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第13話 やはり俺の試験勉強はまちがっている。

「いいこと大神くん? 今回は見逃してあげるけど、次に舐めた口を利いたら、そのチ●チンちょん切るからね?」

「はい。誠に申し訳ありませんでした……」

「ま、まぁまぁ。落ち着いて、メイちゃん? ししょーのデリカシーの無さは今に始まったことじゃないし、ね?」




 口の中が芳醇ほうじゅんな鉄の香りでいっぱいになった頃、ようやく俺の顔を太鼓に見立てて『フルボッコだドン♪』と拳という名のバチを振り下ろしていた古羊の腕が止まる。


 その瞳は日本が世界に誇る最強の陸上自衛隊【第一狂ってる団】こと第一空挺団くうていだんの精鋭たちのように狂気でいっぱいだった。


 相変わらずカタギとは思えない瞳だ。


 なにアレ?


 天帝の眼エ●ペラー・アイかな?


 俺が女神サマの発する覇王色にプルプル震えていると、




「あっ、そうだ」




 とワザとらしく古羊が両手をぽむっ! と叩いた。


 そのままポケットの中身をガサゴソと漁り、




「ごめん洋子。ちょっとお昼の買い出しに行って来てくれない? 多分食材が足りないだろうから。はいこれ、買ってくる物リストね」

「へっ? う、うん。わかったよ」

「おいおい? 流石に女の子1人じゃ荷物が重いだろうし、俺も手伝う――」

「アンタはコッチでアタシとテスト勉強」




 よこたんに着いて行こうとした俺の襟首を、犬のリードよろしくグイッ! と芽衣に引っ張られた。




「あと1週間で赤点回避して学年順位100位にならなきゃいけないんだから、遊んでるヒマなんかないわよ?」

「でもよぉ? 流石によこたん1人で買い出しに行かせるのは気が引けるぜ……」

「ボクは大丈夫だから。ししょーはメイちゃんと勉強してていいよ」

「う~ん、そうか? ……ならお言葉に甘えて。車には気を付けろよ?」

「うんっ! じゃあ行ってくるよっ!」




 ふんすっ! と気合十分のマイ☆エンジェルを見送り、「行くわよ」と歩き出す会長閣下の後ろをとっとこハム野郎よろしく大人しくついて行く。へけっ!


 オートロック式のドアにさっさと番号を入力し、エレベーターで5階まで移動し、一番奥の角部屋もとい古羊姉妹が住んでいる部屋の前までやってくる。




「一応言っとくけど、女の子の家を家探やさがしするとかナシだからね? とくにアタシの部屋とか覗いたら……うっかり殺しちゃうかもしれないから気をつけてね?」

「モジモジしながらすげぇコト言ってるコイツ……」




 頬を赤らめ上目使いで俺を見上げる古羊。


 その表情と仕草はかなり可愛いのだが、言ってることは全然可愛くない……。


 どうやら古羊は俺が下着類が収まっているであろうタンスを漁って『ほほぅ? あんな澄ました顔をしているクセなかなか大胆なモノを……♪』みたいな事をされるんじゃないかと危惧きぐしているらしい。


 まったく酷い話である。


 人をなんだと思っているんだ?




「舐めるなよ、古羊? 俺なら痕跡こんせきはおろか髪の毛1本すら残すことなく、色々やってみせる自信がある」

「もう発言がアウトなのよねぇ……」




 何故か会長閣下の俺に対する警戒度が跳ね上がったような気がしたが、気のせいだよねっ!




「まぁいいわ。それじゃちょっと準備してくるから、ココで待っていて頂戴ちょうだい




 古羊はそれだけ告げるや否や、俺の返事を聞くこともなく、さっさと部屋の中へと姿を消した。


 う~む。


 やることもないし、暇つぶしに元気にイタ電でも掛けてみるかな。


 そう思い、俺はさっさと元気のスマホに着信を入れた。


 数コールの後、『ハァハァ……も、もしもし?』と荒い呼吸を繰り返す元気の声が不愉快に鼓膜を叩いた。




「おーす元気、自家発電中すまんな?」

 『ハァハア……いや、ええんやで? それで? どうしたんや相ぼ――あふぅっ!?』




 まるで公園で遊んでいる幼女に声をかけようとする紳士のように、どこか熱っぽい吐息を溢す元気。


 気のせいか、スピーカーから微かに『ジュボッ、ジュボボボボボボボボッ!』と掃除機が何かを吸い込んでいるような音が聞こえてくる。




「おいおい、まさかおまえ掃除機のノズルという名の鞘にテメエのお股の日輪刀を納刀のうとうしているワケじゃねぇだろうな? 忘れたのか? 去年の臨海学校りんかいがっこうでの悲劇を?」




 ぞくに言う【アマゾンの乱】と呼ばれているソレは、1人の『男の子』が『女の子』にメタモルフォーゼしかけるという、全部話すとN●Kが取材に来るレベルの超大作ドキュメンタリー番組が1本出来上がっちゃうような話なので、ここでは割愛。


 まぁ強引に要約するならば、当時の俺たちに【好奇心は猫を殺す】ということわざは難し過ぎたね♪ って話しである。




 『い、いやっ……ちょっとペットがジャレついて来てのぅ。あっ、ダメ!? 今、電話中、おふぅっ!?』

「あれ? 元気ん、ペットとか飼ってたっけ?」

 『さ、最近飼い始めた――んぁっ!?』




 ……なんか元気の妙なあえぎ声ともつかない謎の声が鼓膜を蹂躙してきて、気分が悪くなってきたわ。




「ワリィ。ヒマだったから電話したけど、忙しそうだから、もう切るわ」

 『す、すまんな相棒――うぁっ!? い、イクイクイクイクっ!? イッ――ッッ!?!?』




 ――ブツン! 


 ヤツとの電話をブツ切りしつつ、何も無い天井を見上げた。


 あぁ……電話なんてけなければ良かった。


 耳にあの男の嬌声きょうせいがこびりついて離れないよぉ……。


 気分ガタ落ちで突っ立っていると、私服からラフな部屋着に着替えたらしい古羊がガチャリッ! と玄関のドアを開けた。




「お待たせ。待った?」

「んにゃ。そんな待ってない」




 まるでデートの待ち合わせに遅れてきた彼女を笑顔で許す彼ピッピのようなやり取りをしつつ、俺は心の中でひっそりと感嘆の声をあげていた。


 おぉ……あんなに見事に隆起していたお胸の富士山が、いまや天保てんぽうざんへと天変地異メタモルフォーゼしてやがる。


 超偽乳パッドを盛っていないせいか、よりボディの凹凸の無さがハッキリと分かるぜっ!


 う~ん? ほんと今にも戦闘機が着陸しそうなほど、まったいらだ。


 一体コイツはどこに女性ホルモンを忘れてきたのだろうか?




「コラコラ坊主? どこ見てんだ、コロスゾ?」

「さ、さーせん……」




 相変わらず爽やかな笑顔で殺害予告を口にしてくる我らが生徒会長殿。


 あのさ? なんで俺の考えが読めるの? メンタリストなの?




「たくっ……謝るんなら最初から見るんじゃないわよ。それよりも、ホラ。はやくがりなさいよ」

「うぃーす、おじゃましもーふっ!」

「どんな挨拶よ、ソレ……」




 『ぷっ』と小さく吹き出す会長閣下に促され、意気揚々いきようようと玄関をくぐる俺。


 そのまま靴を脱ぎ、先行する古羊に従ってリビングまで移動し……そのあまりの広さに驚愕きょうがくの声をあげてしまった。




ひろっ!? リビング広っ!? 1LDKどころじゃねぇよ! ほんとに家賃2万円か!?」




 パッと見た感じだと、軽く20畳弱はありそうだっ!


 この広さで2人暮らしとは、贅沢にもほどがありません?




「なんかもう我が家との生活レベルの違いに緊張してきたわ……」

「ほらっ、バカなこと言ってないでコッチ来なさい。さっさとテスト勉強はじめるわよ」




 そう言って古羊は絨毯の上に敷かれた足の短い机の前に座ると、ポンポンッ! と自分の隣に座るように俺に促してきた。


 なるほど、そこに座れってことですね。


 かしこまリーの裏蓮華うられんげ


 心の中で八門遁甲はちもんとんこうを全開にしながら、素直に古羊の隣に腰を降ろすと、柑橘系の爽やかな匂いが俺の鼻を、肺をこれでもかと蹂躙じゅうりんしてきた。


 その瞬間、心臓が1オクターブほど跳ね上がる。


 ちょっ、メッチャいい匂いするんですけどコイツ!? 




「そうね、まずは得意科目から始めて勢いをつけましょうか。大神くんの得意な科目ってナニ? もちろん保健体育以外で。……って、大神くん? ちょっと、聞いてるの?」

「お、おふぅっ! き、聞いてる聞いてるっ!」




 俺の様子が変だったのが気になったのだろう。


 古羊はコテン? と首を傾げた。




「なによ? なにか気になることでもあるの?」

「いやその、え~と……あれだ! なんかいつもと古羊の格好が違うからさ、ちょっと気になって……ねっ?」




 会長閣下の匂いに興奮していましたっ!


 と素直に白状すると家から追い出された挙句あげく、出禁を喰らいそうだったので、俺は取り繕うように適当な理由をでっちあげた。


 あぁこれ? と自分の格好に視線を落とした我らが会長さまは、肩を軽く揺すりながら口をひらいた。




「取り繕う相手も居ないんだし、いいでしょ別に。部屋の中でくらい好きな格好で居たいのよ。大神くんはもう知ってるんだから、いいかなって思ったんだけど?」

「まあ古羊の家だから、それは自由にしていいんだけどよ」

「あによ? もったいぶった言い方して?」

「いやぁ、誠に言いづらいんだが、格好が格好なだけにノーブラなのかなって? もしそうならさ、最高に素敵だなって思ってさ」

「言いづらいなら少しは言いよどみなさいよ……」




 古羊は爵位しゃくいを有する変態でも見るかのような視線で俺を甘く睨みながら、




「あのねぇ? 男の子を部屋に呼ぶのにノーブラなワケないでしょうが。それじゃまるでアタシが大神くんをさそっているみたいじゃないの」

「えっ、誘ってんの?」

「誘ってない!」




 古羊のエターナル・フラットちっぱいへと伸びていた俺の指先をパシッ! と虫でもはたくように撃ち落とす女神さま。


 そのまま乱れた服の裾を正しながら「ハァ」と小さくため息をこぼした。




「心配しなくても、ちゃんと身に着けてるわよ。……ナイトブラだけど」

「ナイトブラ? なにソレ? 暗黒騎士かな?」

「暗黒騎士じゃないわよ。夜につけるブラだからナイトブラ。大神くんは男の子だから知らないでしょうけどね、このナイトブラってかなり使えるヤツなのよ?」




 ふふんっ! と自慢げに鼻を鳴らした古羊が、聞いてもいないのに喜々としてナイトブラジャーについて語り出した。




「基本的に寝ている間にバストが崩れないようにするのが目的なんだけどね? なんとコレ、身に着けているだけでバストアップ効果が期待できる代物なのよ!」

「へぇ」

「それだけじゃなくてね! 血行促進や睡眠の質の上昇なんかといったね、バストアップに適した環境を手に入れながら体の健康まで気が使えるのよっ! しかもねっ!? マッサージやエクササイズなんかを組み合わせれば、より効果が期待できて――」




 ニコニコと楽しそうにナイトブラについて熱く語る、我らが虚乳生徒会長さま。


 いやぁ、楽しそうでなによりなんだけどさ?


 その話、男の俺にしてもいいヤツなの?




「――でねでねっ!? 最近のナイトブラはね、安くて可愛いモノもが凄く多いの! 何なら女性用下着界隈の中で1番熱いジャンルかもしれないわね! その証拠に、今アタシが身に着けてるヤツだってね、もうすっっっっっっごい可愛かったから思わず衝動買いしちゃったヤツでね! 見てみる?」

「おっ、マジで? 見る見るぅ~♪」

「ほらこれ♪」




 どれどれ~? と自分の胸元を軽く摘み上げる会長閣下の方へと身を乗り出し、


 ――ぺちんっ! 


 と、おでこを叩かれた。




「なぁ~んて、見せるワケないでしょうが、このスケベ。なぁに本気で覗こうとしてんのよ?」

「えぇ……? 男の子の純情をもてあそんでおいて、その言いぐさですか?」

「なぁにが純情よ。下心の間違いでしょ? スケベ、ドスケベ、ド変態♪」

「…………」




 こ、このアマ……いつか絶対に泣かしてやるからな!


 ケラケラと楽しげに笑う古羊を恨めし気に眺めながら、俺はさっさと鞄から勉強道具一式を取り出した。




「そんなことよりもっ! はやく勉強を教えてくれよ。ハリーアップ!」

「はいはい、ちょっと待ってなさい。それじゃアタシが得意な数学から始めましょうか」




 こうして紆余曲折はありつつも、俺と古羊の秘密のテスト勉強がやっと幕を開けたのであった。

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