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第8話

           ◇◇◇


 結局、出て来た飲み物はお茶だった。


 少しだけテンションの下がったギルバートは、紅茶に砂糖を溶かしこみながらため息を落とした。


【それにしても可愛かったな。いや、僕にはロタが居る……というよりも、それ以前に悪役令嬢が居る訳だが……】


 他の女子に現を抜かしている場合ではないのだ。悪役令嬢シャーロット問題を早急に何とかしなければならない。


「失礼します」


 三つ目の砂糖を溶かしこんだ時、控えめにサイラスが執務室に姿を現した。何だか元気がない。


「何だ【何かあったのか? 相談なら乗るぞ? あ、しかし色恋沙汰は僕には無理だが】」


 何せ経験が無さすぎる。そして今回の事で気付いたのだが、どうやらギルバートは気が多いようだ。ロタという心のオアシスが居ながら、天使に見惚れてしまった。


            ◇◇◇


 ギルバートはそんな自分を恥じながらサイラスをチラリと見た。その途端、サイラスは何かを持って近寄ってくる。


「王子、森でこんな物を拾いました」


 そう言ってサイラスが持ってきたのは紫色のリボンだ。


【これは! 絶対にあの天使の物だ! そうに違いない!】


 あの天使はリボンなどどこにもしていなかったが、きっとお茶目に森を駆け回っている最中にどこかで引っ掛けて落としたに違いない。落として困っているかもしれない。すぐに届けてやらなければ! 


 そう思いつつ、下心はもちろんある。もう一度会いたい、という思春期らしい下心が。何度も言うが、ギルバートとて男だ。チキンハートとは言え、可愛い子には弱い。


「落とし主を探せ【そして落とし主の名前を教えてくれ! 届ける時はもちろん僕が行くから!】」

「はい!」


 サイラスはそう言って執務室を後にした。そんな後ろ姿を見送り、ギルバートは今日も書類仕事に精を出す。


 戦争になど出ずにこうやって毎日書類ばかりを相手にしているのが自分には向いている。本当に、どうしてわざわざ皆争うのだ。くじ引きとかで決めればいいだろう!


 いちいち殺し合いをする意味が分からない。お化けになって出てきたらどうするんだ!


 ギルバートは気づけば怒りに任せて山の様にあった書類を終えてしまっていた。こうなるとやる事が無い。


 そうだ、たまには父に自分で届けよう。いつもサイラスに任せてばかりでは悪いからな。


 ギルバートは立ち上がり、書類を持って執務室を出た。


 ギルバートの執務室と王である父の執務室は隣同士だ。そして向かいの部屋が王妃のお稽古部屋になっている。


「失礼します」


 ノックをして声を掛けて中に入ると、父は欠伸しながら大きく伸びをしている所だった。机の上にはお菓子とお茶と、明らかに執務に関係のない本がうつ伏せの状態で置かれている。


 父はギルバートを見てギョッとしたような顔をして慌てて居住まいを正した。


 思いがけなく父の可愛い一面を見たギルバートは言う。


「随分お疲れのようですね。【もう歳なのですから、あまり無茶はいけません。もっと僕に書類仕事を回してくれても構わないのですよ。書類仕事ならいくらでも喜んでやるので】」


 ギルバートの言葉に父は凍りついた。


「だ、大丈夫だよ、ギル。ところでどうしたんだい? 書類に何か不備でもあったかい?」

「これを【持ってきたんです。自分で! サイラスにばかり任せていては、王子の名が廃ります。やはり王子というのは何でも自分でこなせてこそだと思うのですが、僕はどうもサイラスに頼りすぎているような気がするのです。これではいけません。いえ、分かってはいるのですが、なかなか実行に移せないのが僕のいけない所だと自覚はしていて――】」


 ギルバートは父の机に書類の山を置いた。後はサインを貰うだけだ。


「あ、そ、そうなの。ありがとう」


 たじろぐ父に頭を下げたギルバートは、そのままホクホクとした気持ちで向かいの部屋に向かう。父にも挨拶をしたのだ。母にも挨拶しなければ失礼にあたる。


「失礼します」


 そう言ってドアを開けると、母はオッドマンに足を投げ出してどこかから貰ったのか、やはりお菓子を食べている。


 母はギルバートの顔を見た途端に、やはり父と同じようにギョッとした顔をして慌ててお菓子を隠して足を下ろし、ドレスの裾を整えた。


「ど、どうしたの? ギル。珍しいわね」

「仕事が終わったので【挨拶に来ました。それにしても母さんはいつまで経っても少女のような人だな。相変わらず無邪気でいい】」


 母の可愛らしい一面も見れた今日という日は、ギルバートにとってやはりいい一日だ。


 心の中でそんな事を考えていると、母は急に立ち上がってダンスのステップを踏み始めた。


「きゅ、休憩してたの! 決してサボっていた訳ではないわ!」

「そうですか。ならいいです。【おやつの時間には少し早いのでは? と思ったが、休憩中だったのか。それは悪い事をしてしまったな。休憩は大事だからな。しかしステップが滅茶苦茶だな。まぁ、そこが母さんの可愛いところだが】」


 滅茶苦茶なステップを踏む母に一礼したギルバートは、部屋を出て執務室に戻った。


 早くリボンの持ち主が分からないだろうか。ついでに彼女の名前なんかも分かるとなおいい。


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