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第22話 ン・バカ・マーチ

 俺と古羊……芽衣との関係が少しだけ変わった2日後のお昼休み。


 俺達の変化よりも、さらに大きな変化がこの2年A組で起きようとしていた。




「はい、ダーリン? ア~ン♪」

「あははっ! 相変わらず、マイハニーの卵焼きは美味しいのぅ!」

「それはから揚げっすよぉ♪」




 司馬ちゃんお手製の真っ黒の物体……から揚げを頬張りながら、デレデレと頬を緩ます我が親友――だった男、猿野元気。




「あっ! もうダーリンったら、ほっぺにご飯粒がついてるっすよぉ?」

「おっ? ほんまに? どこやどこや?」

「ココです、ココ♪」




 と言いながら、元気の頬からご飯粒をひょいっ! と取ってあげるなり、司馬ちゃんはソレを自分の口元へ持っていき。


 ――パクッ。




「えへへ……食べちゃいました♪」

「あぁ~、コイツゥ~♪」

「きゃ~☆ ごめんなさぁ~い❤」




 ベタベタ❤ とお互いピッタリと密着したまま、お昼ごはんを食べさせ合っていく。


 ……なぜか俺の席の目の前で。




「だ、大丈夫ですか士狼? 目が死んでいますよ?」

「……あぁ、ちょうどよかった芽衣。聞きたいことがあるんだけどさ? 元気の寿命って、あとどれくらいかな?」

「わたしは別に死神的な目なんか持っていませんよ?」




 俺の隣りに座って苺のマーガリンを頬張っていた芽衣が、呆れた瞳で俺を見つめる。


 いつも俺に「ぶっ殺す!」とか言ってくるから、てっきり死神代行かと思ったが違うらしい。


 なんだよ、その胸に仕込んだ斬魄ざんぱくパッドは見せかけか? 

 いや死神というよりホロウか、コイツ。


 なんせ素の芽衣ちゃんは、今にも胸部に穴が空きそうなほどペッタンコだし。


 頼む相手を間違えちゃった☆


 士狼うっかり♪




「ふふっ、ナニ失礼なことを考えているんですか貴様? 殺すぞ?」

「やっぱりおまえ、死神なんじゃねぇの?」




 今にも卍解しそうなオーラを全身に纏いながら、笑顔で殺害を予告してくる芽衣。


 やはりこの女、死神に違いない。


 俺が戦々恐々していると、芽衣は再びマーガリンを頬張りながら、珍しく辟易とした様子で俺の目の前に座る2人に視線を送った。




「まぁ士狼の屈折くっせつした気持ちも、分からなくはないですけどね。さすがにアレを見ていたら、お腹がいっぱいになりますよね」




 そう言って芽衣は、俺の目の前でいともたやすく行われているエゲツナイ行為に、苦笑を浮かべて見せた。


 そんな芽衣の姿など目に入っていない2人は、完全に自分たちだけのスィート❤ワールドに引きこもってイチャコラしている。


 なるほど。


 吐き気をもよおす邪悪とは、このことか。


 またひとつ勉強になったよ。


 俺の賢さが1アップしたところに、怪しい光を瞳にいれたアマゾンが100円を握りしめてやってきた。




「大神。前のがダメになったから、新しいヤツをくれ」

「ほいほい、100円な」




 俺はポケットからわら人形にんぎょうを取り出し、100円と交換でアマゾンに渡してやる。


 アマゾンは「サンキュ」と短くお礼を告げるなり、機械じみた動きで自分の席へと戻り、俺から貰った藁人形に何度もシャーペンを突き刺し始めた。


 そんな俺たちのやりとりを見て、何故かドン引きしている芽衣。




「し、士狼? なんで藁人形なんか、ポケットに常備しているんですか?」

「? なんでって、男子高校生のポケットに入っているモノといえば、夢と希望と藁人形だろ?」

「いえ、絶対に違うと思います。というよりも、なんでそんな不思議そうな顔が出来るんですか?」




 理解出来ない、とばかりに芽衣が眉根を寄せる。


 いやいや、お嬢さん? 男子高校生のポケットに入っているモノ、それはポケットティッシュと少しのお金、そして呪いの藁人形と相場が決まっているだろうに。


 なにをおかしなことを言っているんだ、この女は?


 じゃあ、おまえのポケットには何が入っているんだよ? 


 ファンタジーか?


 ポケットにファンタジーか?


 いつだってファンタジーか?




「というかですね士狼? 藁人形を男の子に売りさばくのは、やめてください。ほら、周りをよく見て? 女子生徒たちが怖がって教室に入ろうとしないんですよ?」




 確かに芽衣の言う通り、俺が売買ばいばいした藁人形をクラスの男子全員が真顔で延々とハサミやらシャーペンやらで突き刺している。


 そんなちょっとしたサバトな光景を見て、恐れを抱いた女子生徒が1人、また1人と教室を出てく。




「はやく止めてください。このままじゃ、邪神か何かが召喚されそうです」

「いやぁ、そんなことを言われても、元気たちのせいで、俺たちにも被害が出ているしなぁ……」

「被害? また猿野くんたちが、何かやったんですか?」




 俺は神妙な面持ちのまま「あぁ」と小さく頷いた。




「アイツらは昨日の放課後、校舎裏で熱烈なチューをしていたんだよ」

「神聖な学び舎で何をしているんですか、あの2人は……」

「そして2人を張り込んでいたアマゾンが、ソレを目撃し発狂。そのまま2A男子のグループラインにて、ビデオ通話で撮影。結果全員が発狂。3名が意識不明の重体、並びに12名が神に生まれてきたことを懺悔ざんげする被害となった」

「ほんと何をしているんですか、ウチのクラスは……」




 チクショウっ!?


 完全に油断しきっていたところに、不意打ちのチュー。


 ニトログリセリンのように繊細な俺たちの心に、大きな傷を負わせたその仕打ち、まさにゲスの極み!




「人間にはなぁ、やってはいけない一線ってものがある。アイツはそれを踏み越えやがった! 俺達の心を踏みにじったんだ! アイツはもうクラスメイトでもなんでもねぇ、単なる反逆者なんだよ!」

「完全に逆恨みじゃないですかソレ……」




 違う!


 これは俺たちに与えられた正当な権利だ!


 決して『羨ましかった』とか『俺もヤリたかった』とか『司馬ちゃんの唇は何味だったんだろう?』とか、そういう私怨で動いているわけじゃない!


 正義はこちらにある!




「ゆえに俺達はコレを用意した」

「コレ?」




 可愛らしく小首を傾げる古羊の前に、俺のスマホをとり出してみせる。


 そしてそのまま簡単な操作で『ある曲』を選択し、クラスに聞こえるくらいの音量で流し始めた。




『キュンキュン、どっきゅん大号泣♪ ぷんぷん、ぷりぷりプリンセス♪』


「……な、なんですかこのアニメ調の音楽は?」

「アメリカ在住のジョーンコネコネ氏に製作を依頼し、今朝がた届いたばかりの新曲『恋のぷりぷり☆プリンセス』だ」

「いやあの、タイトルを教えて欲しいって意味じゃなくてですね? コレをどうするつもりなのか聞いているんですが?」

「もちろんコレ以上、ウチのクラスの風紀を乱さないために使うに決まっているだろう?」




 そう言って俺はジョーンコネコネ氏の力作をBGMに、この曲の使用目的について口元ヒクヒクさせている無知なる生徒会長に説明してやった。




「元気たちがまた学校でキスしようものなら、見張りがこの愉快な曲を大音量で流して、そのふざけたムードをぶち壊してやるんだ」

「藁人形を串刺しにしている男子たちの中で、平然とご飯を食べさせ合いっこしている2人には無意味なような気がしますが……」




 チラリと元気たちに視線を送る芽衣。




「それにしても、士狼は相変わらず変な所で行動力を発揮しますね。一体ナニがそこまで士狼を突き動かしているんですか?」

「恥ずかしながら『肉欲』だな」

「本当に恥ずかしいですね……」




 もう付き合ってられない、とばかりに首を横に振る芽衣。


 やがて1つだけため息をこぼすと「そんなことよりも」と、彼女の鋭い視線が俺を襲った。




「昨日わたしが出した課題はやってきましたか?」

「そ、それは、その……テヘ♪」

「笑って誤魔化してもダメです。今の士狼に、他人に気を使う余裕があると思っているんですか? テストまであと1週間を切ったんですよ?」

「わ、わかってるよ。今日からまた――」

「なぁ大神、ちょっといいか?」




「頑張るよ」という俺の言葉を遮って、背後から声をかけられる。


 振り向くと、そこにはついさっき俺から藁人形を受け取ったアマゾンがいた。


 いや、アマゾンだけではない。


 機械のように一心不乱に藁人形にシャーペンを突き刺していたクラスメイト全員の視線が、俺に集まっていた。




「な、なんだよ、おまえら? そんな改まって?」

「いや、ちょっと気になることがあってさ。なぁ大神」




 アマゾンは、どこまでも濁りきった瞳で俺を見据えながら。




「なんでおまえ、古羊さんから名前で呼ばれているんだ?」

「…………」

「あっ、逃げたぞ! 追え! 奴はもうクラスメイトでも何でもない、単なる反逆者だ! 見つけ次第、始末しろ!」

「「「「「イーッ!」」」」」




 アマゾンの号令と共に2Aの男どもが、どこかの戦闘員のような掛け声をあげながら俺にせまってきた。


 すかさず俺は大地を蹴り上げ、席を立ち、教室の扉へとかけていく。




「殺っちゃうよぉ! オイラ殺っちゃうよぉ!」

「サーチ&デストロイ! サーチ&デストロイ!」

「おぴょぴょぴょぴょぴょぴょ~っ!」

「天は言っている……ここで死ぬ運命さだめだと!」




 カクカクと壊れた人形のように首を上下に振り回しながら、俺を抹殺しようとしてくる『古羊クラブ』メンバー。




「ふざけんな! 俺はこんな所でくたばるワケにはいかねぇんだよ!」 




 そう、俺にはやらなければいけないことが、夢があるんだ。


 必ず未来のワイフと一緒に、お風呂に入って背中を洗いっこするっていう夢が!




「頼む、俺の両足よ! 今だけ羽より軽くなれ!」




 再び脚部に力を籠め、前へと進む。


 こうして俺のお昼休みは、上弦の鬼どころか無惨さまも裸足で逃げ出す『リアル鬼ごっこ』へと姿を変えたのであった。




「……もしかしたらアタシ、ヤバい学校に入学したかもしんない」




 去り際に、優等生の仮面を被ることを忘れた芽衣のドン引きした声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

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