あの日、アルバ王は体調不良を理由に舞踏会には欠席していた。責任者は王妃だったのだ。
それを聞いた父はすっかり安心していたようだが、どちらにしても戦争が始まればすぐに分かる事だ。
「それでは、報告は以上です」
「うん、知らせてくれてありがとう」
ギルバートは父の部屋を退出してそのまま自室に向かった。そろそろ今日のレモネードが届いているはずだ。
部屋に戻るとサイラスは居なかったが、レモネードは置いてあった。うん、今日のは程よい冷たさだな。
「ふぅ【やはり一日の終わりに飲むレモネードは最高だな。いつかロタと飲みたいものだ】」
ギルバートはバルコニーの窓を開けて夜風に吹かれながらゆっくりレモネードを飲んでいた。すると、またあの鳥がやってきた。おまけに足にはまたリボンが付けられている。
「さては味をしめたな? 仕方のない奴だ」
残っていたひよこ豆を鳥にやると、鳥は喜んでひよこ豆を食べている。全ての豆を食べ終えると、鳥はまたギルバートの腕に乗っかって来た。その拍子に足からポロリとリボンが落ちる。
「お洒落な奴め。【ちょっと待っていろよ。またお前が来るかもしれないと思って、本についていたリボンを取っておいたんだ】」
ギルバートはロタに貰ったキャンディハートさんの本の帯になっていた紫色のリボンを一本引き出しから取り出すと、早く結べと催促してくる鳥の足に括りつけてやった。すると、鳥は以前と同じように嬉しそうに窓から飛び出して行く。
「今度のリボンは随分汚れているな。【全く、どこを飛んできたんだ】」
鳥の落としたリボンは紫で、広げるとまた文字が書かれている。
『二国結託・漏洩』
【何だ、この可愛くも何ともない文章は……。もう少し可愛い文章のリボンを巻いてやればいいのに。その点キャンディハートさんのリボンは可愛かったぞ! 何せ金文字で『全ての秘密は守られし』だからな! 今から読むのが楽しみだ!】
ロタに貰ったキャンディハートさんの新刊のタイトルは『秘密』だった。やっぱり内面にまつわる話だったようだ。戦争が明けたらロタと新刊について語り合おう。ああ、今から楽しみだ!
そう思った次の瞬間には明日からの戦争を思い出してしまうチキンハートのギルバート。
【はぁ、しかし気が重い。何が楽しくてあんな事をしなければならないんだ】
毎度の事ながらそんな事を思う訳だが、一国を守らなければならない身としては、絶対に手は抜けない。たとえ戦争が死ぬほど嫌だったとしても!
ギルバートはいよいよ始まる明日からの戦争に備えて、早目に眠りにつこうとした所で、部屋にサイラスがやってきた。
◇◇◇
サイラスは明日からの戦争に備えてギルバートの甲冑の手入れをしていた。すると、甲冑の内側に何か光る物が見えて蝋燭でその部分を照らすと、あのマントについていたのと同じ針が刺さっているではないか!
「……こんな所にまで……」
しっかり手入れをしておいて本当に良かった。サイラスはホッと胸を撫でおろし、甲冑を部屋に持ち帰った。ここに置いておいて、また細工でもされたら敵わない。
そして針をまたモンクの所へ持って行くと、明日の準備を始める。
「戦争か……」
ふと思い出した白い棺にサイラスは首を勢いよく振った。サイラスは戦争には参加しない。だから余計にもどかしく感じるのかもしれない。待っているだけというのは、どれほど経験しても嫌なものだ。
サイラスは就寝前にギルバートに明日の戦争に使う為の磨き上げた剣をギルバートに届けに向かった。
「失礼します。明日の剣をお持ちしました」
「ああ【悪いな、サイラス。こんな時間に】」
ギルバートは既に就寝前だったのか、ベッドに腰かけた状態だった。サイラスは剣を机の上に置き、退出しようとした所で足元に落ちている紫色の何かに気がついた。
「ん? これは……リボン……ですか?」
拾い上げたのはリボンだ。リボンには『全ての秘密は守られし』と書かれている。
そんなサイラスに気付いたギルバートが近寄って来てサイラスの手からリボンを引き抜くと、冷たい声で言った。
「ああ。この間からあの時の鳥が来ていてな。【酷い飼い主なんだ。あんなにも可愛い鳥にこんなにも可愛くないメッセージのついたリボンを結んでいてだな!】見ろ、これを。【こんな愛想の無いリボンを結ぶ奴があるか!だから、】僕が取り換えてやったんだ」
「あの時の鳥……ですか?」
ギルバートがそう言って差し出してきた二本のリボンを見てサイラスは息を飲んだ。