合コン。
それは男も女もハメを外してしまう狂乱の
「男はみんなATM」と、素で言い放った我が家のリトルモンスターである姉ちゃん曰く。
『合コン? あぁっ! 男に奢らせるだけ奢らせて、何もせずにタダ飯を喰らって帰るアレでしょ?』
とのことらしいが、きっと彼女は俺を騙そうとして、そんな嘘を言ったのだろう。
そう、俺は知っているのだ。
合コンに行った多くの男達は、みな「彼女」を捕まえて帰ってくるという伝説があることを。
最初は俺も都市伝説だと一笑していたが、隣のクラスの守安が合コンに行って彼女をゲッチュしたとの報告を受け、文字通り鼻から水が出た。
まぁ結局、守安はそのあと嬉しさのあまり小便器でよく分からん骨を骨折して彼女にフラれるというアクロバティック技を披露したわけだが、今は横に置いておこう。
大事なのは、俺が合コンに行くということ。
あぁ、俺は確信したね。
今日、この日、この夜……俺は本当の意味で「男」になるんだってね。
女の子と楽しくお喋りをして、そして帰り際「きょ、今日お父さんとお母さん居ないんだよね……」なんて上目使いで可愛くもいじらしく俺に告げてきて、その後は……ふふふっ。
間違いない、今日は人生で最高の1日になるだろう!
「……そう思っていた時期が、俺にもありました」
「どうしたんやシロちゃん? そんな死んだ魚のような目をして?」
DHA豊富そうな瞳をした俺を不思議そうに眺める廉太郎先輩。
時刻は午後6時ちょうど。
駅前のカラオケボックスに、男女10人が向き合うように座っている現在。
俺は、今年に入ってもう何度目かも分からない危機に陥っていた。
「それじゃ人数も揃ったことだし! 女の子の方から自己紹介してもらおうかな!」
廉太郎先輩の声音に「はーいっ!」とノリの良さそうな茶髪の女子生徒が、元気に返事を返した。
「じゃあまずあーしからね! えっと森実高校3年D組、
「同じく3年D組の
「……3年C組、羽賀音子」
「……2年C組、古羊洋子」
「2年A組、古羊芽衣です。よろしくお願いします」
前半と後半で、テンションの温度差が激し過ぎる。
あまりの高低差に風邪を引きそうだ。
チクショウ、予想して然るべきだった!
あの『人類みな穴兄弟』を地でいく廉太郎先輩が主催する合コンなら、俺以外の生徒会役員が誘われる可能性について考慮するべきだった!
俺に声がかかるという事は当然、古羊姉妹にも声がかかるに決まっているワケで……チクショウッ!
俺は何を浮かれポンチでいたのだろうか!?
ほんと数分前の自分をはっ倒したい!
「どうしたんや、シロちゃん? そんな小刻みに震えて? 寒いの?」
「えぇっ、背筋がゾクゾクしてますよ」
ほんと背筋が冷たくて仕方がない。
なんせさっきから双子姫が光を失った瞳で俺を
一切の感情が抜け落ちたその顔はまるで、
『なんでテメェが参加してんだ? テスト勉強はどうした? あぁん?』
と俺を責めているような気がしてならない。
いやいや、なんで俺は浮気現場に踏み込まれた彼氏みたいに
別に俺は何も悪いことはしてないしっ!
そもそも今はフリーなわけだしっ!
というか、おまえらも合コンに参加してるじゃねぇかっ! ――て、ダメだよぉ!? この思考はまるで彼氏そのものだよぉ!?
「それじゃ今度は男の子側が自己紹介だね! まずは僕からいくね? 3年C組、狛井廉太郎! 好きな食べ物は女子高生です!」
「「きゃ~っ! 食べられちゃ~うっ!」」
そのいかにもバカっぽいノリに、あからさまにイラッ☆ とした様子を見せる羽賀先輩。
その瞳には廉太郎先輩へと殺意しか感じられなかった。
なんで廉太郎先輩は、あんな殺人鬼のような瞳を向けられて平気でいられるんだろう? ドMなのかな?
いいの廉太郎先輩?
このあと絶対、殺られるよ?
「同じく3年C組の、甘いマスクこと
「そんでオレが3年E組の
「お、おれは2年C組、出席番号9番! シャトウッ! ……んんっ!
や、ヤバい。
廉太郎先輩の身を案じていたら、いつの間にか俺の番が回ってきていた。
ど、どうする?
みんな面白いことを言っているし、俺もこのビックウェーブに乗るべきか?
いやでも、
「…………」
「…………」
さっきから親の仇のように俺を見てくる古羊姉妹が気になって、集中できねぇ!
とりあえず、その目は
仮にも同級生に向けていい目じゃない。
「どうしたんやシロちゃん? 次はシロちゃんの番やで?」
「へ、へいっ!? えっと、2年A組の大神士狼です、その……よろぴくね♪」
言って後悔する。
あぁ、やってしまった……。
可愛さを求めようとするあまりに、1周回って奇怪な化け物へと成り下がった子ども向け番組のキャラクターみたいな声になっちまった……。
俺を見つめる二人の視線に哀れみが混じると同時に、早乙女先輩と大野先輩がキャピキャピした様子で「あっ!」と声をあげた。
「もしかして、君があの『オオカミシロウ』くん?」
「うっそ! 思ってたのと全然ちが~うっ!」
「お、俺のことを知ってるんですか?」
「モチのロンじゃ~ん! だって君、超有名だしねぇ」
ねぇ~っ! と、お互いの顔を見合わせるキョンキョン先輩とゆかりん先輩。
ゆ、有名?
俺って有名だったの?
先輩たちの興味は完全に俺に向いたようで、キラキラした瞳で俺を見据えていた。
「ねぇねぇ、もっとお話しよ? 隣行ってもい~い?」
「あ~っ! キョンキョンずるぅ~いっ! アタシもアタシもっ!」
「ふわっ!?」
思わず口から変な声がまろび出た。
こ、これはいわゆるモテ期というヤツか!?
人生には3回モテ期がくるというが、今がその1回目なのか!?
「ど、どうぞ、どうぞ! こんな狭いところで――」
「――自己紹介も終わったことですし、みなさん席替えでもしませんか?」
よければぜひ座ってください、と続くはずだった俺の言葉は、会長閣下の発した声音によってアッサリとかき消された。
そして腰を浮かせようとしたキョンキョン先輩とゆかりん先輩の動きがピタリッ! と止まる。
興味の対象が俺から席替えに移ったのか「席替え? やるやるぅ!」と2人して大盛り上がりしていた。
こ、古羊テメェ!?
俺のスーパーシロウタイムを邪魔するんじゃねぇ!
恨めしい視線を古羊に送る。
が、古羊は「ざまぁっ」と言わんばかりに一瞬だけ俺に向けて邪悪な笑みを浮かべると、すぐさま例の強化外骨格のような笑みを張り付けた。
「いいねぇ、めぇちゃん! よし、それじゃ、みんな好きな場所に移動しようか!」
はぁーい! と廉太郎先輩の合図を号令に、俺以外のみんなが一斉に席を立った。
男共はみな古羊姉妹の隣に座ろうと彼女たちに視線を送るが、そこにはもう双子姫はいない。
何故なら、双子姫はすでに俺の隣りに座っているからだっ!
「あらあら? どこに行くんですか、大神くん?」
「ししょー、一緒に座ろ?」
「……は、はひっ」
キョンキョン先輩の隣に移動しようとする俺を、笑顔で
速い! 2人とも速い!
クイズ王の早押しより速い!
そして怖い!
一瞬で俺の両隣を
そんなに俺のことが嫌いか、コノヤロー?
「ところで大神くん? なんで合コンに参加しているんですか?」
「テスト勉強はどうしたの、ししょー?」
ふわっとした声音に、にっこり笑顔。
だというのに2人の背景には、百獣の王が見え隠れしているような気がしてならない。
どことなく双子姫の言葉も「アタシらの勉強会の誘いを断ってまで女の子と遊びたいだなんて、いい度胸だな? おっ?」みたいな意味を
「い、いやいやっ!? これは廉太郎先輩に頼まれてだな――」
と自分の正当性を主張しようとした矢先、2人して俺の制服の裾をキュッと掴んで、上目使いで見上げてきた。
なんだコイツら? 可愛いなチクショウ。
なんて思った一瞬の心の隙をつくように、古羊姉妹はほわっ♪ とした笑顔で。
「というかさっきのはナニ? 親友に彼女が出来たから『よし、俺も!』とか思ってるの?大神くんの生来のハンターとして本能なのか、それとも繁殖行動への衝動なのかは知らないけど、ちょっとガッツキ過ぎじゃない? それだから彼女が出来ないんじゃないの? というか早乙女先輩と仲良さそうだったけど、どういう繋がりなの? そこんところ詳しく聞きたいわね」
「ねぇ、ししょー。なんでここに居るの? 今日はまっすぐ家に帰ってテスト勉強するって言ってたよね? アレはウソだったの? それと早乙女先輩とのやりとり……アレはなんだったの? もしかして先輩のことが好きなの? 教えてししょー。って言っても、ししょーは嘘つきだから本当のことは教えてくれないんだろうなぁ。ウソつき。ウソつきウソつき。ウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきウソつきウソつき」
「
人って笑顔でこんな冷たい声が出せるんだぁ。
シロウ、またひとつ賢くなっちゃった♪
「ちゃんと聞いているの、大神くん?」
「ちゃんと聞いているの、ししょー?」
「……はい、聞いております」
ギュッ! と、2人同時に脇腹をつねられる。
か、帰りてぇ!
はやく家に帰って、今日のことを忘れてぇ!
楽しいハズの合コンが一瞬で『第一回 チキチキ! 大神士狼つるし上げの会』にトランスフォーム。
両耳から聞こえてくる俺を責める双子姫のバイノーラル音声に、ただただ震えるばかりだ。
だが、このときの俺は、まだ知らなかったのだ。
これはまだ試練の始まりに過ぎないということを。