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<7・勢い任せの本心>

「ああああああああ……」


 マーテルを説得するどころか、結局思い切り脅してしまった。城に一度戻ってきてから、紫苑は完全に頭を抱えてうずくまることになる。

 ちゃんと話し合いでなんとかしようと決めていたのに。これではどこのヤンキー女だ、といった有様だ。しかもキレた時だけ、火事場の馬鹿力でも出るのか、若干嬉しくない方向に腕力が上がっている気がするのである。

 いつもこうなのだ。冷静になんとかしようと思って、常に丁寧な言葉使いと態度を心がけているはずが――本気でムカっとくるとタガが外れてしまい、結局暴力に頼ってしまうのである。


「お、落ち着いてよ紫苑。確かにびっくりしたのは事実だけどさ、結果として情報は手に入ったわけだし……」

「そうかもしれないですけど、そうかもしれないですけど!結局、暴力と脅迫で解決なんて最低です……!しかも貴方にまであんなクチのききかたををををを」


 しかも、何がショックって、アーリアの目の前で醜態を晒したことである。彼に手を貸したいと思った理由の一つも、『あの人』の意思を継ぎたかったのと――彼がなんとなく『あの人』に似ているような気がしたからで。そんな相手の目の前で、みっともない姿を見せるなど本来言語道断であったはずなのだ。


「確かに、マーテルはちょっと……というかかなりアレでしたけど。話が通じないほど馬鹿ではないと思ってましたし、根気よく説得すればきっと通じないこともなかったと思うんです。本人だって罪悪感ゼロではないから、勇者をどうにもできなくて放置してしまっていた面もあるんでしょうし……」


 全く、これでは協力どころか足を引っ張るだけなのではないか。さっさと元の世界に返して貰った方が迷惑をかけずに済んだのではないか。

 城の入口でしょんぼりオドロ線を背負う紫苑に、優しい優しい魔王様はポンポンと背中を撫でてくれている。


「確かに、ちょっとやりすぎではあったかもね。まあ……殴るくらいしないと、実際まともなお話にならなかった気はするけど」


 彼が慰めてくれればくれるほど、いたたまれない気持ちになる。――いつも助けてくれたあの人を思い出してしまうから、余計に。


「私が君の行動を否定しても肯定してもさ、最後に結論を出すのは君だもの。失敗したと思うなら、それを次に生かしていけばいい、それだけだろう?何も人が死んだとか、取り返しのつかない失敗をしたわけではないし」

「そうですけど……」

「それに、実際君のおかげで有益な情報が手に入ったのは事実だ。……私もその考えには賛成しているんだよ。勇者をただ倒すだけでは、なんの解決もしない。彼らと女神に過ちを理解してもらって、二度とこのようなことが起きないように楔を打たないと。それこそ勇者を殺したって、第二第三の勇者が現れるようではなんの解決にもならない……そうだろう?」

「……ええ」


 アーリアの、言う通りだ。むしろ彼が下手に責めないからこそ、紫苑も自分をしっかり見つめて反省しなければと思っているとも言える。そして、彼が何を言おうと、己の行動にどんな意味を見出すかを決めるのは紫苑自身でしかない。失敗を反省することも大事だが、今ここにある結果を未来につなげることも同じだけ重要だ。

 いつまでもグダグダと悩んで足踏みをしていても、今が未来に繋がることはないのだから。


「ありがとうございます、アーリア」


 助けると、誰にも強制されずにそう決めたのは自分だ。

 ならば少なくとも目処が立つまではやりぬくべきである。相手に迷惑だ、とつっぱねられない限りは。


「お尋ねしたいことがあります。……西の地域がかなりの危機に陥っていることは知りましたが。他の二つ、東と南はどうなのでしょうか」

「どう、というと?」

「やはり、相当住民が被害を被ってはいるのですよね?どれくらい緊急性が高いのでしょうか。……今からマサユキの件に関してやろうとしていることと同じことを最終的に残り二人にもうやるのなら、一部の工程は同時進行した方が早いのです。少々、人海戦術にはなってしまいますけど」


 自分がマーテルに聞き出した情報から、紫苑が勇者達にどんな働きかけをしようとしているのかは既にアーリアも気づいているはずである。何故このようなことを言い出すのかは、彼もよく理解していることだろう。なるほどね、と城の壁に背中を預けて頷くアーリア。


「最終的には、勇者達に現代日本に戻る、あるいは転生しなおして貰うほうが理想だ。そうでもしないと、彼らが持ってしまったチートスキルは消せないだろうからね」




『そ、そんなこと言われてもお……!い、一度あげちゃったチート能力は、解除できないからあ!そ、それに……本人が望まない限り、元の世界に帰すこともできないし……っ』




「ただ女神の言葉を借りるなら、そうするためには勇者達自らが現代日本に帰ってもいいと考えてもらうしかない。そのためには、彼らが元の世界でどのような人間であったか、何故異世界に永住することを望むようになったのか、その原因を探る必要がある。……なら、こちらから現代日本に調査員を派遣して、彼らのことを調べなければいけないわけだけど。その調査、できれば三人分同時進行した方がいいってことだよね?」

「そうです。僕一人を現世に戻すのに少々手間どっている貴方の姿を見るに、現世とリア・ユートピアを繋ぐ召喚魔法は少々面倒なものであるように感じました。何度も何度もあっちとこっちを行き来させるというのも、非常に時間がかかって非効率なのではないかと。ただ、そうなると……」

「西の地域が急ぎなら、他の地域のことに手をかけている時間はない。そして同時進行するなら、東の女神と南の女神からも、勇者の情報を入手するために説得しないといけないってことだね。現世に人員を派遣する前に」

「そういうことですね」

「ふむ……」


 ここまで話して、ふとアーリアが何かに気づいたように、はっとして顔を上げた。


「ちょっと待ってよ、紫苑。……もしかして君、全ての勇者をなんとかするまで、この世界にとどまってくれる気なの?有り難いけど、さすがにそこまで迷惑かけられないよ……!」


 わたわたしながら言う彼は、まるでクンクンと喉を鳴らす大きなゴールデンレトリーバーのよう。なんだか可愛い、と場違いなことを思ってしまう。

 だから紫苑は、卑怯とはわかっていながら――こんな物言いで返すのだ。


「迷惑なら、そうはっきり仰ってください。すぐに帰らせていただきますから」


 わかっている。

 段々自分は、この世界のことをどうこうしたいとか、困っている人を助けたいとか、興味があるというだけではなくて――この、魔王と呼ぶには優しすぎるこの人の傍に、一秒でも長くいたいと願うようになっているのだ。自分なんか近くにいたって、それでどうにかなると思っているわけではないけれど。

 ただ、あの身勝手な女神ではなく、暴走するばかりの勇者でもなく――この人が導く世界がどんなものになるのか、非常に興味を持っているのも確かなのである。失敗もするかもしれない。うまくいくかもしれない。先のことは何もわからない。でも、きっと今あるこの世界より、マシな結果が待っているはずだと信じたくなるのだ。

 そういうものを、この人は持っている。本来魔王なんて、勇者に倒されてこそハッピーエンドであるはずなのに。


「そうでは、ないけど、でも……」

「ほんと、魔王様なのに貴方は優しすぎるんですよ。あくまで僕が此処に来たのは事故であって、女神が強引に人を殺して転生させたのとは全く違うじゃないですか。僕は死んで転生したわけでもないし、最終的には今望んで貴方に協力しているわけで。何も、罪悪感を覚える必要なんかないんです。貴方にそんな顔されると、僕もどうしていいのかわからなくなっちゃいますよ」


 ね、と。額の真ん中をツンとつついてみせると。初心な魔王様は一瞬きょとんとして、可愛らしく頬を染めてくれるではないか。

 明らかにあちらが年上だと思われるのになんだろうこれは、と紫苑は思う。いたいけなショタを弄ぶおねーさんの気持ちが、少しだけわかってしまったような気がするのだが。


「……と、とりあえず。西の地域に派遣した部下にもう一度連絡取ってみるよ」


 彼は赤くなった顔を隠すように、ぷい、と明後日の方向を向いて告げた。


「もし、まだなんとか余裕があるって話なら……君が言う通り、三つの案件は同時進行で調査した方が早いからね。これからの作戦も変わってくるし。……一刻も早く、北の国の人々だけじゃなくて……困っている他の国の人たちも助けないといけないことに、なんら変わりはないんだからさ」

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