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第26話 お隣の女神さまが俺の恋路を邪魔してくる件について

 かれこれ学生を続けて11年。


 我が人生において、今日ほどお昼休みが待ち遠しいと思ったことはない。


 秒針がなかなか未来を刻まず、モヤモヤすること4時間ちょい。


 何度も気が狂いそうになりながら、ようやく約束された勝利の鐘が教室中に鳴り響いた。




「――近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタン男爵が言った言葉をキミたちは知っているだろうか。『参加することに意義がある』、もちろんみな1度は聞いたことがある言葉だろう。これは――」




 4時間目の終了を告げる鐘が鳴ったというのに、日本史のおじいちゃん先生の授業は続く。


 しかも長い上にまったく授業と関係ない話なため、思わず紳士の俺らしくもなく何度も舌打ちをこぼしてしまう。




「――参加することに意義があるなら、参加しないことにも意義があるはずです。そう、つまりこのあとの職員会議に私があえて参加しないことにも、何か意義があるはずだと言っていいはずです――」




 早く終われ! 


 クラス中のあちこちでコツコツコツコツ! と、何人かの生徒が机を指先で叩いて先生にプレッシャーをかけ始める。


 その傍らで俺は椅子から腰を上げ、ジリジリとつま先を扉に向かって動かしていた。




(早く……)

「えーと、それじゃ……」

(早く、早く……っ!)

「最後にこの言葉をみんなに送っておしまいにしようと思います」

(早く終われクソジジィぃぃぃぃぃ――ッッ!?)

「『深淵しんえんを覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ』BY田中」




 ニーチェの言葉を先生が送っちゃうのかい! とクラス全員が思ったことだろう。


 素直にニーチェから送って貰いたかったわ。




「それじゃ委員長、号令をおねが――」

「起立! 礼! ありがとうございました!」




 先生が言い終わらないうちに、俺は委員長の代わりに号令をかける。


 そのまま「それワタシの台詞!?」と目を見開く委員長を差し置いて、鹿目ちゃんのいる1年E組へと駆けだ――




「どこへ行くんですか士狼?」

「め、芽衣!?」




 ――そうとして、いつの間にか教室の扉の前に税関を強いていた会長閣下が、素敵な笑顔で俺を見据えていた。


 は、速いっ!?


 速いよ芽衣さん!


 疾きこと早漏の如しじゃん!? 


 さてはコイツ、俺の行動を読んでいたな!?




「あれ? 聞こえませんでしたか? それじゃあ、もう1度聞きますね。……どこへ行くんですか、士狼?」

「と、トイレでお花を爆撃しに……」

「メロンパンを持って、ですか?」

「お、俺は便所メシが好きなんだよ!」




 カレーじゃないだけありがたく思え! と、自分でも訳の分からないことを口にする。


 なに言ってんの俺?


 バカなの?


 イカレなの?


 元気だったらその場のノリと勢いだけで誤魔化せるのだが、芽衣はそうはいかない。



「士狼、こっちを向いてください」

「な、なんだよ?」

「……やっぱり。士狼、わたしに何か隠し事をしていますよね?」




 街中で女子校生のパンチラと遭遇したときのように心臓が跳ねた。


 ふわっ♪ と、桜の香りが漂ってきそうな笑みで核心をついてくる芽衣に、脇から変な汗が溢れ出てくる。


 俺はバクバクと早鐘を打つマイハートを「落ち着け、落ち着け」と何度もたしなめながら、ポーカーフェイスを心がけ、芽衣と同じく爽やかな笑みを浮かべてみせた。




「か、隠し事ぉ? お、俺がダチに隠し事なんかするわけねぇだろ?」

「士狼? 自分では気づいていないかもしれませんが、実は隠し事をするとき、唇の口角がほんの少しだけ引きつるんですよ?」

「えっ、うそ!?」




 慌てて唇に手をあて確認する。


 べ、別に引きつってなんかないよな?


 と、そこで芽衣が邪悪に顔を歪めたのに気がついて、ハッ! とする。


 ま、まさかこの女!?




「確認しましたね? ということは、やっぱり何か隠しているコトがあるということですね?」

「っ! い、いやっ!? 今のは、お口のあたりにお米がついていたからで……」

「士狼の今日のお昼はメロンパンですよね? どうやってソレでお米がつくんですか?」




 全身の毛穴がブワッ! と広がる。


 身体中から変なお汁が止まらない。


 し、知らない!


 俺、こんな怖い笑顔を浮かべる芽衣ちゃん、知らないよ!? 


 おまえはホントに俺の知る古羊芽衣ちゃんなのっ!?




「あ、あの……? つ、つかぬことをお聞きしますが……芽衣ちゃんだよね? 途中でチェンジとかしてないよね? 最初から芽衣ちゃんだよね? 芽衣ちゃんが、芽衣ちゃんなんだよね?」

「あたりまえじゃないですか。なにを言っているんですか?」

「……だ、ダヨネ!」




 知ってた。


 シロウ、最初から知ってた!


 というか、よくよく思い出したらコイツ、最近はけっこう怖い笑顔を俺に向けてきてたわ。


 な、なんなの?


 なにがこのる気スイッチを押しちゃったの!?




「さて士狼?」




 芽衣が淡々と俺の顔を覗き見ながらひとつ、またひとつと質問を重ねていった。




「もしかしてですけど……告白でもされましたか?」

「っ!? な、なにをバカなことを!」

「されたんですね。相手は……1年の鹿目窓花さん?」

「だ、だから違うと言って――」

「なるほど。鹿目さんですか、そうですか」




 す、すごい……。


 もう何がすごいって、俺の表情だけで答えを読み取っていくその様は、もはやメンタリスト顔負けである。


 将来はFBIにでも入社するのかい、お嬢さん?


 なおも芽衣の『質問』と言う名の『尋問』は続く。




「いつされたんです?」

「ちょっと芽衣ちゃん? 俺の話し聞いてる? だからされてな――」

「なるほど昨日の放課後。空きクラスで。わたしが羽賀先輩と一緒に生徒会室で打ち合わせをしている時間ですか、そうですか」

「そ、そんなわけないだろ!?」

「それで朝の手紙は鹿目さんからで、内容は……お昼を一緒に食べることですか」

「エスパーか、おまえは!?」




 なにも言っていないハズなのに、成歩堂くんもビックリのスピードで次々と明らかになっていく俺の秘密。


 やめて! これ以上暴かないで!


 逃げるように両手で顔を隠そうとして――ガシッ!


 芽衣の両手が俺の頬を挟みこんで固定。


 瞳孔が完全に開き切った曇りなきまなこで、ジーッと瞳の中を覗きこんできた。ひぇっ!?




「で? お昼はどこで食べるんですか? 空き教室? 違う。体育館裏? これも違う。中庭……の銀杏いちょうの木の下? ……正解」

「ねぇ? なんで何も言っていないのに、普通に会話してるの? おまえには何が聞こえているの?」




 はたからみたら変な電波を受信しているようにしか見えない。


 なんで俺のまわりにはヤベエヤツしか集まらねぇの?


 神様はそんなに俺のコトが嫌いなの?


 古羊は俺の返事を聞くことも待つこともなく、ポケットから平然とスマホをとり出すと、どこかに電話をしはじめた。




「――あっ、もしもし洋子ですか? えぇ、予定通りプランBでいきます。中庭の銀杏の木の下で待機していてください」

「ねぇプランBってなに?」




 もしかしてプランAもあるってこと? 


 なんて茶々を入れようとする俺を右手で制止、よこたんとの連絡を切断する芽衣。


 ポケットにスマホを仕舞うと同時に、どこから取り出したのか苺のマーガリンを右手に持って、「さぁ行きましょうか」なんて訳の分からないことを口にして……んん?


 いくっ?


 イクッ?


 絶頂く?


 えっ、行く?


 ……どこへ?




「ほら、ナニをしているんですか士狼? 行きますよ?」

「ちょ、ちょっと待って! 一旦待って!」




 ついて来い! と背中で語る会長閣下にストップをかけながら、俺は1人必死に頭を回転させていた。


 うん、もうこの時点で嫌な予感しかしないよね。


 でも、もしかしたら違うかもしれないし……一応聞いておこうか。


 俺は一縷いちるの希望を賭けて、我らが巨乳生徒会長さまに声をかけた。




「い、行くってどこへ?」

「そんなの、決まっているじゃないですかぁ♪」




 ニタァ~ッ! と粘着質に笑う芽衣の姿を前に、俺は何故か獲物を狩ろうとする肉食獣の姿を見た気がした。

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