ある日、いつもはしっかりと閉じられている三番目の懺悔室が開いていた。
ギルバートはいつも二番目を使うが、たまたま一番目も二番目も閉じていたので、仕方なく三番目に入ったのだ。すると、普段は必ず閉じられている懺悔室の小さな小窓が少しだけ開いていた。
その小さな窓の向こうに、見覚えのある表紙が見えたのだ。
ギルバートはそれを見て思わず声をかけてしまった。
『あなたもキャンディハートさんを読むのか?』と。
すると、驚いたように本の持ち主が動いたのが分かった。慌てて本を隠し、小窓を閉める。
【そんなに焦らなくても】
そう思いつつ部屋を出ようとすると、今度は向こうの方から声をかけてきた。
『真実はいつも見えない』
その言葉にギルバートはハッとした。これはギルバートの大好きなポエムだ!
それに気づいて思わず声を上げる。
『だからこそ、幸せな時もあるゾ!』
心の中が感動で打ち震えた。まさかここで同士に出会うとは!
ギルバートは椅子に慌ただしく腰掛け、小窓の向こうのシスターに言った。
『僕の一番好きなポエムだ。これほど深い言葉はない』
するとシスターも言った。嬉しそうに。
『私もです! 色んな意味合いを含んでいて、いつも考えさせられます』
小窓が無ければきっと硬く手を握り合っていただろう。
しかしここは懺悔室。お互いの顔は見ない。触れない。ましてや相手はシスターだ。どれほど声が可愛かろうと、趣味嗜好が合おうと、詮索してはいけない。
何よりも、ギルバートにはもうすぐ鬼嫁が来る予定である! やはり今すぐ婚約破棄したい。
ロタと、とは言わない。シスターに手を出すような事はしないが、せめて『悪役令嬢』ではなくただの『令嬢』と結婚したい。
そんな訳で、始まった一週間に一度のロタとの逢瀬はたったの五分程度だが、それでもギルバートには有意義な時間だった。
「どの作品ですか? 今日は私も持ってきているんです」
「うん、これなんだが。『思いつくままに口に出せ。六割ぐらいは上手くいく』これは、四割は上手くいかないだろうと言う解釈でいいのだろうか?」
「私もそう受け取っていましたが、改めて考えると、もしかしたらこれは注意を促す優しいポエムなのではないでしょうか?」
「というと?」
「はい。四割は上手くいかないかもしれない。でも、成功率は半分を超えている訳です。これが七割ならもう少し安易に口に出せばいいと思うかもしれません。ですが、六割です。少しだけ考えなさい、という意味なのかも……」
ロタの言葉にギルバートは目を見開いた。なるほど。そういう解釈の仕方もある。
「なるほど! これはキャンディハートさんからの思慮深くあれ、というメッセージか!」
「はい! きっと!」
「素晴らしいな! 何て優しい方なんだ! ポエムの中にそっと注意点を織り交ぜるのがまた心に染み渡る」
「本当にそう思います。私はいつもやる事成す事失敗ばかりしてしまうので、キャンディハートさんのポエムは本当に読んでいて力になるんです。この間も……」
途端に元気がなくなったロタにギルバートは首を傾げた。
「何かあったのか?」
「はい。私の住む所でちょっとした風邪が流行ったんです。私はどうしても皆を救いたくて、家にあった薬草を煎じて配ったのです」
「それで?」
「それで……その薬草がその、ちょっと古くなっていたようで……」
その先は言わずもがなである。可哀想に運悪くその薬を飲んだ人達は、今度は腹痛で寝込む羽目になってしまったようだ。
ギルバートは思った。何と健気な、と。まるでたんぽぽのような愛らしさではないか。
「失敗は誰にでもある。確かに薬草が古かったのは不運な事だ。しかし、ロタのその助けたいという気持ちは皆に伝わったはずだ」
ギルバートの言葉にロタはグス、と鼻をすすった。そして鼻声で小さく、はい、と返事をしてくれる。
「ギルも、私にとってキャンディハートさんのように元気をくれる存在ですね」
どことなく嬉しそうなロタの言葉にギルバートは胸を押さえた。可愛すぎる。
「それは僕もだ。いつもありがとう、ロタ。またな」
「こちらこそ、いつもありがとう、ギル。また来週」
ギルバートは席を立った。向こうも立ち上がる音がする。それがいつもの別れの合図だ。
やはり一週間に一度の懺悔室はいい。心が満たされる。表ではチキンハート故に言えない本心も、ここでならこんなにも素直になれるのだから。
ギルバートは待たせていた馬車に乗り込むと、ふぅ、と息を吐いた。
その時、ふと馬車の窓の外に綺麗な金色の髪が見えた気がして、思わず乗り出して外を凝視してみたが、そこには誰も居ない。ロタも、もしかしたらあんな金髪なのだろうか。声から察するに絶対にロタは可愛いに違いない。
ギルバートも男である。可愛い人を見ればトキメク。
しかし何故か舞踏会などではギルバートを誰も誘ってくれない。だからもう最近は、傷つきたくないので極力参加しないようにしている。