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第10話

           ◇◇◇


 ギルバートの一言であの花畑に立派な監視台が出来上がった。周りの木に紛れてカモフラージュも完璧だ。そこに交代制で毎日騎士が見張りをしていた。


 ある日、花畑にギルバートが姿を現した。騎士はゴクリと息を飲み王子の動向を見守る。


 ギルバートは花畑をしばらく見まわしていたが、何を見つけたのかそのまま森の中に吸い込まれるように消えてしまう。


 ギルバートの行動に驚いた騎士が口笛を吹くと、あちこちからワラワラと隠れていた騎士達が姿を現してギルバートの後を追った。そしてそこで衝撃の光景を目にする事になる。

           ◇◇◇


 ギルバートは久しぶりにあの花畑にやってきた。コッコちゃんとピッピちゃんが見つけてくれた秘密の花園だ。


 ところが、花畑があった場所までやって来たギルバートは驚いた。花が無い。というか、何もない。ただの広場だ。おかしいな。確かにここだった筈だ。


 いや、よく見れば誰かが花を抜いた形跡がある。


【何てことだ! いくら美しいからと言って花を根こそぎ抜くのはマナー違反だろう! せめて一~二本だ!】


 その時、森の中からガサリと音がした。ギルバートはすぐさま顔を上げて森を見つめると、森の奥に紫色の何かが見えた。


【花も紫だった……まさか! 花泥棒か! 絶対に逃がさんぞ!】


 ギルバートは走り出した。あの花は天使とギルバートを繋ぐ大切な花だ。それを盗むなんて! しかも根こそぎ持っていくなど、言語道断だ! 


 あれほど走るのは嫌いだと心の中でいつも呟くギルバートに、神はいつもこうやって試練を与えてくるのだ。本当に無慈悲である。


 しばらく走っていると崖の上に出た。ふと下を見ると一面の紫色の何かを持った集団が居るではないか。ギルバートはカッとなった。


【あんな集団で花を摘みに来るとは! これはもう説教をしてやらなければ! しかし、あんな大群に一人でいけるか? いや、無理か】


 しかしその前にまず呼吸を整えよう。流石に一気に走りすぎてしまった。さっきコッコちゃん達と追いかけっこをした所だからな。


 ギルバートはふぅ、と息をついて崖の側にあった大きな岩に腰かけた。すると安定が悪かったのか岩が揺れ、後ろのさらに大きな岩にぶつかったのだ。


「あ【何だか危なそう】」


 チキンハートのギルバートはすぐに岩からどいて距離を取った。危ない事は極力しない。ギルバートの持論である。


「喉が渇いたな【確かもう少し奥に湧き水があったような】」


 ギルバートがまだグラグラしている岩を横目に近くの湧き水で喉を潤していると、突然水の出が悪くなった。そう思った瞬間、さっきまでギルバートが座っていた岩が大きな音を立てて砕け散り、後ろの大きな岩が水に押し出されて下に居た紫の軍団の上に転がり落ちて行ってしまったではないか! 大量の鉄砲水と共に……。


「! 【ひぃぃぃぃ! どこの誰だか分からんが、すまん! どうにか泳いで生き延びてくれ!】」


 今しがた起こった事に驚いたギルバートは、唖然として思わず剣を支えにその場に立ち尽くしていた。


           ◇◇◇


 ギルバートを追って森に入った騎士たちは、突然聞こえてきた大きな音に身を縮こまらせた。


「何の音だ?」

「分からん。王子が心配だ、急ごう」

「ああ」


 騎士たちは走った。森の切れ目まで。そこから先は崖になっている。そして崖までやってきた時、誰もが我が目を疑った。


 崖の上にはギルバートが剣を傍らについて銀色の髪をなびかせて崖下を睨んでいた。ギルバートの後ろには勢いよく水を噴く岩の亀裂がある。


「お、王子!」

「ああ。【お前らも居たのか。すまん、下に居た者達が流されてしまったんだ。助けに行きたいが、この崖は僕にはちょっと……お前たちなら】やれるか? 後は任せる【僕には無理だ。何ならここから見下ろすだけで胸がスースーするんだ】」


 そう言って下を見たギルバートの視線の先には、敵国の弓隊が必死になって岩に縋りついて何か叫んでいる。


 ギルバートはそれだけ言って踵を返して城の方へ颯爽と戻って行ってしまった。


 騎士たちはそんな後ろ姿を呆然と見つめながら青ざめた。


 刃こぼれ一つしていない剣。水に流されて既に虫の息の敵を相手にさらに「殺れるか?」と聞いてくる容赦の無さ。怖い。あの人を怒らせると、岩さえも剣で砕いてしまうのだ!


「……一人で弓隊を滅ぼすなんて……」


 誰かがポツリと呟いた。やはりギルバートの言う通り、あそこに見張り台を建てたのは、敵国が開戦日を裏切っていると予め読んでいたからなのだろう。だからこそ、あそこに建てたのだ。あの展望台からはこの崖が見える。


 しかしギルバートは勘だけでどうやらあの弓隊を見つけ、なおかつ殲滅してしまったらしい。


「何て勘の鋭さなんだ」


 感心したように騎士の一人が呟くと、生き残った弓隊の討伐に向かう騎士団だった――。


          ◇◇◇

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