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第9話

            ◇◇◇


 王妃はギルバートが部屋に戻ったのを注意深く伺ってから急いで王の執務室に体を滑り込ませた。執務椅子では真っ青な顔をした王が机の上の書類に慌ただしくサインしている。


「あなた! どうしましょう!」

「ひっ! ああ、リーシャか! またギルが来たのかと……どうしたんだい? そんなに血相変えて」

「忙しいの?」

「いや、うん……さっき、ギルに暇なのか? みたいに言われて少しその、サボってるのがバレてしまってね」


 ギルバートはそんな事は一言も言っていない。疲れているのか? と聞かれただけだ。


 しかし、あの圧がそれを素直には受け取らせない。きっとあれは嫌味に違いない。


 それを聞いた王妃もまた頷く。


「私もよ! サボってお菓子食べてるのバレちゃったの! どうしましょう!」


 あんな姿を見たギルバートが何を考えたのかなんてすぐに想像できる。きっと軽蔑したに違いない。あの冷たい視線が全てを物語っていた。


「君もか。まるで抜き打ち検査のようにやってくるなぁ、ギルは」

「そうなの。しかもうまい具合に中だるみした頃にやってくるのよぉ! どうして分かっちゃうのぉ?」


 涙目で擦り寄ってくるリーシャをヨシヨシと撫でながら王はギルバートを思い浮かべる。


 父譲りの銀の髪と母譲りの灰青の瞳。どちらに似たのかさっぱり分からない整いすぎた顔立ち。加えてあの態度である。立ってるだけで威圧感が半端ない。


 親なのに品行方正すぎる息子の言動にはいつもビクついてしまう。思えば彼は幼少の頃からそうだった。小さいながらに王子の立場を誰よりも強く受け止めて意識していた。


「もう少し肩の力を抜いてもいいのにねぇ」

「本当に……どこで育て方を間違えたのかしら……」


 首を捻る二人はその日からまた自分を厳しく律するのだった。


          ◇◇◇


 やはりキャンディハートさんはいい。


 ギルバートは読んでいたポエムを閉じて胸に手を当てた。感動したのだ。


 しまった。つい一日一ポエムを破ってしまった。王子たるもの、自分で決めた事すら守れないようではいけない。今日はここまでにしておこう。


 いや、でもあと一ページだけ……。


 机に仕舞おうか仕舞うまいか悩んでいると、ノックの音がしてギルバートは慌てて机の中に本を放り込んだ。


「入れ。【見つかったか? 見つかったのか!? リボンの持ち主が!】」


 ソワソワしながら待っていると、入って来たのはお待ちかねのサイラスだ。手にはあのリボンが握られている。


「どうした。見つかったか?【どこの誰だ? 天使のようだっただろう!?】」


 ギルバートの声にサイラスは神妙な顔をして頷く。


「はい。このリボンはどうやらアルバの物だったようです。グラウカで流通している生地ではありませんでした」

「アルバだと?【そんなはずはあるまい! あんな所に居たのだぞ!? 絶対に何かの間違いだ。必ず彼女はこの国に居る! はっ!】そういうことか【神は僕を試しているのだな! 真実の愛を見つけろと!】」

「え?」


 サイラスが顔をパッと上げた。優し気な茶色い髪と瞳が驚きに揺れている。


「リボンの生地がアルバの物だと言うだけで断定するのは早計だ。もっとよく調べろ。【そして彼女の名前を教えてくれ!】」

「は、はい!」


 ゆっくりと席を立ったギルバートを見て、サイラスは急いで踵を返す。リボンを持って。


 それは置いて行って欲しい。ギルバートが手を伸ばした時には、既にサイラスは部屋を出たあとだった。


 その日の夕方。


「!【レモネード!】」

「‼【レモネードォォォ!】」


 一日一杯しか許されていないレモネードの為にギルバートが汗を流していると、サイラスが駆け寄ってくる。


「王子! リボンの持ち主が分かりました!」

「なに? 誰だ?」

「それが……敵対している弓隊の腕章の一部だったようで」

「弓隊?【天使の物ではなかったのか……早計だったのは僕の方だったようだ。すまない、サイラス】」

「はい。どうも一月後の戦争の前にこちらの内情を調べようとしているスパイが居るようです。このリボンも、王子の言う通りこちらを欺こうとしてわざとわざわざ隣国で買った物のようでした」

「そうか。【ああ、恥ずかしい! リボン一つでこんな勘違いを! しかも弓隊が付けていたという事は男か! 勘違いをした自分がなおの事恥ずかしいじゃないか!】」

「ど、どうしますか?」

「……【どうしようもない。天使は結局どこの誰か分からなかったんだ。探しようが……待てよ? もしかしたらまたあそこに来るのではないか? よし】見張ろう」

「は、はい! すぐに監視台を設置します!」

「?【いや、何もそこまでしなくてもいいぞ、サイラ……居ない。相変わらず足の速い奴め】」


 気づけばサイラスは既に居なかった。天使といいサイラスといい、足の速い者ばかりだ。負けていられないな。


 よし、明日からは朝に走り込みをしよう。コッコちゃんとピッピちゃんを追い回すぐらいでは、やはり健康にも良くないだろう。誰が言ったか早朝のランニングは長生きの秘訣だと言うしな。


 全く、余計な事を言いやがって。


 相反する感情に振り回されながらもギルバートは今日も美味しくレモネードを頂いた。


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