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第3話

 ギルバートは眠る前に必ずお気に入りの本を読む。本と言っても詩集だ。ポエムが大好きだ。ポエムはいい。口下手なギルバートからしたら、共感出来る事が山の様に書いてあるのだ。


 お気に入りはキャンディハートさんと言うポエマーの物だ。もう名前からして可愛い。そしていつも心をストレートな言葉でズドンと打ち抜いてくるのだ。


 ギルバートはベッドサイドの引き出しの中に仕舞ってあるキャンディハートさんの新作とトウモロコシ人形を取り出した。


 このトウモロコシ人形は以前、戦争から戻った時の凱旋パレードで子供がくれたのだ。感動に震えながらギルバートに手渡してくれたのがこのトウモロコシ人形だった。


 このトウモロコシ人形、穂の部分は毛糸で作られていて身の部分にはぎっしりと乾燥させたひよこ豆が詰まっている。そして手触りがとてつもなく良い。揉むとストレスも解消されるような気がしないでもない。


 しかしそろそろ汚れてきたので新調したい。どうやら揉み過ぎたようだ。


「さて【今日のポエムは】」


 一日一ポエム。それを心に刻んでトウモロコシ人形を握りながら寝る。ギルバートの大事な日課だ。


『お先真っ暗だなんて嘆かないで。きっといい事あるある!』

【素晴らしいな!】


 その通りだ。いくら悪役令嬢と名高いシャーロットとの婚約が決まっていたとしても、ギルバートは何不自由なく生きている。それだけでもう幸せではないか!


 今日も感銘を受けたギルバートは、また本を引き出しに仕舞って眠りについたのだった。


 しかし一晩明ければまた憂鬱はやってくる。


「失礼します。本日の書類です」


 サイラスが執務室にやってくるのと同時にギルバートは冷たく言い放った。自分自身に。


「最悪だな【どうして思い出してしまうんだ……キャンディハートさん、こういう時はどうすれば……あの女、とうとう夢にまで出て来たぞ。顔も知らないというのに】」

「え? あ! 申し訳ありません。失礼しました」


 サイラスは手にした書類を確認して慌てて踵を返して出て行ってしまった。


【何か間違えたのか? そんな慌てなくても構わないというのに。全く、サイラスはおっちょこちょいだな!】


 笑いを噛み殺しサイラスを待っていると、青い顔をしてサイラスが戻ってきた。


「申し訳ありませんでした。こちらが本日の書類になります」

「ああ【走らせてしまって済まなかったな、サイラス】」


 書類を受け取ったギルバートは机の上に一枚ずつきっちり並べると、端から目を通していく。


「これとこれは至急、王に届けてくれ。後はいい。【至急とは言ったが、別にそこまで急ぐ必要はないぞ】」

「は、はい!」


 書類を受け取ったサイラスは、やはり足早に部屋から立ち去る。


【本当に真面目な奴だ。感心感心】


            ◇◇◇


「はぁぁ。失敗した」

「どうした? サイラス」


 昼食の時間、サイラスはレモン水を飲みながら使用人達の食堂で突っ伏していた。そこへやってきたのは騎士団長のガルドだ。


「今朝、王子に持って行く書類を間違えたんだ」

「やっちまったな。怒られたか?」

「そりゃもう。書類見る前に、最悪だな、って。背筋がゾッとしたよ」

「見る前から? そりゃ怖いな。まぁ、あの人に死角なんて無いに等しいだろ」


 何せ目を閉じたまま戦場を駆けまわるのだ。さらに弓なども察知する。見てない書類を間違いだと気付くのも訳ないのだろう。凡人には全然理解出来ないが。


「もっと王子に相応しくありたいと思うけど、なかなか難しいよ」

「そりゃそうだ。天才と凡人はどうしたって違う。でも、お前ぐらいだろ? 十年もあの人に仕えてるのは」

「そうだよ。まぁ、それはちょっと自慢かな」


 そう言ってサイラスは笑顔を浮かべた。少しだけ自信回復である。


「なかなか言うな! そういや明日か? いつもの教会は」

「そうだよ。あの人は本当に、無慈悲なのかと思えば、必ず週に一度は教会には顔を出す。まぁでも何を祈っているのか、見当はつくけどね」

「ああ。次の戦争の事に決まっている。あの戦鬼の事だ。また単身で早駆けして大将の首をもぎ取ってくるに違いない」


 一月後に開戦される予定の戦争に向けて、騎士達は今鍛錬中である。ギルバートはきっと、その戦争の勝利祈願をしているのだろう。


 サイラスとガルドは聞かなくても分かるギルバートの願いに水で乾杯した。


           ◇◇◇


 ギルバートの一週間は国境にある教会の懺悔室から始まる。ここは良い。身分も全て隠して思う存分言いたい事を言えるのだから。


 ギルバートはいつものように三つあるうちの一番奥の懺悔室の扉を開けて中に入った。カタンと音を立てて椅子に座ると、しばらくして少女の声が聞こえてくる。


「こんにちは」


 いつもの鈴のような可愛らしい声が聞こえてきた。この声は癒しだ。ギルバートの一週間にハリとツヤを与えてくれる。


「キャンディハートさんの新作を読んだのだが、どうしても解せないポエムが一つあって、ロタの意見が聞きたい」

「ええ、喜んで」


 懺悔室とは懺悔する場所である。決して雑談をする場所ではない。


 しかし、半年ほど前からギルバートはこの壁一枚隔てた向こう側に居るシスターに相談をするようになっていた。そして向こうの相談にも乗る。


 何故なら彼女、ロタとは趣味嗜好が大変合うのだ。


 きっかけは些細な事だった。

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