関係は、友情から真実の愛へと姿を変え、俺は結婚式に来場してきた奴らに面白おかしくこの事を語り、おおいにみなを笑わせるのではないか?


 それどころか『だから俺達のキューピットは、あのとき勘違いした……いや勘違いしてくれた、よこたんなんだ。本当に間違ってくれてありがとう!』と何気にユーモアに満ち溢れた、お涙ちょうだいの締めの言葉まで思い浮かんでくる始末だ。




「ししょー? 黙ってたら分からないよ?」




 俺が目蓋まぶたの裏側で古羊の……いや未来の我がマイワイフのウェディングドレス姿を思いえがいていると、珍しくイライラした様子で爆乳わん娘キューピットが口を挟んでくる。




「まぁまぁ。落ち着けよ、よこたん」




 コホンっ♪ とわざとらしく咳払いをした俺は、こちらには敵意はないとばかりに笑顔を浮かべてみせた。




「どうやら不幸な事故が重なってしまったがために、大いなる誤解が生まれてしまったようだな」

「誤解?」

「あぁ。聞いてくれ、よこたん」




 俺は密かに心の中で『ゼッタイ結婚式には呼んでやるからな!』と、つぶやきつつ――




「――ゼッタイ結婚式には呼んでやるからな!」




 と、言った。


 まさに心と体は一心同体!


 ……なんなの俺? バカなの? 死ぬの?




「そっか、そっかぁ。うんうん、よくわかったよぉ」

「いや待ってくれ! さっきのは言い間違いで――」

「正座」

「「……えっ?」」

「あれ? 聞こえなかった? 正座してって言ったの。ここで。今すぐに」




 その有無を言わさぬ物言いに、古羊と2人して生唾を飲み込んでしまう。


 あ、あの?


 君は本当に俺の知っている『古羊洋子』ちゃんかい?


 途中チェンジとかしてないかい?


 実はドッペルゲンガーとかじゃないよね?




「よ、洋子! ち、違うのよ! これには深い事情が!」

「メイちゃん。もう1度、言わせる気?」

「……正座、します」

「こ、古羊っ!?」




 う、嘘だろ!?


 あの傍若無人を地でいく悪魔のような女が、よこたんの言うことを素直に聞いただと!?


 よほど恐ろしかったのだろう。スマホのバイブモードのように、ガクガクと小刻みに震えている我らが会長殿。


 あの変態仮面を前にしてもビビらなかった女が、今は借りてきた猫のようにビクビクしている。


 その姿が信じられず、思わず2度見してしまう。


 い、いや……もう受け入れよう。


 これはそれほどまでの異常事態なんだ。




「ししょー……正座は?」




 逆らい難いプレッシャーを放つマイ☆エンジェル。


 だが俺はここでふと、ある事実に気がついた。


 別に俺はやましいことをしていたワケじゃないんだし、ここまで卑屈にならなくても良くないか?


 そうだ、そうだよっ!


 俺に非は無いんだから、ここは堂々としていればいいんだよっ!


 俺は爆乳わん娘の放つプレッシャーに負けないように、背筋をシャンと伸ばし、キリッ! とした表情で言ってやった。




「――はい、大神士狼、正座します!」

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