学業戦士にとってお昼休みとはロールプレイングゲームで言うところの宿屋に等しい。
勉強という名のモンスターを倒し、ごはんでHPを回復する。
そう宿屋は主人公になくてはならない存在なのだ。
……だからこそ、誰が想像できようか。
「はじめまして、2年A組の古羊芽衣です♪」
「お、同じく2年C組の古羊洋子ですっ!」
――まさか宿屋にラスボスがスタンバイしているだなんて、誰が想像できようか?
「あ、あの大神センパイ? こ、これは一体……」
「その、ごめん……。どうしても振り切れなくて……」
お昼休みである。
約束通り、中庭の銀杏の木の下で、永遠の愛でも誓うかのごとく俺を待ってくれていた鹿目ちゃん。
その未来のマイ・ワイフの愛らしい顔には、困惑の色が強く浮かび上がっているのが手に取るようにわかった。
その愛らしい瞳に映るのは俺……ではなく、俺の背後で不自然なくらいニコニコと笑っているバーサーカー2人である。
「あなたは確か、1年生の鹿目窓花さんですよね?」
「えっ? か、会長、ワタシのことを知っているんですか!?」
「えぇ、もちろんじゃないですか。どうしたんですか、そんなに驚いて?」
「わ、ワタシ、クラスでも目立つ方じゃないし、部活もしてないから、会長みたいな凄い人に名前を憶えて貰えているだなんて、想像してなくて……」
おっかなびっくりといった様子で、目を丸くする鹿目ちゃん。
う~ん、その小動物チックな動きも凄く俺好みだっ!
なんて思っているとブワッ! と一陣の風が4人の間を駆け抜けた。
瞬間、物語の幕が開くかのように鹿目ちゃんの短めのスカートが『ふわっ♪』と揺れた。
途端に彼女の柔らかそうな太もものが、大胆に露出し……うほっ♪
その見えるか見えないかのギリギリのラインが、いかにも男心をくすぐってきて、自然と視線が彼女のヒラヒラと危なげにはためくスカートへと釘づけになる。
俺はその一瞬の心の隙間が開演ブザーとなるパンチラという名の舞踏会を鑑賞するべく、全神経を彼女のスカートに集中させデデデデデデデデデッ!?
「むぅぅぅぅぅっ! どこ見てるのししょーっ!?」
「地獄、地獄っ! 今俺は地獄を見デデデデデデデ!?」
プリプリッ! と擬音が聞こえてきそうなほど怒ったマイ☆エンジェルが、ギュッ! と俺の背骨を握り締めてくる。
いや「むぅぅぅぅぅっ!」とか掛け声は可愛らしいのに、やってることは全然可愛くないんですけど?
「ほら2人とも。おバカなことしてないで、はやくコチラに来てください。お昼休みは短いんですから」
「う、うん。そうだね」
「おバカって……いやまぁもうなんでもいいや」
背骨を解放され一息ついた俺は、これ以上話をややこしくしないために、大人しく芽衣の指示に従う。
芽衣は俺とよこたんが集まったのを確認するなり、場を仕切り直すようにパンッ! と手を叩いた。
「では全員そろったことですし、みんなでご飯を食べましょうか」
「えっ? か、会長たちも一緒に食べるんですか?」
「ダメ、でしょうか?」
「い、いや……ダメってことはないですけど……」
「よかった! そうですよね、ご飯はみんなで食べた方が美味しいですからね」
猫を被った芽衣の言葉には『拒否することは許さんっ!』と言わんばかりの圧力があり……うん。
マジでコイツ、俺と鹿目ちゃんのスィートタイムを邪魔する気マンマンである。
ちょっとぉ? そんなに俺の幸せが許せないの?
お願いだから帰ってくんねぇかなぁ?
300円あげるからさぁ……。
「さてっ! ではココに居る皆さんで、楽しいランチと洒落こもうじゃありませんか!」
「は、はいっ」
芽衣の言葉にぎこちなく返事をしながら、銀杏の木の下に腰を降ろす鹿目ちゃん。
俺はその右隣に座ろうと身を滑り込ませ……ようとするのだが、芽衣に先に座られてしまう。
な、ならば左側をっ!
――ってもう爆乳わん
「どうしたんですか士狼? そんな怖い顔をして?」
「はやく座りなよ、ししょー?」
「て、テメェら……っ!」
ニッチャリ……♪ と邪悪に口元を歪ませる古羊姉妹。
こいつらっ!?
どこまで俺の恋路の邪魔をすれば気が済むんだ!?
チクショウ、雲行きが怪しくなってきやがった!?
俺は泣く泣く鹿目ちゃんの隣を諦め、真正面に座ろうと腰を下ろそうとして。
「あ、あのっ! 大神センパイ! その……イヤじゃなければ、コレを受け取ってください!」
「ッ!? こ、これはまさかっ!?」
鹿目ちゃんから、可愛らしい女の子サイズのお弁当を差し出された。
う、嘘だろ?
これはまさか伝説の……。
「て、手作りお弁当、だと!?」
「は、はいっ……」
プシュ~ッ! と発熱音が聞こえてきそうなほど顔を赤くした鹿目ちゃんが、コクンッ! と大きく頷いた。
おいおいっ!?
雲行きが怪しくなるどころか、雲1つない晴天じゃないかっ!
「こういうの……お嫌いですか?」
チラッと心配そうに上目使いで俺を見てくる鹿目ちゃん。かわいい。
それとほぼ同時に、彼女を冷却せんばかりの勢いで冷たい2つの視線が、挟みこむようにして、差し出された鹿目ちゃんお手製のお弁当に注がれる。
いや、今はコイツらの相手をしている場合ではないっ!
俺は聖剣を受け取る勇者のように、大事に彼女のお弁当を受け取りながら、満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を口にした。
「あ、ありがとう! お、俺のためにここまでしてくれるなんて……っ!」
「その、大神センパイって、いつもパンとかプロテインバーばっかり食べていますよね? だからちょっと気になって……喜んで貰えてよかったです」
「そ、そんなに俺のことを見てくれていたなんて……。ほんとありがとう、鹿目ちゃんっ! コレは大事にとっておいて、我が家の家宝にしておくよっ!」
「いやあの、今食べてくれると嬉しいんですけど……」
俺は「かしこま☆」と心の中で横ピースを決めながら、彼女の作ってくれたお弁当を開けた。
パカッ! と開かれたお弁当の中身を見た瞬間、おぉっ! と俺の唇から感嘆の声音がまろび出る。
そこには型崩れした卵焼きや、ちょっと焦げたウィンナーなど「頑張って作りましたっ!」感満載のラインナップが鎮座していた。
くぅぅぅっ!?
彼女はどれだけ俺のツボを押せば気が済むんだ?
天然のスナイパーか?
そうだよっ! 男の子は女の子が自分のために作ってくれたお弁当に弱いんだよっ!
よく分かってるじゃないか鹿目ちゃん、好き♪
「ごめんなさい。ワタシ普段あまり料理しないから、美味しくないかも……」
「大丈夫っ! 料理は愛情っていうし、問題ないよ!」
「愛情はともかく、とっても美味しいですよ鹿目さん」
「うんうん。卵焼きもふわふわに出来てるし、心配し過ぎだよ」
「ねぇ2人とも? なんで俺より先に食べてるわけ?」
パクパクパクパクッ! と胃袋という名の宝物入れに、鹿目ちゃんの料理を大切に保管していく双子姫。
いや、これ俺のために作ってくれたお弁当なんですけど?
我先にといわんばかりに鹿目ちゃんのお弁当を蹂躙していく双子姫さま。
「ケチケチするもんじゃありませんよ、士狼」
「そうだよ、ししょーっ。おかずの交換こそお昼休みの醍醐味でしょ?」
「交換っていうか、一方的に奪われてるよね? 山賊さんかな? ――って、食い過ぎだマジで!?」
慌てて2人からお弁当を引き離す。
が時すでに遅く、もうすでに卵焼き1つしか残っていなかった。
「チクショウ……。卵焼きしか残ってねぇじゃねぇか……」
「ごめんなさい、士狼。美味し過ぎて、お箸が進んじゃいました♪」
「シカメさんは、いいお嫁さんになるねっ!」
「へへっ、よせよ♪(照)」
「……なんでもう
照れを誤魔化すように人差し指で鼻の下を擦っていると、おずおずと言った様子で、鹿目ちゃんが口をひらいた。
「あ、あの大神センパイ? よければワタシのお弁当を食べますか?」
「いいんですよ鹿目さん、心配しなくて。トロトロ食べていた士狼が悪いんですから」
「メイちゃんの言う通りだよ。だからソレは、シカメさんが食べていいんだよ?」
「ねぇ君達? 君達には罪悪感ってモノがないのかい?」
母親のお腹の中に忘れてきちゃったのかな?
そんなことを考えながら、鹿目ちゃんが作ってくれた最後の卵焼きを頬張った。
途端に、さっきまで抱いていた怒りが、一瞬でどうでもよくなるくらいの衝撃が俺の脳天を強襲してきた。
こ、これは!?
この味はっ!?
「お、大神センパイ……どうですか?」
「なんていうか……幸せの味だね」
「そ、それは気に入っていただけたと思っていいんですか……?」
俺は鹿目ちゃんに向けてグッ! と、親指を突きたてた。
いやほんとマジで、どうして女の子の手作りってヤツはこんなに美味しいのだろうか?
あまりの美味しさに、思わず五体投地しかけたくらいだ。
俺のリアクションに鹿目ちゃんは「よかったぁ~」と安堵のため息をこぼしていた。
もうほんと可愛い、
「お口に合うかどうか心配だったんですよ~」
「なんだったら、毎日食べたいくらいだよ!」
「そ、そうですか? ならもう1個食べますか?」
そう言って鹿目ちゃんは自分のお弁当箱から卵焼きを1つ摘み上げると、頬を赤くしながら俺の口元まで運んで。
「あ、あ~ん」
と言った。
――結婚したい、と思った。
「あ、あの……? ワタシも恥ずかしいので、出来れば早く食べてくれると嬉しいんですが……?」
モジモジしながら、けれど決して引くことはせず、俺のリアクションを待っている鹿目ちゃん。
これはもう、マジで結婚待ったなしかもしれない。
ハネムーンは熱海でいいかな?
「お、大神センパイ?」
「ハッ!? ご、ごめん、意識が飛んでたわ」
「えぇっ!? だ、大丈夫なんですかソレ!?」
「「…………」」
俺と鹿目ちゃんの微笑ましいやりとりに、心なしか近くを飛んでいる小鳥が祝福してくれているような気がした。
いや小鳥だけではない。
世界が俺たちを祝福しているような、そんな気がしてならない。
今なら通りすがりのオッサンに『死ねっ!』と言われても、ニコニコしながら握手を求めに行ける自信がある。
あぁ、幸せだ。
俺はなんて幸せ者なんだろうか。
そう俺は幸せ者だ。
だから鹿目ちゃんの両隣で冷凍ビームのような鋭い視線を向けてくる古羊姉妹のことなんぞ、まったく気にならないし、気にしない。
「じゃあ今度こそ、大神センパイ……あ~ん」
「あ~ん♪」
俺は彼女に言われるがまま、餌を待つ雛鳥のように大きく口をあけた。
――瞬間、口の中に苺のマーガリンが詰め込まれた。