ギルバートは考えを改めて深く頷くと、さっき教会の前で摘んできた野花をロタに差し出した。
「これを君に。すぐに枯れてしまうかもしれないが、少しぐらいは元気が出るといいが」
「……可愛い! 黄色のスーミレですか? 花言葉は――」
「「慎ましい喜び」」
声が重なった事が嬉しくて思わず微笑んだギルバートに、ロタはハッとして顔を背けた。一瞬嫌われたのかと思ったが、そうではない事がロタの真っ赤になった耳を見ればすぐに分かる。
「キャンディハートさんの花特集の中で一番好きなんだ。教会の入り口に咲いていたから、思わず摘んできてしまった」
「私もです! この健気な姿と素敵な花言葉にいつも涙が出そうになるんです。慎ましいという単語がピッタリのお花ですよね」
「分かる。店先で売っている花もいいが、野花には泣きそうになる健気さがある。見ているだけで少しだけ元気になれるんだ」
「はい! ありがとうございます。やっぱり悩みなんてどっかいっちゃいました!」
「そうか、それは良かった。では、また」
そう言って立ち上がろうとしたギルバートに、ロタが言った。
「はい! さよなら、ギル」
と。
ん? と思った時には既にロタはドアを閉めて出て行ってしまった後だった――。
何かが変だ。ロタの様子がおかしい。
ギルバートは帰りの馬車の中でずっと考えていた。いつものロタなら別れ際は絶対に、また、という言葉を使う。さよなら、なんて一度も言われた事がない。周りからの評判を気にする系王子のギルバートは、些細な言葉の違いに敏感だ。いつもと少し違っただけでも、その日はドキドキして眠れない。
「サイラス、アルバの様子を探れ【何かおかしな事が起こっている可能性がある】」
「アルバですか? ですが、もうすぐ開戦ですよ?」
「ああ。だからこそだ。【ロタの様子がおかしいんだ。戦争が始まったらそれどころじゃないだろう? だから】今の内に様子を知っておきたい」
「! 畏まりました。すぐにアルバに誰かやります」
「ああ、頼んだ【ロタ、きっと何か人には言えない秘密を知ってしまったんだな……可哀相に】」
ギルバートは無理やりに微笑んだロタの顔を思い出して小さなため息を落とした。
悪役令嬢と背格好が似ているという理由で身代わりになどされたら、ロタもたまらないだろうな。そう思うと、何だか居ても立っても居られなくなる。
城に戻ると、いつものように鍛錬場に出ていつものように鍛錬をこなしたギルバートは、その足で父の所へ向かった。
「失礼します」
「お、おお! ギルか。今日はどうしたの?」
「アルバについて報告したい事があります」
「アルバについて?」
「はい。これは僕の勘ですが、アルバは次の戦争でモリスと手を組み戦争に参加してくるかもしれません」
ギルバートの言葉に父は顔を顰めた。父のこんな顔は珍しい。
「どういう事だい? あそこの末の姫がギルに嫁いでくる予定だよ?」
「ええ。ですが、そういう情報が騎士団経由で入ったのです。実際に戦争が始まってみなければ何とも言えませんが、万が一の事も考えて編成を変えました」
「そうか……ギルとの婚約はただの保険だったのか」
悩まし気にため息を落とした父にギルバートは眉をピクリと動かした。そんなギルバートの反応に父はヒクリと顔を引きつらせる。
「どういう意味です?」
「い、いや、アルバは表向きにはうちと友好条約を結びたいなどと言ってシャーロット姫を嫁がせてこようとしている訳だが、モリスと手を組んでいたとしたら、それはすぐさま立ち消える。結局、モリスと手が組めなかった場合の保険だったんだろうな、と」
「それはそうでしょうね。本当に友好条約を結ぼうと言う相手に、あんな噂のついて回る者を寄越しません。【というよりも、婚約を破棄したいからそうであってほしい! 切実に!】」
ギルバートからしたら婚約が立ち消えるのは願っても無い事だ。いずれは誰かと結婚せねばならないが、少しでも先延ばしをしたい! ロタの白パンをもう一度揉みたいのだ!
ギルバートの言葉に父は頬を引きつらせて頷いた。
「やっぱりそうか……まぁ、私もね、あんな噂のあるお嬢さんだから不安だったんだよ。ギルと馬が合うのかどうかなって。やっぱり難しいよねぇ?」
伺うような父にギルバートは素直に頷いた。嫌か? と聞かれたら、嫌だ! としか答えようがない。
「アルバが戦争に加担していなかったとしても、今回の婚約は見送ろうか。アルバの王妃からはユエラ姫の誕生日会で大変仲が良さそうだったと聞いていたから安心していたんだけど」
「そうですね。社交の場であからさまな態度はとれません。【何せ空気を読み倒す系王子だからな! それに相手はロタだったしな!】」
アルバの王妃が自分の娘が替え玉だった事に気付かないはずがない。だからあえてロタと仲良くしていたギルバートの情報を父に流したのだろう。ここぞとばかりに! 娘が悪役令嬢なら、母親もとんだ狸である。