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<4・ただの人間にできること>

 マサユキの能力と、彼が起こした事件の数々については綺麗にデータがまとめられていた。魔王・アーリアからタブレットを一つ借り、簡単な操作方法と共に教わった紫苑は感嘆することになる。この魔王、天然ボケでぽやっとしている印象だが仕事はできる人間であるようだ。というか、仕事絡みに関することでは非常にマメだというべきか。そこまでデジタルに強い方ではない紫苑でも、見たいデータを捜すことには殆ど苦労しないで済んでいた。


「あの、アーリア様いいんですか」


 ちなみに。かなり重要な作戦であるのに、どこの馬の骨とも知れぬ異世界の小娘の意見を参考にするのは――彼の部下達からすると相当抵抗があるのは当然のことだろう。紫苑に気を使いながらも、小声で部下の一人がアーリアに尋ねている場面には何度も遭遇した。


「西の国の問題は、実際早急に解決しなければならないことでしょうけれど。だからといって、あんな普通の子供に関わらせていいものでしょうか。アーリア様の、古くからの知り合いというわけでもないんですよね?」

「まあ、そうだね」

「じゃあ、どうして?」


 彼らの疑問は尤もだ。というか、そこでちゃんとツッコんでアーリアに提言できるあたり、彼らが良好な関係を築いていて、かつ部下達が無能ではないことの証明だろう。アーリアを慕う者であるならば、突然現れた小娘の存在には大いに疑問を感じて貰わなければむしろ困るのだから。

 そして、それに対するアーリアの返答はと言えば。


「協力してくれるのは有難いと言ったけど、私だって馬鹿じゃないんだよ。もし彼女が言い出したことが現実問題として不可能なことや無茶なことなら止めるし、採用もしない。どうするかは、意見を聴いてみてから決めればいいじゃないか。どっちみち、こっちも対策はやり尽くして手詰まり状態だったんだしね。これ以上無駄に仲間を突撃させて、犠牲を増やすよりはマシだと思うけどな」


 こういう時に思うのは――自分が、勇者達と同じように『チート能力を持たされて転生・転移した存在』でなくて良かった、ということだ。

 もし、紫苑の能力が『どんな相手にも絶対服従の命令をかけられる』なんてものだったとしたら。紫苑の意見がどれほど間違っていても無茶でも非現実的でも、彼らは強引に実行しようとして状況を悪化させてしまっていたことだろう。それこそ、十分な情報が与えられなければ、元々部外者であった転生・転移人に真っ当な判断が下せるはずがないにも関わらず。紫苑としても、無理なことはちゃんと無理と言って欲しかったし、自分のせいでよその世界がメタメタになるなどごめん被るのだ。この世界の常識に照らして、いざとなったらストップをかけてくれる人間がいる、自分に対してイエスマンではない存在が傍にいることがどれほど有難いことであることか。


「……とりあえず、いくつか確認したいことがあるのですが、よろしいですか」


 そして、資料を熟読した後。紫苑はアーリアと、西の地域の担当者であったリョウスケという兵士とその部下達を集めての会議に参加していた。ホログラムを表示できる長テーブルに座り、意見の交換をし合う。中世ヨーロッパ風のお城の中に、バリバリ近未来的なコンピューターやらホログラムやらが詰め込まれた部屋があるというのがまたなんともミスマッチだ。――まるで、中世時代に突然高すぎる科学技術が持ち込まれ、人々の認識がズレたまま一部の技術だけが過剰に発展してしまったかのように見える光景である。

 異世界から、遠くない過去に持ち込まれてしまったという多くの科学技術。これもまた、世界のバランスを崩してしまうという結果の一つであるのかもしれない。明確に誰かが不幸になったとは言い切れないとしても、だ。


「マサユキが自らの能力『スローライフ実現』で引き起こした事件について見させていただきました。そこで気づいたんですけど……北の地域への影響って、マサユキの能力の直接的な被害によるものではないですよね?」

「というと?」

「マサユキの能力で迷惑を被ったり、住むところを失った者達が北の地域に逃げ込んできてトラブルを起こす、などがメインであるということです。例えば……」


 ああ、本当に便利だ。タブレット上で操作しても、空中に浮かんだホログラムを触っても自由に表示画像を変更できる。しかもそのホログラムというのが、紫苑が映画で見たことがあるようなぼんやりとノイズがかかっていたり、明確に向こう側が透けているようなものではない。よく見れば透けていないわけではなかったが、まるで本物そっくりの質量でそこに存在していると言っても過言ではないのだ。

 この世界のホログラムは、現実世界と同じ質量や温度を再現することができるようになっているらしい。そこに、生き物としての意思がなく、あくまで無機物としての再現であるというだけで。


「マサユキが農園を拡大するため、自分の土地の隣にあった森を消失させてしまった事件。本来森があった場所に、彼が望むまま整備された綺麗な果樹園が登場したわけですが……それは、本来は西のカナディエル王国の農家の果樹園でした。持ち主の農家は果樹園を失い、突然モンスターが住む森の一角を自分の土地に押し付けられたわけです。食い扶持を失ったばかりか、突然の環境の変化に驚いたモンスター達はパニックになり、農家の自宅を襲って破壊してしまいました。一家の家長は負傷、彼らは結局行き場をなくして北の地域まで逃げてくることになったわけですね」


 その一家は、西の地域に住んでいるからして、西の女神・マーテルの信者でもある。それぞれの女神の宗教には特徴があり、それぞれ禁忌や制約が決まっているのだが――これが、他の女神の信者や無宗教の人々とトラブルを起こすきっかけを作ってしまいがちだ。

 例えばマーテルの信者は、道を歩く時必ず父親が前を歩き、母親がしんがりを守る。聖書に書かれた教えでそうなっているためだ。問題は、彼らにとっては家族であるのにその体制を守らない者達は、神を馬鹿にしていると受け取ってしまいがちであるということ。

 で、予想された通り北の街の別の家族とトラブルを起こした。母親が、別の一家がそのようにして歩いていなかったのを見とがめていきなり説教を始めたのが原因である。その時は仕方なくアーリアの部下達が出ていき、どうにか母親を宥めることで大騒ぎになるのを収めたようだが――結果として、彼らと地域住民の間に大きな溝を作ってしまうのはどうしようもなかったらしい。

 まあ、つまり何が言いたいのかと言えば。北の地域への悪影響は、間接的なものに限定されている、ということ。実際マサユキがやった農園拡大能力の直接的な被害に遭ったのは、同じく西の地域の者であったということである。


「そうか……!」


 理解が追いついたらしく、アーリアが声を上げる。


「いや、その可能性も考えてはいたけど、やっぱりそうなのか。マサユキの能力がチートであるのは、西の地域限定……!」

「僕もそう思います。他の事件を見ても、マサユキの能力に直接被害を被ったのは、全て西の地域の住人に限定されているんです。よくよく考えれば彼に加護を与えているのは、西の女神であるマーテルだけ。マーテルの支配地域外には、その能力を及ぼすことができないと考えるのはごく自然なことではないかと」


 そして、もしこの予想が正しいのなら。手の打ちようはあるということである。彼のスローライフ実現能力を封じる手立てもあるはずだ。例えば先の農園の件で言うのなら、彼が「此処に農園を増やそう」と思っても――同じ西の地域内に利用できる農園が存在しなければ、彼の能力は恐らくまともに働かないはずなのだから。勿論その状況を作るには、西の地域の住民にも協力を要請し、相当な手間暇をかける必要があるということになるけれど。

 同時に、マサユキを追い詰めて困窮させることができたとしても、本人の意識が変わらなければ根本的な解決にはなるまい。

 最悪、再び女神に縋りついて、新たなチート能力を要求するようなことをするかもしれない。ただでさえ厄介な能力持ちの、人の迷惑を顧みない男である。暴走させたら何をしでかすかわかったものではない。

 ならば、彼を追い詰めると同時に――どうすれば改心させられるのか?を考える必要があるだろう。いや、改心させなければいけないのは、西の女神・マーテルも同じか。そもそもの発端は、彼女が自分の都合だけで無関係な異世界人を巻き込み事故に遭わせ、強引に転生させたあげく扱いきれないと見るや放置したのがきかっけであるのだから。


――勇者も勇者なら、女神も女神ですよね。本当に他の女神が気に入らなくてなんとかしたら、自分で殴り合いの一つでもしたらどうなんですかね。人任せになんぞしないで。


 とりあえず、次に会ったら殴ってもいいと思う紫苑である。

 いや、無関係の異世界人であるのは自分も同じなのでアレだが。それならアーリアに殴らせてもいい。迷惑を被っている現地人の当人なのだから。ここで「男が女を殴るなんて!」とピーピー喚く空気の読めない輩も現れまい。どう見たって、男女以前に一番力を持っているのが神様のはずなのだから。


「その場合は西の地域の住民に働きかける必要があるね。彼がスローライフ能力を満足に発動させられないようにするためには、西の地域に彼の供給源となる農園や資源がない状況を、一時的にでも作らないといけないわけだから。……協力を要請した上で、空間転移装置をフル稼働させないといけないなこれ……」


 無茶だと却下されても仕方ないと思っていたが、案外アーリアは現実的に考えてくれているようだった。思えば、異世界に自由に行ったり来たりができる魔王様である。異世界から勇者――ではなかったし完全に事故ではあるようだが、一般人である紫苑を召喚することにも成功しているのだ。相当なスペックがあるのは間違いあるまい。

 能力だけ見れば、本当に魔王に相応しいクラスであるのかもしれなかった。それにしては、中身が善人すぎるけども。支配?復讐?暴力?なにそれ美味しいの?であるようだし。


「でしたら、使えるものがあるかもしれません」


 はい、と小さく手を上げたのはリョウスケだ。負傷した左手は動かない固定されているが、右手は無事だったようでホログラムを操作したりすることは可能らしい。すい、と指を動かして資料を表示させる彼。


「このマサユキという勇者ですが。召喚された当初は、女神からも近隣の住民からも勇者らしい働きを要求されています。例えば、クナダタウンに隣接する森に出没した、凶暴なワイバーンを倒すために協力してほしい、とか。そのワイバーンが暴れるせいで怪我人が続出したため、退治か後方支援を助けて欲しいと依頼されたらしいんですけど……本人は『自分は異世界でスローライフしたいんだからほっといでくれ。ワイバーン退治なんかそっちで勝手にやってくれ』と全く相手にもせずに依頼者を門前払いしたようで……」

「ああ、あれか。物資の供給も資金援助もしなかったんだってね。すぐ近くの町で、けが人が大量発生して困ってたのに。俺のところからも医者と医療術師派遣して大わらわだったっけ」

「ええ。……似たような依頼を彼は全て断り、勇者どころかその……人間としてどうなんだろう、という身勝手ぶりを発揮していたようです。結果、西の地域は他の地域以上に面倒なモンスターが放置されたままになっていたり、人が住めなくなった町や土地がそのままになっていたりするようで……こういうのは、利用できませんか?」


 確かに、使えそうだ。紫苑は自分のタブレットにメモを付け加えていく。あのリョウスケという兵士、なかなか頭が回るらしい――といったら少々上から目線かもしれないが。さすがは西の地域の担当者に回されただけのことはあると言うべきだろうか。

 やれるかもしれない、と紫苑は思う。かなりの準備と努力は要求されるだろうが、それでもダメダメの状況に僅かでも光明は見えてきたはずである。

 ならば、自分がやるべきことは。


「アーリア」


 物理的に戦うなんてことはしない。そんな力なぞ自分にはない。でも。


「女神・マーテルと接触する方法は、ありませんか?」


 誰かを説得したり、話をすることならできるはずだ。

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