「ふぅ【あの人達は大丈夫だっただろうか? やはり慣れない事はすべきではないな。普段しない事をすると、どうも上手くいかない】」
『くよくよしてちゃダメダメ! 悩んでたってしょうがない! 悩みなんて抓んでポイだ♪』
「その通りだ【済んだ事を嘆いても仕方ない。いつも前向きに生きなければ。ロタに笑われてしまう】」
ギルバートはキャンディハートさんのポエムを開いて自分を慰めるように何度も何度も同じポエムを反芻した。
そしてこのポエムについてロタと語り合った日の事を思い出す。ロタはこのポエムは苦手だと言った。こんなに良いポエムなのに、彼女にはそうは思えなかったようだ。
ロタは可愛い。姿を見た事はないが。天使かロタか……悩ましい。
そんな事を考えていると、サイラスがノックと共にやってきた。
「王子、報告です。あれは片づけておきました」
「そうか【済まなかったな。本当は手伝いたかったが、あの高さは無理だ】」
「それから、こちらシャーロット様からのお手紙でございます」
「……ああ【……まさかここに来てシャーロットからの手紙か。僕が天使とロタに現を抜かしているのをまるで見透かしたようなタイミングだな。この世に神は居ないのか】」
「では、失礼します」
「ああ【ありがとう、サイラス】」
もう嫌な予感しかしないギルバートである。
もしも結婚の日取りを決めようとかそういう内容なら、すぐさまあの手紙を出そう。そうしよう。もう怖いなどと言ってられない。一生怖いのが続くのと一瞬怖いのなら、ギルバートは迷うことなく一瞬の方を選ぶ。
ギルバートは恐る恐る手紙を開いて目を通し、思わず胸に手を当てて神に祈りを捧げた。
【神よ! 僕にもう少しの猶予を与えていただきありがとうございます!】
前言撤回する。やはり神はいる。
手紙はアルバの長女の誕生会をするので、是非来て欲しいというただのお誕生日会への招待状だったのだ。
しかし舞踏会か。極力避けて来たが、やはりここは出席しないとマズイだろうな。何せ婚約者の姉だ。遠からず親戚になるのなら、今の内に仲良くなっておいた方がいいのだろうが……。
「舞踏会か……【気が進まない。何とかして逃れられないものか……】」
月曜日。ギルバートはいつもの様に懺悔室に居た。
「と、言う訳なんだ。来週開かれるアルバの舞踏会に出る事になった知り合いに相談されてしまってな」
ギルバートは知り合いに相談された体でロタに舞踏会に行くべきかどうかを相談していた。
「難しい問題ですね。そう言えば私も知り合いに相談されたんですが、その方も来週開かれる舞踏会に出席しなければならないようで、同じような事を言っていました。婚約者に会いたくない、と」
それを聞いてギルバートは深く頷いた。分かる。痛いほどよく分かる。婚約者が鬼の生まれ変わりだとまで言われているのである。会いたい訳がない。
「どうすればいいのだろうか……」
考え込んだギルバートに、ロタが小さく、あ! と声を上げた。
「これ! これです、ギル! キャンディハートさんの三篇の5の部分! 『たまには自分を偽るの。そしたら自分も周りも大混乱!』これですよ!」
ギルバートは頷いた。自分を偽る。嘘を吐くという事か?
なるほど、替え玉か。どうせ誰もギルバートの顔を知らないのだ。シレっと替え玉を使えば問題ないのではないか。
「いいかもしれない。王子の替え玉を用意しよう」
「私も、姫様の替え玉を用意します!」
お互い言って、ん? と首を捻る。
「もしかして……ロタの知り合いと言うのは……シャーロット姫……?」
「もしかしてギルの知り合いの方って……ギルバート王子……?」
そこまで言って二人は黙り込んだ。先に口を開いたのはロタだ。
「ギルはもしかして……ギルバート王子の側近の方……なんですか? そう言えば名前もギル」
「そう言うロタも、シャーロット姫のメイドか何かなのか?」
またお互い黙り込む。
何と言う事だ! 世間は狭すぎる! それにしても、あれほど悪名高い令嬢にこんなにも可愛らしいメイドが就くとは! 世の中は不条理だ! そしてギルバートは閃いた。
「ロタ、手を組まないか?」
「え?」
「王子はとにかく姫に会いたくないと言っている。代わりに僕が出席するから、舞踏会には君が姫の代わりに出席してくれないか? 姫は常に仮面をつけているのだろう? 何とかごまかせないか?」
何と言う浅ましい提案をしてしまったのか。ギルバートは己を恥じた。シャーロットに会いたくないと言う思いと、ロタに会ってみたいと言う二つの欲望をいっぺんに叶えようとしているのだから。
王子たるもの、こんな事ではいけない。やはりこれは撤回した方がいいのではないか? ましてやここは教会だ。こんな邪な気持ちは――。
「分かりました。手を組みましょう、ギル。今まで黙っていてごめんなさい。実は私はシャーロット姫の身代わり役なんです。背格好がとても似ているので」
「そうか! 偶然だな。実は僕もなんだ。王子とは髪の色と瞳が似ているからという理由だが」
邪な気持ち全開で快諾した挙句に嘘を重ねてしまったギルバートは、心の中で神に懺悔した。
【神よ、どうか許したまえ。嘘を吐くなどと言う行為までしてロタに会いたいと願ってしまう自分をお許しください】
思わず胸に手を当てて目を閉じたギルバートは、フゥ、と小さな息を飲む。