目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話

 ギルバートがその通りへ足を踏み入れた途端、通りに出ていた人達が慌てて家に隠れてしまった。


【ここの住民は相変わらず奥ゆかしいな。僕以上に照れ屋さんばかりだ】


 しかし通りにゴミが凄い。食べ物の欠片や衣服の切れ端などがあちこちに落ちている。


 これはいけない。美しい精神は美しい環境からだと思っているギルバートは、サイラスに言った。


「この通りのゴミを集めさせろ【病気になったらどうするんだ。しかし住んでいる者達も少しぐらい気をつけても……ん? あれは!】」


 ギルバートの視線の先には一人の少女が花をカゴに入れて売り歩いていた。紫の綺麗な花だ。探していたマツボンではないが、あの花畑に咲いていた花とよく似ている。


「サイラス、あれを【買い占めてきてくれ。今すぐにだ】」


 ギルバートは少女を指さした。するとサイラスはすぐに少女に目をやって慌てて少女に駆け寄り詰め寄った。


 しばらく少女の肩を掴んで話を聞いていたサイラスは、籠の中の花を全て買い取り、後ろに居た騎士に渡している。それを確認したギルバートはクルリと踵を返す。


「戻るぞ【早くしなければ花が萎れてしまうからな!】」

「はい!」


 サイラスは頷いて騎士達に道中に落ちているゴミを拾ってくるよう言いつけると、馬車に戻って来た。


【これで贈り物は大丈夫だな! まぁ、派手さにはかけるかもしれんが、ロタの可憐さにはちょうどいい】


 翌日、城に戻りギルバートはまた執務室の机で手を組んで考え込んでいた。舞踏会は明日だ。それなのに花すら用意出来なかったのだ。


 昨日、自ら街に降りてまで買った花は騎士達が道中で処分してしまったそうだ。


 間違いは誰にでもある。きっと、片づけたゴミと一緒に捨ててしまったのだろう。掃除に熱心になるあまり起こった悲しい事故だ。ことごとくあの花と縁が無い。


【もうこの際何でもいい。菓子か何かを持って行くか】


 こうなったら何が何でも贈り物がしたくなるギルバートだ。チキンハートだが少しだけ負けず嫌いなギルバート。そんな所は自分でも気に入っている。


「明日の準備をするか。【何がいるだろうな。ロタへの贈り物、胃薬、一応ロタが風に吹かれて怪我をした時用の傷薬、ロタは話を聞いている限りなかなかうっかりさんだからな。変な物を食べてしまった時用の毒消しもいるな。それから――】」


 部屋に添えつけられている薬箱の中身をそっくりそのまま袋に入れ替えているギルバートを見て、サイラスが後ろでゴクリと息を飲んでいるが、これも可愛いロタの為だ。荷物が多少重くなるのは許してくれ、サイラス。


           ◇◇◇


 昨日、街の貧困街であの紫の花をギルバートが見つけた。城の近くで栽培されていた事を知り出どころを探っていたのだろうが、まさか貧困街が媒介になっているとは思ってもみなかった。花を売っていた少女に聞けば、少女は隣国アルバとの国境にある森の中でこの花を見つけたのだと言う。騎士に伝えて探しに行かせた所、少女の言う通り毒花の花畑はあった。


 国境だから手は出せないが、今日は朝から騎士達が総動員で毒花にグラウカの者が決して触れてしまわないように、あの森への立ち入りを禁止した。


 しかし何故あんな所に毒花が生えていたのか……。


 そしてギルバートが集めさせたゴミの中から、多数のモリスの兵士のであろう物が発見された。どうやらモリスはやはり開戦よりも前にこちらに攻めてこようとしているようだ。そして身を潜める為にあの貧困街を根城にしていたらしい。


「そう言えば、あの鳥に括りつけられていた暗号は解読出来たのですか?」


 サイラスは城に住まう賢者こと、リドルに話を聞きに行った。リドルはサイラスにお茶を出しながら頷く。


「分かったよ。既に騎士団長には話してあるけど、どうやら城の中にスパイが居るね。筆跡からして女。丁寧な字だったからそこまで下っ端じゃないと思う」

「……女……メイドでしょうか」

「どうだろうね。紙を調べたらシーツに使われている糸くずが見つかったんだ。リネンの担当者を集めてみるべきだよ。内容は王子の毒殺と弓兵についてだった。失敗した、それだけの為の暗号だったよ。これは次があると見て間違いないね」


 リドルは髪をかき上げて大きく息をつく。


「明日は舞踏会でしょ? 王子は間違いなく命を狙われてる。用心した方がいい」

「それには王子自身も気付いています。明日の舞踏会の為に先程も色々と準備していました」


 そう言って先程のギルバートを思い出したサイラス。


 ギルバートは各種薬の他にも小型のナイフや仕掛け杖を用意していた。いつも最悪の事態を想定して動くギルバートらしい。


 その夜レモネードを用意してギルバートの部屋に行くと、ギルバートは既にすっかり湯あみを済ませていた。椅子に腰かけ本を静かにめくる様は、絵画の様に美しい。


 美しすぎるギルバートに、思わずサイラスは感嘆のため息を落とした。


「王子、レモネードです」

「ああ【ありがとう、サイラス】」


 ギルバートは本を閉じてレモネードを受け取ると、優雅に飲みだした。


           ◇◇◇

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?