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第21話 曲がりくねったこの道も、いつか今宵の月のように……

「シクシク……もうお婿に行けない……」




 夜空の星たちが騒ぎ始める午後10時。


 俺は古羊姉妹が住まう高級マンションへと続く道を、涙で顔を濡らしながら歩いていた。




「自業自得ね。エッチなことを考えてたから、バチが当たったんだわ」

「げ、元気出してよ、ししょー」




 この世の地獄のような合コンが終わり、俺が得たモノ。


 それは彼女でも、ちょっとしたプライドでもなく、思い出したくない黒歴史であった。




「ま、まぁ確かに水着姿はちょっとショッキングな映像だったけどさ? 誰も口外しないって約束してくれたんだし、もう気にしない方がいいよっ!」

「約束というか、誰もあの大神くんの姿を思い出したくないだけでしょ? だってトラウマ確定モノのグロ画像だったじゃない」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」

「も、もうメイちゃん! そんなこと言っちゃメーでしょ?」




 周りに誰も居ないということもあり、いつもの素に戻った古羊が容赦なく俺のセンチメンタルハートを傷つけていく。


 マジで何でみんなこんな女を『女神』だとか『天使』だとか言っているんだろうか?


 気でもおかしいんだろうか?




「そ、そうだ! そういえば昨日の帰りにね、すっごい美味しいお菓子を見つけたんだ! ししょーの分も買ってきてあげるから、ちょっと待ってて!」

「いや、別に俺いらない……って聞いてないし」




 よこたんが架空のシッポをブンブンと振り回しながら、ピューッ! とコンビニの中へ消えて行く。


 ちょっと?


『人の話は最後まで聞きましょう』って、通知表で書かれなかった?


 仕方がないのでコンビニの入口から少し外れたところで、よこたんを待つことに。




「古羊は行かなくていいのかよ?」

「別に欲しいモノも無いし、いいわよ。それよりも」

「?」




 古羊は持っていたバックから、2本の割りばしを取り出した。


 そこには1番と「王様」の文字が書かれている。




「洋子が出てくるまで少し時間があるし、さっきの王様ゲームの続きしない?」

「2人だけでか? つかおまえ、コレどうしたんだよ?」

「ちょっと拝借はいしゃくさせて貰っただけよ。いいでしょ、たったの2本なんだし」




 そう言って古羊は「南無南無」と口ずさみながら、たった2本だけのクジを自分の手の中でシャッフルしていく。




「ルールはさっきと同じで、王様の命令は絶対ね」

「……へいへい。本当におまえは、言い出したらきかねぇヤツだなぁ」

「文句言いながらも、いつも付き合ってくれるクセに。アタシのこと大好きかコノヤロー?」




 ウリウリ♪ と、肘で俺の身体をつっつく古羊。


 そのなんでも知ったような視線が少し腹立つ。


 何なのおまえ? なんでも知っているの? 


 それとも何でもは知らないの? 知ってることだけ?


 どこの委員長ちゃんですか、おまえは?


 委員長ちゃんほど、おっぱい大きくないクセにっ!




「あっ! ちなみに『おっぱい』を揉ませろとか、エッチすぎる命令はナシね」

「おいおい? 何が悲しくて、おまえの偽乳にせちちにパイタッチせにゃならんのだ。罰ゲームか?」

「大神くん。右と左、どっちがいいですか?」

「ごめんなさい! 自分、調子に乗りました! だから拳を下ろしてください、お願いします!」

「いいんですよ。ただ……次はない」




 瞳孔が完全に開き切った目が俺を射抜く。


 うん、女子校生がしていい堅気かたぎの目じゃないね。


 超怖い、メッチャ怖い。あと怖い。




「ほらっ! 余計なコト言ってないで、さっさとクジ選びなさい。洋子が出て来ちゃうでしょ」

「はいはい」

「『はい』は1回ッ!」

「はいっ!」




 バカみたいなやりとりをしながら、右側のクジに手をかける。


 それでいいわね? と確認してくる古羊に「おう」と小さく頷いて答えた。




「じゃあいくわよ? ――王様だぁ~れだ?」




 俺が引いたクジは……1番だった。




「よし! アタシが王番ね。どんなお願いにしようかしら」

「チッ……わかったよ。行けばいいんだろ? 合コンの数合わせに」

「アンタ、この状況でよく自分の欲望を口に出来るわね……」




 そんなお願いは絶対しないから、と念を押される。


 そっか……絶対しないのか、と俺がちょっと凹んでいると。




「――『士狼』」

「はっ? なに? 命令、決まった?」

「えぇ、決まったわ『士狼』」

「ふむふむ、それで? 命令はなにさ? ……というか、なんでさっきから俺のことをファーストネームで呼ぶわけ?」

「だから命令よ、命令」

「?」




 イマイチ古羊の言っていることが理解できない俺は、首どろこか身体ごと傾けてみせる。


 そんな俺に向けて、古羊はその白魚のような真っ白な指先を向け、ニッ! と笑みを深めてこう言った。




「今から大神くんのことを『士狼』って呼ぶから。大神くんはアタシのことを『芽衣』って呼びなさい」

「はぁっ? 待て待て古羊、どうしてそういう話しに」

「違う、芽衣」




 古羊はビー玉のように澄んだ瞳でまっすぐ俺を見上げた。


 その絶対に退かないという圧力が、ビリビリと肌に伝わってくる。




「王様の命令は絶対」

「いや、でもさ? いきなり女の子を下の名前で呼ぶのは、童貞にはレベルが高いと言いますか……」

「芽衣」

「うぐっ!? だ、だから……」

「リピートアフタミー、芽衣」

「……芽衣、さん」

「『さん』はいらない、もう1回っ!」




 おかわりを要求された。


 ちょっとマジで勘弁してくださいよ!


 モテない男が女の子を下の名前で呼ぶのに、どれだけの勇気と覚悟がいると思っているんだ、テメェ!?


 毎回学校の屋上から、紐なしバンジージャンプをしているようなもんだぞ?




「はいっ、もう1回っ! もう1回っ! もう1回っ! もう1回っ!」

「嘘でしょ会長? 覚悟決めすぎでは……」




 今にも『ヘイヘイバッタービビってる!』と野次が飛んできそうなレベルで腰が引けている俺に、追い打ちをかけてくる我らが生徒会長様。


 どうやらバッチリと覚悟完了し終えている古羊は、この程度では引く気がないらしい。


 というか、アレ? 


 いま思い返してみたらさ、コイツが俺に対して引いたことなんて1度もなくない?


 うん、ないわ。ない。


 マジかよ、コイツ。図々しさの擬人化かよ……。




「もう1回っ! ヘイ、もう1回っ! ヘイッ、もう1回っ! ヘイッ、もう1回っ!」

「め、芽衣……」

「あっ、ごめん上手く聞き取れなかったわ。もう1回言ってくれる?」

「嘘だろっ?」

「ちなみに今度はどもらずにね」

「バッチリ聞こえてたんじゃねぇか……ったく」




 俺はカァーッ! と自分の顔が赤くなるのを感じながら、ぶっきら棒に古羊の名前を呼んだ。




「……芽衣」

「よろしいっ!」




 古羊……じゃなかった、芽衣はイタズラ小僧のようにニシシっ! と笑った。


 その姿に俺は思わず「なるほど」と納得してしまう。

 確かに芽衣は『天使』のようだ、『堕天使』だけど。




「おまたせ2人とも! 見て見て! 新商品のお菓子があったよ! ……って、なんで顔を赤くしてるの、ししょー?」

「さぁ? なんででしょうねぇ~」




 俺の代わりに芽衣がニマニマと頬を緩ませながら答える。


 そんな芽衣の様子に、よこたんは「うん?」と首を傾げてジロジロと俺達を観察し始める。


 あ、あまり見ないで!


 士狼、恥ずかしい!


 そんな気持ちが天に届いたのか、芽衣は妹の片手を取って歩きはじめた。




「ほらっ! 今日はもう遅いし、はやく帰るわよ2人とも」

「あっ!? 待ってよ、メイちゃ~んっ!?」




 よこたんがいつもの台詞を口にしながら、芽衣の背中を追って行く。


 そんな2人の背中を見送っていると、芽衣がクルリとこちらに振り返り。




「ナニをしているの『士狼』? はやく来なさい」

「……へいへい」

「『ヘイ』は1回っ!」

「へ~い」




 堪えきれずに笑う芽衣の姿は、優しく降り注ぐ月光の光と相まって、本当に女神様に見えた。

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